第52話 天国と地獄
町に降りた俺は、裕太のスマホを使ってカナに連絡を入れた。
メールではなく、通話でだ。
文章よりも声でやり取りした方が、互いの感情がわかりやすい。
俺が本気であることを伝えたかったし、向こうがどのような精神状態なのかも知りたいのだ。
『もしもし裕太!?』
「俺だ。中元だよ。この電話番号からかけた意味はわかるよな?」
『……裕太はまだ生きてるの?』
「ピンピンしてる」
『い、言う。警察に言うから』
切羽詰まった口調からすると、カナは動揺しているようだ。
「それをやったら裕太は死ぬことになる。手を煩わせないでくれ。なるべく犠牲の少ない方法を選びたいんだが」
『……あんた、頭おかしい』
「お前がそれを言うのか?
言って、通話を切り上げる。
スマホを裕太のポケットに戻すと、一息ついた。
新別山はここからニキロほど東にある、寂れた山だ。
わざわざそこまで裕太を運ぶのは面倒なので、公衆トイレの個室に放り込んだ。
便器の上に座らせ、扉を閉める。
昏睡が切れるまでの間、監視の目が要るだろう。
しょうがないので、圭介Cと綾子ちゃんに来て貰うことにした。二人には入口前を見張って貰うのだ。
さて。目が覚めた裕太は、どうなるか?
外に出た途端、綾子ちゃんとばったり出くわすのである。
そして「私、誘拐なんてされてませんけど?」と本人にすっとぼけられるのだ。
裕太がどこまで己の正気を疑ってくれるかは未知数だった。綾子ちゃんも、そんなに口が上手いタイプではない。
恋愛感情が判断力を鈍らせてくれるのを祈るしかない。
俺は圭介Cにスマホからメッセージを送り、今の計画を伝える。
返事はすぐさま返ってきた。
『そっちに行けばいいんだな? 構わないが、お前はぶっ続けでカナと戦うのか? 疲れてるなら、俺と役割を交代してもいいんだぞ』
『大丈夫だ。今のところ俺が一番カナとの交戦回数が多い。あいつのリーチや癖を最も把握してるのは俺だ。Cは見張りに専念しててくれ』
『了解』
ほんとはずっと見張ってるのが退屈だから、変わって欲しいだけなんじゃないか、と自分で自分を疑う俺である。
我がことなので、手に取るように考えがわかるのだ。
数分後。
綾子ちゃんをおぶった圭介Cが、風を切るような速さで接近してくるのが見えた。
手を振って合図すると、俺も行動に出る。
「行くか」
俺は捕獲したカナに向かって、パーティーに入れと命じる。
なにせ今の俺達は敵同士だ。この状態で隠蔽魔法を使うと、互いの声も姿も不明瞭になってしまう。
が、味方キャラクターならば話は別。
ステルス系の状態効果がかかっていても、仲間同士であれば意思の疎通が可能になるのだ。
【勇者カナがパーティー加入に同意しました】
「よし」
パーティーリーダーの勧誘に応じるか、自発的に仲間になりたいと思って勝手に加入するか。
パーティーメンバーが増える条件はこの二つだ。
なので、こいついつの間に仲間扱いになってたんだ? な人物がたまに出てくる。アンジェリカやリオ、綾子ちゃんなんかがそれである。
そうなのだ。今の俺には、三人も自主的に懐いてきた女の子がいるのである。
あの子達のためにも、心を鬼にしてカナを討伐しなくてはならない。
「隠蔽」
俺は魔法をかけ直し、再び自身とカナを透明にした。
新別山へと、移動開始だ。
カナを抱き上げ、風を切って走る。
俺の脚力なら、ニキロなんてあっという間だ。
かといって無言のまま突っ走るのもなんなので、カナに話しかけてみる。
「俺のことを外道だと思ってるだろ。否定はしないけどな」
「……」
返事はない。
怯えと憎しみが籠もった目を、こちらに向けてくるだけだ。
「実はな、俺も分身に手を出してみたんだよ。自動回復をかけた上で、自分で自分をスパッとやったんだ。切った瞬間は脳内麻薬でも出てたのか知らないが、大したことないな? と感じた。でも今になって、怖くなってきた。後から効いてくるなこれは」
「……」
「お前はこれを、六人に増えるまでやったんだろ? 凄いじゃないか。俺なんかよりずっと度胸のある女の子だ」
カナは何も答えず、じっと睨みつけてくる。
