第44話 単独潜入

 朝の町を、一人で歩く。

 向かう先はもちろん、冴木の自宅である。

 貴重なオフを捧げての調査なのだから、何かしら成果が欲しいところだ。


 今回俺が単独行動を選んだのは、戦闘に陥った時を考えてのことだった。

 またアンジェリカを人質に取られるのは困る。それでは勝てる相手にも勝てない。

 アンジェリカはついて行きたいとしきりにまとわりついてきたが、やむを得なかった。


 スマホで地図を確認しながら、足を進める。

 もうすぐだ。

 歯科医院を通り越し、左折する。数十メートルほど先に、一軒の民家が見えてきた。

 二階建ての、こじんまりとした住宅だ。

 裕福でもなく、貧しくもない。

 ローンを抱えた小市民が、ひっそりと維持しているマイホーム。そんな印象を受けた。


 表札に目を向けると、冴木と書かれている。

 これだ。


 隠蔽魔法をかけ、玄関の前に立つ。

 今の俺は常人には見えないし、見ることが出来たとしたらそいつは異能者だ。

 スマホのカメラで覗き込まれたら一発でバレてしまうが、動き回る俺を早朝七時に偶然撮影するなんて、まずありえない確率だ。

 

 多少大胆な行動をしても、問題はない。


 かといって堂々とインターホンを鳴らすわけにもいかないし、とりあえず庭に侵入することにした。 

 塀を飛び越え、花壇に着地する。

 よく手入れされた庭だ。冴木の両親はガーデニング趣味があるのだろう。

 

 ここからさらに屋根に跳び移って、二階の様子を探るべきか? 

 子供部屋というのは大概、二階にあるものだ。

 冴木は高校に通っていない。それならまだ自室で寝ている可能性はある。


 だが奴も異世界帰りなのだとすれば、生活サイクルは朝型になっているだろう。

 中世風の世界で生活すれば、自然とそうなってしまうのである。

 そうなると、既に居間にいるかもしれない。


 二階と一階、どっちを見るか。

 俺が迷っていると、玄関が開く音がした。

 

 まさか勘付かれたのか? それともふらりと家族が出てきただけか? 

 念のため、身構える。

 場合によってはこの場で戦闘に突入するだろう。


「行ってきまーす」


 が、杞憂に終わった。

 声の主は少女だ。

 これが冴木裕太の妹の、カナだろう。

 リオやアンジェリカと同年代の、十代半ばの少女だ。ブレザーの制服に身を包み、寒そうに首をすくめている。


 容姿は並。


 肉親がこれならば、冴木も見た目は平均的ではないかと推測する。

 ちょうどいい、せっかく玄関が開いたのだからお邪魔するか。


 俺は姿が見えないのをいいことに、冴木宅に忍び込んだ。カナの横をすり抜け、玄関にお邪魔する。

 靴は……一応脱いでおくことにした。

 さすがに相手が犯人と確定していないうちから、土足で上がり込むのはどうかと思ったのだ。


 靴を揃えていると、目の前を中年女性が横切った。

 この家の母親だろう。

 平日の朝だけあって、忙しそうに走り回っていたる

 小太りでひっつめ髪。五十手前といったところだろうか。


 ぶつからないように注意して横を通り、二階に上がる。


 上ってすぐのところに、ドアが二つあるのが見えた。

 片方が冴木の部屋で、もう片方が妹の部屋だろう。

 先に手前のドアに向かい、ノブに手をかける。

 

 鍵がかかっていれば面倒だと思ったが、幸いなことに開いていた。

 子供部屋に鍵を設けない方針の家なのかもしれない。


 ゆっくりとドアを開ける。


「……こっちじゃないな」


 一目見て、外れを確信する。


 なにせピンクの小物が、部屋中を埋め尽くしているのだ。

 ベッドの上にはクレーンゲームで集めたのであろう、無数のぬいぐるみがある。

 確実に妹の部屋だ。


 俺はドアを閉めると、もう一つの部屋に近付いた。

 そっとドアノブに手をかける。

 やはりこちらも施錠はされていない。

 何が出てくるかわからないので、まずはほんの少しだけ開ける。

 隙間から顔だけ突っ込んで、慎重に様子を伺う。


 そこには剣を構えた冴木が立っている――ということもなく。


 ほっと一息つく。

 無人だ。

 俺はちょっと拍子抜けしながらも、ドアを開け放つ。


 室内は暗く、カーテンもカーペットも青だ。

 無造作にゲーム機や少年誌が転がり、いかにも十代男子の部屋といった趣がある。

 床には飲みかけの500ミリリットル入りペットボトルが置いてあった。

 しかしそれ以外にゴミの類は転がっていない。


 おかしいのは、そこではない。ゴミなんてどうでもいい。この部屋の異常性は別のところにある。


(かなりきてるな)


