第50話 悪の敵は違う悪
正義の敵は違う正義というように、悪の敵もまた違う悪なのだ。
相手が非道であればあるほど、こちらも遠慮がなくなっていく。
カナは踏み越えてはいけない領域に行ってしまった。
それを追いかける俺もまた、人の道を外れていく。
自分でも嫌になるが。
俺は、人質を取ろうとしていた。
なんたって自陣に篭もる相手には、これが面白いように効くのだから。
水攻めや兵糧攻めと違って、コストパフォーマンスも良好だ。
カナを脅すとなれば、さらうのは兄の裕太だろう。
当初は、親を人質にしようかとも思った。
出勤時に嫌でも家を出なければならないから、捕獲しやすいだろうと考えたのだ。
しかしカナの両親は、朝っぱらから険悪な夫婦喧嘩をしていた。日常的にあのような振る舞いをしているならば、子供達にあまり懐かれていない可能性がある。
それでは人質としての価値が落ちる。
カナが大事に思っている人間でなければ意味がない。
やはり裕太がいい。
裕太は体力作りとして、朝のジョギングを行っていた。
あれが毎日行われているとすれば、その際に捕獲出来るだろう。
でも、カナが裕太の外出を許さないかもしれない。今のカナは俺を警戒しているはずだ。
あるいは裕太の方が、自主的に外出を控えるかもしれない。
ぐるりと自宅をマスコミに囲まれた状態で、元引きこもりの少年が堂々と玄関を出るのは勇気が要るだろう。
まずは裕太をあぶり出す必要がある。
確実に家の外に出て欲しい。
しかも自宅を離れ、カメラのない場所に向かって欲しい。
この条件を達成させるとなると、偶然ジョギングに出てきたところを捕まえるというのは元々無理だったかもしれない。
だから、仕方ないのだ。
自分に言い訳をしながら、俺は家電量販店に足を運んだ。
ヨツボシカメラ。
夜中の十時まで営業し、カメラやレンズ用品を中心に、様々な商品を扱っているチェーン店だ。
俺が探しているのは、二つ。
インスタントカメラと、望遠鏡だ。
前者はすぐに見つかった。若い女性の間で再ブームが起きているとやらで、やたらと丸っこいデザインのものばかりが並んでいた。
価格は七千円弱だった。
望遠鏡の方は、一万円台のを購入した。
わざわざインスタントカメラを買ったのには、理由がある。
撮影直後に現像して、写真を吐き出してくれるからだ。
今はスマホで撮った画像を無人機でプリント出来るそうだが、データとして履歴が残ってしまう恐れがあった。
実際に履歴が残ってしまうかどうかは知らないが、不安なものは不安なのだ。
慎重を期して損はあるまい。
なにせこれから、反社会的なものを撮るのだし。
俺はアパートに戻ると、さっそくカメラを圭介Cに渡した。
そして、綾子ちゃんに手招きをする。そそくさと俺に近付いてきたところで、改めて意思確認をする。
「嫌ならやめるけど、どうする?」
「いえ、むしろ嬉しいです」
上気した声で即答された。頼もしい。
本人の許可も得たので、遠慮なく綾子ちゃんを羽交い締めにする。
襟元に腕を突っ込み、今まさに乱暴せんという構図になる。
「凄い罪悪感だな」
言いながら、圭介Cはシャッターを切った。
「刃物を突きつけたのも撮っておこう」
「……下着もずり下ろして大丈夫ですよ」
ノリノリな綾子ちゃんに対して、それはやんないからと断りを入れる。
「そうですか……」
「がっかりするところじゃないと思うんだが」
俺の顔は映らないアングルで、慎重に撮影を続けていく。
写真はすぐさま現像され、ジャーと音を立ててカメラから出てくる。
「うん、いいな」
出来栄えは文句なし。
綾子ちゃんに好意を抱いてる男なら、誰だって気が狂う絵が撮れた。
我ながら最悪だ。
俺は指紋が残らないよう、ハンカチ越しに写真をつまんだ。
そっと封筒に入れる。
次は手紙だ。こちらも指紋や筆跡から特定されないよう、アンジェリカに書いて貰う。
俺の口にした言葉が、独特な筆跡で綴られていく。
言語理解スキルで日本語の読み書きはばっちりなはずだが、漢字となるとどこかぎこちない。
それが逆に書き手の人物像をわからなくするのではないか、といい方向にとらえることにした。
「終わりましたよ」
どこか得意げに、アンジェリカはペンを置いた。
『読み終わったら、同封されている写真ごと燃やせ。一月二十七日の午前九時、
上出来だ。
あとはこれを冴木裕太宛てに、速達で送りつければいい。
ネットで郵便番号を調べたところ、明日の午前中には間違いなく届くようだ。
今は一月二十五日。二十六日に受け取ったとすると、丸一日悩むことになるだろう。
そこからは裕太の男気次第となる。
万が一通報され、全てが露見したら?
その時は綾子ちゃんが「昔、冴木君に振られた腹いせにからかおうと思った」と証言してくれる手はずになっている。
だがそれは、今考えるべきではないだろう。
失敗を恐れて縮こまっていては、勝てるものも勝てない。
勝負ごとはいつだって賭けなのだ。
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