「しかも俺と違って、普通に生活するのが難しくなるレベルの筋力ではないようだし。ちょうどいい身体能力だ。このまま生活してれば、バラ色の未来が待ってると思うんだけどな。何か真っ当な分野でお前の能力を活かすのじゃ駄目なのか? なんで女魔王みたいな振る舞いをするかな」
「……」
「兄貴のためなら、勝ち目のない戦いに出向いてくるくらいには人の情も残ってるだろうに。もったいないな」
別に説得によって改心させよう、などとは考えていない。
素直な感想を、そのまま口にしただけだ。
これは単なる加齢現象な気がする。
若者が時間や才能を無駄使いしているのを見ると、つい「もったいねえな」となってしまうのだ。
だから独り言のようなもので、おっさんが若い女の子によくやる駄目な会話のパターンでもあった。
こんなの聞いても何も楽しくないか、と俺は口を閉ざした。
第一、力で屈服させられた相手なのだ。俺の声など聞くのも苦痛だろう。
ここからはただ、黙々と足を進めよう。
そう思った瞬間、カナが言葉を発した。
「……なんにもないじゃん」
と。
「なんにも?」
「だってそうでしょ。異世界から帰ってみれば、うちにはなんにもなかったんだよ。あっちじゃ英雄で、女王様みたいなもんだったのに。いっぱい人を助けたし、魔物を退治したんだよ? なのに日本に帰ってきたら、皆それを知らない。普通の女子高生からやり直し。こんなの耐えられる? 今までの努力、全部リセットされたようなもんなんだよ」
「それでこの世界が気に食わないのか?」
中元さんはなんとも思わないの? と聞かれる。
「俺?」
「異世界で勇者やってたならわかるでしょ? あっちは天国。こっちは地獄。どうやってこの世界を好きになれっていうの?」
わからんなあ、と俺は答える。
「俺のいた異世界ってのは、天国とはほど遠かったもんでな。とにかく日本に帰りたい、そればかり考えてたぞ。初陣がまず酷かったからな。向こうで王様と謁見したあと、いきなり亜人の連合軍と戦えと言われてな。最前線に放り込まれて、途中で兵糧が尽きて。オークの死体を食って、どうにか生き延びた。あいつら見た目通り、豚肉に似た味がしたっけな」
「……なにそれ」
「俺、本当は残酷なことって嫌いなんだよ。だから勝つために蛮行に手を染めているうちに、ついに自分自身が一番嫌いになっちまった」
カナはしかめ面をしている。
中年男の自分語りって痛々しい、とでも思っているのかもしれない。
「俺の代わりに俺を好きになってくれる女もいたが、そいつも死んだ。それもただ死んだんじゃない、俺がこの手で殺したんだ。どうしようもないだろ? そういうわけで、俺は日本に戻った時にはもう色々どうでもよくなってた。世間からゴミのように扱われても、当然だろうな、としか感じなかった。俺の価値なんてそんなもんだろ、ってな」
そこまで言い切ったところで、ふと俺は気付く。
「そうか。俺とカナはベクトルが逆なだけで、似てるんだな」
「……どこが?」
「お前は異世界で、自己評価が上がり過ぎた。俺は下がり過ぎた。それで社会に適応出来なくなったんだ」
全然似てない、とカナは反論した。むきになって、反骨精神むき出しの表情だ。
少し、元気が戻ってきたようだ。
恐慌をかけ直すべきかどうか、一瞬迷った。
でも、やめにした。
その方がいい方向に進むと、俺の勘が告げているのだ。
「悪いのは異世界召喚だ。そう思うことにしよう。お前も普通に日本で過ごしていれば、ただの兄思いの女の子だっただろ」
俺の言葉に何を思ったかは知らない。
カナは黙ってうつむき、唇を噛んでいる。
新別山は、もうすぐそこだ。
ぼんやりと霞んだ、青い三角形。真っ白な雪の帽子を被っていて、お手本のような「雪山」になっていた。
相良山とは大違いだ。
標高もあちらの数倍はある。常人であれば、それなりに堪える登山だろう。
けれど幸いなことに、俺もカナも常人なんかではない。
住み心地に差異はあれど、共に異世界で鍛えられた勇者なのだ。
ほんの数分で山頂に辿り着くだろう。
俺は山道に足をかけると、勢いよく駆け上った。
気圧の変化など、俺の体にはなんの影響も及ぼさない。
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