 冴木裕太の自室は、壁という壁に穴が開いていた。

 大きさといい形といい、拳で開けたものだろう。

 十や二十では済まない。ただ事ではない攻撃性を感じさせる。


 こいつがただの元引きこもりなのか、召喚勇者なのかは知らない。

 そのどっちだろうと、ギリギリな精神状態なのは確かだ。

 そう。いきなり背後から他人に斬りかかって、増殖を試みてもおかしくないほどに。


 そんな輩に不意打ちをかけられては、たまったものではない。

 いくら警戒しても足りないくらいだ。

 俺は冴木が隠れている可能性を検討して、ベッドの下やクローゼットも調べてみた。

 が、誰も潜んではいない。

 ここに冴木裕太はいない。

 

 部屋を出る。


 一階に戻り、今度は居間に足を踏み入れる。

 見れば母親が、忙しそうに鏡の前で化粧をしていた。

 これからパートに出るのかもしれない。


 父親らしき男性は、熱心に新聞を読んでいる。


 息子不在の日常。冴木裕太はどこにいるのだろうか?

 俺が室内に目を向けていると、父親が思いついたように言葉を発した。


「裕太はまた散歩してるのか」


 母親は何も言わず、顔にパフを叩きつけている。


「ずっと籠もりきりだったかと思えば、急に毎日出歩くようになって。なんなんだあいつは」

「家にいるよりはマシでしょう」

「誰に似たんだろうな?」

「……あなたでしょ? 瓜二つじゃない」

「見た目は俺に似たかもしれないが、中身はお前似だろ。十年も家で遊んでたってのに、思いついたように仕事なんか始めて。裕太そっくりだよお前は」

「そりゃダンナが出世コースから外れたって自覚しちゃったら、働きにも出ますよ」

「ああ?」


 険悪な空気である。

 朝っぱらから夫婦喧嘩を始めようとしているのだ。

 俺の方もなんだかつられて気不味くなってしまう。

 他所の家の日常なんて見るもんじゃないな……と実感させられる。


 早いとこ調べるもの調べて、家に帰ろう。


 父親の言葉によれば、冴木裕太は外にいるのだ。

 ならば家の中に留まっているのは無駄だ。

 俺は玄関に行くと、両足を靴に突っ込んだ。

 とんとんと爪先を地面に打ち付けながら、外に出る。


 塀に背を預けて、腕を組む。

 あとは渦中の人物の帰宅を、待つのみである。

 息を吐く。白く曇った。

 寒波はまだ町を覆っている。


 空を見上げて、何をするでもなく耳を澄ます。

 そうしているうちに、時間だけが過ぎていく。

 五分ほど経過しただろうか。


 ただ待っているのも退屈なので、スマホゲーでもしようかな。

 そんなことを考え始めたところで、


 とっとっとっと。


 と足音が聞こえてきた。

 はあはあと息を切らす声もする。


 音の主は、どうやら朝からジョギングをしているようだ。


 ……こちらに近付いてくる。


 ジャージ姿の、痩せ型の少年が走り寄ってきた。

 ふらふらとした足取りで、倒れ込むようにして庭に入り込んでくる。

 こいつが裕太なのだろうか?


「ステータス・オープン」


 俺は地面にしゃがみこんで息を整える少年に、ステータス鑑定を行う。



 

【名 前】冴木裕太さえきゆうた

【レベル】1

【クラス】無職

【H P】35

【M P】0

【攻 撃】65

【防 御】50

【敏 捷】70

【魔 攻】10

【魔 防】70

【スキル】無

【備 考】イジメがきっかけで、引きこもりに陥っていた少年。現在は一念発起し、社会復帰するための体力作りに専念している。




「……なに?」


 そして、己の勘が外れたことを思い知らされる。

 冴木裕太は、召喚勇者ではない。

 一切のスキルを持たず、身体能力は常人より低い。

 ただの元引きこもりで、どうにか自分を変えようと足掻いている無害な一般人だ。


 人を切断して回復魔法で増やすなど、とうてい出来るはずもない。

 冴木は、増殖事件の犯人なんかじゃない。


 一から推理し直さねばならないと、確定した瞬間だった。

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