第48話 籠城

 夕方。

 俺はリビングで休みながら、何気なくテレビを点けてみた。

 すると冴木カナが、インタビューを受ける場面が映し出された。

 朝に殺めたはずの少女が、報道陣に取り囲まれている。

 悠然と、記者の質問に受け答えしている。


 過去の映像ではない。

 生放送だ。

 つまり今この瞬間、カナは生きている。


 腋に嫌な汗をかくのを感じながら、画面を見つめる。


 カナは目を爛々と輝かせ、「うちには人を増やす力があります」と告げた。

 左右にはカナと全く同じ姿をした少女が、ずらりと並んでいる。

 

 一人、二人、三人。

 合計六人の、冴木カナ。


 俺は愕然としつつも、テレビの音量を上げる。


『うちに数を増やして欲しい人間がいたら、どうぞ名乗り出て下さい。じゃんじゃんやったげますから』


 俺の隣では、アンジェリカと綾子ちゃんが目を白黒させている。

 俺だって同じだ。

 どうしてカナが複数いるのか。

 鑑定結果を見る限り、あいつのスキルに分身を生み出すようなものはなかったはずだ。


 つまり。


 カナは自らに自動回復魔法をかけた上で、己の体を両断したのだ。ちょうど等分になるように。

 光剣で発生させた斬撃は、空中に固定させることも出来る。

 あとはそこに飛び込むだけで、真っ二つになれただろう。


 正確に二等分されるために突進するのは離れ業だが、神聖剣スキルには剣の狙いを補正する作用もある。

 視界にマーカーが浮かび、斬撃の軌道予測までしてくれるのだ。

 どの物体をどのくらいの大きさで切り分けるかまで計算してくれる。

 あとはそれに従って体を動かすだけ。

 自分自身を二分割するために用いるなど前代未聞だが、カナはやってのけたのだ。


 それも、何度も。


「……そりゃそうだよな。いくら高速で動ける敏捷値があるにしたって、一晩で全国中に散らばっていた天才を増やして回ったんだ。単独犯じゃ無理に決まってる」


 カナは複数いた、それなら話は簡単である。

 画面に映し出されているのは六人だが、実際はもっと増えているのかもしれない。


 一人一人は大した相手でなくとも、このまま増産され続ければ厄介だ。

 倒すなら、なるべく早い方がいい。放置すればいずれ手の付けられない戦力になる。

 俺がカナのニヤケ顔を睨みながら唸っていると、


「この人が私を増やしたんでしょうか」


 と、綾子ちゃんが言った。

 声は震えていた。


「そうなるな」

「……じゃあ、私はあの人に作られたんですね。あの人がお母さんになるんでしょうか」

「そうか、増殖の方法はまだ教えてなかったんだったな」


 俺は綾子ちゃんに、召喚勇者の概念を語る。

 次いで自動回復魔法と剣技を用いた、人間コピーの手法についても解説した。

 どこか放心したような様子で、綾子ちゃんは聞いていた。

 理解して貰えたのだろうか?


「だから綾子ちゃんは、偽物ってわけじゃないんだ。文字通り本人が二つに増えたんだから、もう一人の綾子ちゃんと比べて価値が下がるなんてことはない」

「……そうなんですか」

「受け入れるのは難しいかもしれないけど……綾子ちゃん?」

「……よかったです……ほんとに……」


 よかったですを繰り返しながら、綾子ちゃんは泣いていた。

 自分が本物か否かというのは、存在意義に関わる重要な問題だろう。

 女の子として、いや人間として自然な反応だと思った。


 対して、カナの精神はもう人間ではない。平然と自らを増やしている。本人が言ったように、神の領域に近付いているのかもしれない。

 傲慢で気まぐれな、神話の女神に。

 

