第53話 プロミネンス
随分早く、頂上に着いてしまった。
あたりは一面の雪景色で、決戦前だというのに静けさすら感じさせる。
カナ達はまだ、こちらに向かっている最中だろう。
それとも既に上り終えていて、どこかに潜伏しているのか?
感知系の能力を持たない俺では、サーチすることなど出来ない。
俺が連れてきたカナに、生命感知を依頼する。
「どうだ、人の気配はあるか」
「……ないけど」
酷い仏頂面である。
信頼など皆無。あくまで力で繋ぎ止めた関係。
嘘をついている可能性は十分にある。
もう少し心を開いて貰わなければ、情報に確証が持てない。
「そういえばカナは、一体どうやって人を増殖させる方法を思いついたんだ? 普通こんなの考えつかないだろ」
「……?」
話題などなんでもいいので、とりあえず話を振ってみる。
「いや、原理はわかるんだけどな。でも人間で試そうだなんてまず思わないだろ。頭の中に理科の実験の知識があったとしても、それと生身の人間を結びつけるのは無理だ。まさかいつもこんなこと考えてたのか?」
「……あっちの世界で……教わらなかったの……?」
カナは困惑しているらしかった。
今の質問に、ここまで戸惑う要素があっただろうか?
「教わる?」
「そもそも異世界人を作った方法がこれだって、言われなかった?」
「どういう意味だ?」
なんでもないことのように、カナは告げる。
「地球人を分割して、コピーして。その片方を持ち帰って増やされたのが、異世界人でしょ?」
「……なんだそれは。初耳だが」
「ふうん? 中元さんのいた世界ってかなり不親切だったみたいだし、あんまり情報を与えられなかったのかもね」
もう話は済んだとばかりに、カナはしゃがみ込んだ。
「も、いいよ。うち諦めたから」
「何をだ?」
「……抵抗しないから。その代わりうちと裕太は殺さないでよ」
「わかってる。約束だ」
カナはどこか遠い目をしながら、「二十人くらい来てるよ」と囁いた。
「多いな」
「また増やしたんでしょ、うちのことだから。どうせ無駄なのにね」
山道に目を向けると、誰もいないはずの雪道に、続々と足跡が増えている。
わざわざ雪の積もった山を選んだ甲斐があった。これでは隠蔽など無意味だろう。
カナ達の方もそれを悟ったのが、次々に隠蔽を解除していった。
「クソオヤジ!」
集団の中の一人、赤いマフラーを巻いたカナが、鬼の形相で怒鳴りつけてきた。
俺の隣でへたり込んでいるカナはすっかり従順になっているのに、あちらのカナは未だ戦意が健在。
同一人物だというのに、経験の差が出るだけでこうも違うというのか。
「わかってんの!? うちら二十人いんだからね! あんたがうちの十倍ちょっとのステータスあったとしても、これならこっちが有利なんだけど!?」
「やってみなきゃわかんないだろ?」
ザクザクと雪を踏みしめながら、カナの群れに近付く。
「もーやめよーよ! 無理だよ! その人のいた異世界って、うちらがいたとこと全然違うし! あんなとこで戦ってた人に、勝ち目なんかないって!」
背後で、俺に白旗を上げた方のカナが声を上げた。
無謀な戦いを繰り広げんとする分身達に、精一杯の助言をしたつもりなのだろう。
しかし、それが聞き届けられることはない。
「うちの顔でふざけたこと言うな!」
叫びながら、マフラーのカナはもう一人の自分に魔法を放った。
手のひらから放たれた光弾が、冴木カナの肩を撃ち抜く。俺のパーティーメンバーとなった冴木カナを。
裏切り者への懲罰行為。
だがそれは、滅びの予兆でしかない。
【勇者ケイスケは、パーティー内年少者の負傷を視認】
【ユニークスキル「父性」が発動しました】
【180秒間、ステータスとスキル倍率を上方修正し、状態異常を無効化します】
【HP+1000%】
【MP+1000%】
【攻撃+1000%】
【防御+1000%】
【敏捷+1000%】
【魔攻+1000%】
【魔防+1000%】
【スキル倍率✕10】
「馬鹿な真似を。せっかく縮めた戦力差がまた広がったじゃないか」
せめて苦痛のないように終わらせてやろう。
俺は上段に構えると、右手に魔力を込めた。
最大出力で光剣を生成し、肥大化させる。
倍率を強化され、全長が数十メートルに達したそれは、もはや剣というより光の柱だった。
世界が、白い光に満たされる。
まるで頭上に、もう一つの太陽が生じたかのよう。
「なにそれ……」
恐れおののくカナの集団に向けて、ゆっくりと剣を振り下ろす。
「聞いてない……! こんなの聞いていないよ……!」
ボウッ。
と音を立てて、純白のプロミネンスは哀れな犠牲者を飲み込んでいく。
「やだ、やだ、やだあああああああああ! やだああああああああー!」
雪が蒸発し、山肌がむき出しになる。
無音の空間で、淡々とシステムメッセージが視界を流れていく。
【中元圭介は戦闘に勝利した!】
【EXPを200000獲得しました】
【スキルポイントを20000獲得しました】
「終わったのか」
俺は生き残ったカナを連れて、下山した。
俺に恭順の意を示すことで生存した、たった一人のカナと共に。
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