第47話 蒸発
俺達はグラウンドの外周を這うように移動し、雑木林へと向かった。
このあたりは潮風が吹くので、防風林として植林されたと聞いている。
生徒や校舎をその身で守るように、背の高い常緑樹がグラウンドを取り囲んでいるのだ。
俺は隠蔽で姿と音を消しているが、カナはそうではない。
そもそも使えるのかどうかわからない。
余計な目撃者を増やさず、ことを済ませるにはどうすればいいか?
学校からそう離れておらず、かつ物理的に俺達の姿を隠せる場所がいい。
ゆえにここを選んだ。
子供を守るための木々を、外部の目から遮断するのに悪用する。
俺はまさに悪い大人だった。
「ねー。なんか変なことする気なんですか?」
「そんなわけないだろう」
もう大分奥まで来た。そろそろいいな、と足を止める。
俺は体ごと振り返ると、カナに向かってたずねた。
「なぜ人を増殖させてるんだ?」
「ん? 楽しいから」
カナはきっぱりと言い切った。
「よくわからないな。人を増やすのが面白いのか?」
「うちが選別した人間が増えるんだから、世の中がどんどん良くなってくんですよ。見てて気分いいじゃないですか」
「……世の中を良くしたいのか? なのに意味もなく世間を混乱させてどうする」
「世間? なんですかそれ」
貼り付いた笑顔でカナは言う。
「うちは勇者なんですよ? この世界の誰よりも強い……と思ってたのは今朝までで、今は中元さんが最強だってわかっちゃいましたけど。ねえ? レベル227の勇者さん? でもまぁ、ナンバーツーでも同じようなもんだし。うちは警官よりも自衛隊よりも強いわけだし。ってかどんな現代兵器より強いかも。それなのに、なんで世間の目なんか気にしなきゃいけないんです? むしろ世間がうちの目を気にするべきじゃない? うちに失礼な真似をしたら、殺されちゃうんだから」
髪をかき上げながら、カナは笑う。
「ていうか中元さんは、なんで手品師なんかやってるんです? もっと好きに暴れればいいのに」
「本気で言ってるのか?」
「当たり前じゃないですか。気に入らない奴は殺す。欲しいものは奪う。それが異世界のやり方でしょ? なんかこの辺にヤクザの事務所あるみたいですし、よかったら一緒に襲いに行きません? 適当に金庫でもこじ開ければ、当分遊ぶお金には困りませんよ。警察から感謝状なんかも送られちゃったりして」
「悪いがそれはもう済ませてある。金は取ってないがな」
「なんだ、中元さんもやることやってるんじゃないですか」
うちら気が合いそうですね、と手を差し出される。
握手のつもりだろうか? 応じる義理はない。
「ノリ悪いですねえ」
カナは手のひらを上に向け、やれやれといった様子で肩をすくめている。
「君は、どういう基準で増やす人間を選んでるんだ? やっぱり能力でなのか」
「そんなとこかな。一通り才能のある人を増やしたら、次はイケメン君を量産しようと思うんですよね」
「……その後はどうするんだ?」
「そりゃ、要らないのは間引きますよ。増やしっぱなしじゃバランス悪いでしょう」
聞き間違いだろうか。
「間引く?」
「ええ。どんどん減らします。ブサイクとか無能とか。そういうのはバンバン殺します」
女の子に食事代払わない男も殺していいかな、とカナは愉快そうに言った。
「冗談冗談、さすがにそこまで極端なことはしませんって。DVとかする男は殺してもいいかなって思うけど」
「生かすべき人間と殺すべき人間を、君が決めるのか?」
「そーですよ。うち勇者ですもん」
「勇者ってのはそこまで偉いもんなのか?」
「神様みたいなものでしょ?」
神。
俺の知っている召喚勇者と、カナの知っている召喚勇者は、大きく乖離しているようだ。
俺が沈黙していると、カナは両手を大きく広げた。
さあこれから演説を始めます、と全身で宣言しているかのようだ。
「中元さんはこの世界、どう思います?」
「どうもしない。地味で退屈な生まれ故郷だよ」
「そ。退屈なクソでしょ。クソクソクソ。クソそのものなんですよ。魔法はない、モンスターもいない、男もキモいのばっか。どうなってんでしょうねほんと」
やってらんないですよね、とカナは地面を蹴る。
「それに比べて異世界ときたら……もう、最高! 美形の白人しかいないし、皆うちに従順だし。気に入らないのは魔法で焼いちゃえばよかったし? しかもお咎めなしときてるんですから」
「君、異世界に戻りたいなんて思ってたりするか?」
「当たり前ですよ」
中元さんは違うんですか? と聞き返される。不思議でならない、と言いたげな顔だ。
「でも戻れないんで、日本を異世界みたいにするんです。何かうち間違ってます?」
「別に。授かった力をどう扱おうが自由だ。ところで一ついいか」
「なんです?」
「どうして大槻綾子を増やしたんだ? 天才でもイケメンでもないだろ」
「ああ……」
カナは照れくさそうな表情になった。
ようやく人間らしい部分を見れたような気がした。
「まー裕太のためかな」
「君のお兄さんは、綾子ちゃんのことが好きなのか?」
「うん。なんか裕太のイジメについて学級会みたいになった時に、味方してくれたんだってさ」
「……綾子ちゃんがか」
「そーそー。だからあの子を増やして、かたっぽ裕太にあげようと思ったんだけど。途中で車が通りがかったから、逃しちゃった」
歪みに歪んでいるが、兄弟愛はまだ残っている。
どうするべきか?
俺は冴木カナの処遇について悩んでいた。
「君さ、男の間引き基準については語ったが、女の方はどうするんだ?」
「女?」
「能力の高い人間でなく、顔のいい男も残すんだよな? じゃあ、女はどういう風に選別するんだと思ってな」
「んー」
カナは唇に指を当てて、考え込むような表情をした。
「大槻綾子さんは例外として。……うちより可愛い子は、殺しちゃうかも?」
「それじゃあ世の中のほとんどの女が死ぬ羽目になるじゃないか」
「今のってセクハラじゃない?」
悪いが俺が面倒を見ると決めた異世界少女は、えらく見た目が整っているのでな。
あの子を狙われてはひとたまりもない。
だから。
あくまでこれは身内を守りたいという、素朴な防衛本能なのだ。
「すまんな」
俺は手のひらから光剣を放出し、カナの肉体を吹き飛ばした。
誰かを庇いながらの戦闘でなければ、火力を調整する必要もない。
遠慮なく蒸発させられる。
やはり光剣はいい。
攻撃魔法と違って、爆発だの冷気だのと無縁なのも気に入っている。
振動も最小限にして仕留められるので、暗殺向きのスキルだ。
「俺が正義とは言わんよ、ただの欲と欲とぶつかり合いだな」
「……クソオヤジ!」
咄嗟にカナも光剣を伸ばしてくるが、もう遅い。
仮に間に合っていたとしても、俺の剣を防げるほどの大きさではない。
じゅっ。
と、音を立てて、冴木カナは消滅した。
実にあっけなかった。
目撃者などいないだろうし、仮にいたとしても、突然カナが気化したのを見ただけだ。
神隠しとしか思わないだろう。
もっとも、カナを隠した俺は、神なんかではないが。カナと違って、自己認識は人間のままだ。
ではカナは異世界で何を経験し、己を神に等しい存在とまで思うようになったのだろう?
「くそったれ」
兄想いだった少女が、力に溺れて堕落する。
召喚勇者なんて、やっぱりろくなもんじゃない。
虚しさを覚えながら、俺は帰路についた。
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