「どう処理したものかな」


 俺は顎を撫でながら呟いた。別に返事を求めているわけではなく、ただの独り言だった。

 が、アンジェリカは反応を示した。


「お父さん、あの子と戦うんですか?」

「ああ。あいつはかなり危険な思想に基いて行動している。異世界でよほどこじれたらしい。気に入った人間は増やして、残りは殺すそうだ」

「はー……勇者が魔王になっちゃいましたか。たまに聞く話ですね」


 アンジェリカは眉間にシワを寄せている。その手は泣きじゃくる綾子ちゃんの背中をさすっていた。


「あのカナって人、強いんですか?」

「かなりのステータスだが、俺には及ばない。ほとんどの能力値が俺の一割にも満たない」

「でもそれが六人いるんでしょう?」

「だな。なにより厄介なのは、公の場に姿を現したことだけど」

「なんでです?」


 ぽかんとするアンジェリカに、かいつまんで説明する。


「カナのやつ、俺に狙われてるのを知って、身を守ることにしたんだ。……あの雑木林に、他のカナ達も潜伏してたのかもな。それでこんなに動きが早いのか」

「えっと、ああやってテレビに出ることが、どうして身を守るのに繋がるんですか?」

「有名人になれば、四六時中マスコミが追いかけ回すだろう。自宅なんて二十四時間カメラが張り付くんじゃないか。あいつはそれを利用することにしたんだと思う」


 考えたものだ、と素直な賞賛を送る。


「彼らの持ってるカメラは、隠蔽魔法を使っている人間も映し出してしまうんだよ。だから暗殺は難しくなる。殺すとなると、どうしても足を止める瞬間が生じるからな。その一瞬を記録されたらと思うと、直接出向いて攻撃するのははばかられる。俺が萎縮するだけでも十分効果的だ」

「魔法で遠距離から狙撃するのはどうですか?」

「難しいな。周囲にいるテレビレポーターだの野次馬だのを巻き込みかねない……言っちゃなんだが、俺は火力が高すぎて、ピンポイントで少人数を狙うってのが苦手なんだよ。一番それに近いことが出来る光剣の射程は、よくて数メートルだし」

「人間の盾ってやつですか」


 強すぎるのが逆にハンデになるって面倒ですね、とアンジェリカはため息をつく。


「だなあ。……もちろん、俺が世間体なんか完全に無視して、別に見られてもいいやと開き直れば話は別だ。すぐにでも冴木カナの群れを全滅させられる。だが俺はそれをしないと踏んだんだろう。俺はわざわざ手品師のふりをして、あまり世の中を騒がせないようにして生きてるくらいだからな。ひっそりと生活したいタイプだと見抜かれてるに違いない」

「うーん。ある意味、籠城みたいなものですね。知名度を上げて、人混みとカメラの城に篭ったんですから」

「確かにな」


 と俺は笑う。


「……あれ? でもお父さんって、城攻めがもの凄く得意でしたよね?」

「詳しいな」


 俺が攻め落とした魔城の数は、最終的には六十を超えている。

 ゴブリンの巣穴に至っては、奴らが種族ごと絶滅するまで攻略し続けた。


「そうなんだよ。カナのやつ、あろうことか俺が一番得意なフィールドに飛び込んできやがった」


 手段さえ選ばなければ、引き篭もった敵をあぶり出すなど容易い。

 

「要はカナの方から、カメラを振り切ってくれりゃあいいんだ。あいつが高速で動き回る映像が記録されたところで、俺は痛くも痒くもない。そのまま俺の指定した場所まで来るように仕向ければいい」


 目尻を拭う綾子ちゃんを横目で見ながら、俺は首を鳴らす。


「綾子ちゃんを泣かせてくれたしな。気は進まないが、全員引っ張り出して討つよ」

「出来るんですか?」

「出来る。方法ならもう思いついた」


 それでこそお父さんです、とアンジェリカは両手を合わせた。

 パン、と乾いた音が響いた。少し気の早い拍手。そんな風に感じた。

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