第49話 トリオ

「それじゃいっちょ、手伝ってくれるか?」


 何すればいいんです? と首を傾けるアンジェリカに、テーブルをどかすようお願いする。

 女の子に力仕事を頼むのはどうかとも思ったが、アンジェリカの攻撃力は300。一般男性の三倍近いのだ。

 見た目こそ可憐な乙女でも、ちょっとした猛獣みたいなものである。


「適当にベランダにでも出しといてくれ」


 はいはーいと陽気な返事をしながら、アンジェリカは片手でテーブルを持ち上げた。

 ひょい、と。

 薄っぺらい文庫本でも持ち運ぶみたいに、まるで重量感を感じさせない仕草だった。

 華奢な外見との落差に、綾子ちゃんがぎょっとしているのがわかる。


 俺はというと、本棚とテレビをキッチンに運んでいく。

 ノートパソコンは洗濯機の上に置いた。


 二人で片付ければあっという間だ。

 リビングは家具が減り、すっきりとした空間が生まれていた。

 男一人が飛んだり跳ねたりするのに、十分なスペースが確保されたと言える。

 とはいえ、これから男一人・・・ではなくなるのだが。


「アンジェはベッドの上で待機しててくれ。綾子ちゃんも。……あと二人とも、目閉じててくれない?」

「なんでです?」

「俺、今から脱ぐから」

「えっ!」


 アンジェリカと綾子ちゃんは、両手で目を覆う。

 多分、見られてはいないと思う。多分。

 俺はいそいそと脱衣すると、脱いだ服をベッドの端っこに投げた。


「衣擦れの音がします……」

「中元さん、裸なんですね今……」


 指の隙間からチラチラと視線を感じるのは、気のせいだろうか?


「やっぱ気が散るからバスルーム行っててくれ」

「いえいえお構いなく。私、ベッドの上が大好きなもので」

「……同じく」


 アンジェリカ達は、明らかに別方面のイベントを期待している。

 誤解を解いておいた方がいいだろう。


「見ててもいいことないぞ。多分グロい絵面だろうし」

「……な、何かいけないことでもするんですか? なおさら見たいんですけど」

「駄目だ絶対に見るな。確実に後悔する。俺が真っ二つになる瞬間を直視したいのか?」

「真っ二つ!?」


 言って、アンジェリカは固く目を閉じた。さすがに察したのだろう。

 綾子ちゃんも似たような状態になっている。


「俺がいいって言うまで目をつむっててくれ」

「はいぃ……でも気をつけて下さいね」


 やれやれだ。

 おっさんの体なんか見て面白いのだろうか? 

 

 俺はため息をつきながら、油性マジックを引っ張り出す。右の脇腹にA、左の脇腹にBと書き込む。

 無用な混乱を避けるためだ。

 どっちも呼び方が「中元圭介」では困るだろうし。

 

「いざやるとなると、結構緊張するな」


 そう。俺は今から、自分を増やそうとしているのである。

 カナが数で攻めてくるならば、こちらも同じ戦法を使わせて頂く。

 ましてや俺は素でカナの十倍以上のステータスを誇り、二回行動まで使えるのだ。

 一人増えるだけでも戦力は激増だろう。


 体に自動回復魔法をかける。

 神聖剣スキルで光剣を生成し、部屋の中央に斬撃を設置。

 視界に浮かぶ軌道予測マーカーに従い、勢いよく直進する。


「……っ!」


 思考に一瞬の空白が生じた後、どたたっ、と倒れ込む音が聞こえた。

 横を向くと、左半身のみの俺が寝転がっている。

 ちょうど半分のサイズに切り落とされた、もう一人の俺。

 ぐにぐにと切断面が動き、右半身の再生が始まっている。じきに元の大きさに戻るだろう。


 ちらりと自分の体を見ると、こちらも左半身が復元されかけている。

 脇腹には「A」の印。俺が圭介Aだ。


「……おっ、再生が完了したみたいだ。そっちはどうだ?」

「同じく」

「意外と痛みはなかったな」

「確かに。案外あっけないというか」


 圭介Bと、世にも奇妙な会話を繰り広げる。

 本人同士の雑談とは、なんとも不思議な気分である。


「どうする? もう一人増やすか?」

「んー……まあやっとくか」

「じゃ俺がいくわ」

「おう。俺は着替えてくる」


 圭介Bは、服を抱えてバスルームへと向かった。

 見送り終えると、俺は左の脇腹に「C」とサインした。

 そして、もう一度自分を両断する。

 さきほどど同じように、俺のコピーが生成される。今度は圭介Cの出来上がりだ。


「とりあえず」

「パンツ履くか」


 俺と圭介Cは顔を見合わせ、しゃがみ込む。

 我が家のベッドは下が引き出しになっており、そこに衣類をしまってある。

 二人の俺は瓜二つの動作でボクサーパンツを出すと、素早く足を通した。

 次いで、シャツを着込む。


 もういいだろう。

 俺はアンジェリカ達に「目を開けていいぞ」と声をかけた。


「……はわわ……お父さんが増えてる……ここが天国……」

「……中元さんって、凄い引き締まった体してるんですね。服の上からでもそんな感じはしてましたけど……」


 綾子ちゃんはうっとりとした顔で、俺達の着替えを眺めている。

 さっきまで泣いていたとは思えない、見事な立ち直り具合である。

 なんだかこの子らのせいで調子狂うな、と頭をガリガリやっていると、バスルームから圭介Bが出てきた。

 

「さっさと服着ろよお前ら。アンジェや綾子ちゃんの前でその格好はいかんだろ。教育上よろしくないぞ」


 言われなくてもわかってるよ、と自分と同じ顔をした男に返事をする。

 今まさに俺も同じことを考えていたので、反感を抱くということもない。

 自分同士の会話なので、頭の中で独り言をしているのとそう変わらない感覚なのだ。


 俺と圭介Cは着替え終わると、座ってあぐらをかいた。

 圭介Bもそれに加わる。話し合いの始まりだ。


「三人寄れば文殊の知恵って言うしな」

「まあ俺らがやるのは知恵より力って感じだが」

「で、誰がどの役割を引き受けるんだ?」


 じゃんけんで決めよう、と圭介Cが切り出す。異論はない。あるはずがない。


「勝った順からどれを担当するか決めていこう」


 最初はグー、じゃんけんポン。

 かけ声に合わせて、俺はパーを出す。他の二人はグー。


「やっぱAだけあって強いな」

「偶然だろ。俺は山で待ち伏せするの担当な」


 もう一度ジャンケンが行われる。勝ったのは圭介Cだ。


「なら俺は見張りだ」


 じゃあ俺が出勤担当か、と圭介Bは肩を落とす。


「そうがっかりするなよ。楽なポジションだろ?」

「全くだ。いつも通り日常生活を送ってるだけでいいんだから」

「……待ってるだけってのが、一番精神的にきついんだが。よくわかってるだろ」


 しょげる圭介Bを、俺と圭介Cの二人がかりで慰める。

 急ごしらえのクローンとはいえ、ほんの数分前まで一つの体だったのだ。息はぴったりである。


「あのー。お父さん達、何するつもりなんですか?」


 アンジェリカは唇に人差し指を当てながら、不思議そうな顔をしていた。


「俺は明日以降、仕事だからな。この中の一人は普通にテレビ局に向かって、普段通りの生活をするんだ。ギャラを稼がなきゃならないし、なによりアリバイ作りにもなる。その間、もう二人の俺でカナをあぶり出す」

「なるほど。そういうのは物理的に分身しないと無理ですもんね」


 ふんふんと頷くアンジェリカの隣で、綾子ちゃんは赤くなっている。

 なにやら圭介Cにポンポンと肩を叩かれる圭介Bを見て、息を荒げていた。

 背筋も凍るような、よからぬ想像をされているのは間違いない。


「中元さんヘタレ攻めと、中元さん誘い受け……」


 俺✕俺なんてぞっとしない組み合わせなので、切実に止めて欲しい。

 ていうか綾子ちゃん、そっち方面の教養があるのか?

 大丈夫なのかこの子は?


 俺が戦慄していると、圭介Bは思い出したように言った。


「連絡用にスマホ要るだろ? 俺今から買ってくるわ」

「あ、悪いな。頼んだ」

「二台でいいよな? カナ退治が終わったらアンジェリカと綾子ちゃん用にすればいいし」

「助かる。ほい財布」


 ポケットに収まっていた財布を、圭介Bに向かって放り投げる。

 パシッ、と絶妙なタイミングでキャッチされた。


 恐ろしいことに圭介Bは、俺が投げの動作に入る前から受け取る構えに入っていた。

 ポケットを漁り始めた時にはもう、どのあたりに投げてくるかまで予測していたらしい。

 俺の考えていることは、なんでもわかってしまうのだろう。

 もはやテレパシーの領域に達したチームワークだ。


「それじゃ行ってくるよ」


 コートを着込むと、もう一人の俺は早足で玄関に向かった。

 これほど頼りになるドッペルゲンガーもおるまい。


「さて」


 Bが雑用を引き受けてくれたのだから、汚れ仕事は俺がこなさければならない。

 俺は綾子ちゃんに近付くと、細い両肩をがっしりと掴んだ。

 

「頼みたいことがあるんだ」

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