第43話 取り引き

 少しやりすぎたかな。

 などと己の発言を思い返しながら、カレーを口に運ぶ。

 

 なに、大丈夫。プロデューサーの反応は良かったし、そう心配せずともいいさ。

 自分に言い聞かせつつ、福神漬をかじる。


 今は昼休みで、俺は食堂にいる。

 スミレテレビのビルには一般向けに公開された食堂と、関係者以外立ち入り禁止の社員食堂がある。スタッフやタレントは、後者を利用するのだ。


 もちろん、俺が使っているのも社員食堂だ。

 ほんの三百円から五百円で腹いっぱい食えるので、ありがたいことである。

 味もいい。かなり美味い。まず肉がデカイ。

 ここ数年ほど広告収入が下がっていると聞くのに、高い材料を使っているようにしか思えない。

 経費削減とかうるさく言われないのだろうか?


 贅沢だよなあ、と半ば呆れつつ、スマホを取り出す。

 アプリを起動し、キングレオにメッセージを送った。


『お前の中学時代の同級生に、冴木って男子がいたはずだ。二年から不登校になったやつだ。もし住所を知ってたら教えてくれ。大まかな番地でもいい。知らなかったら昔のクラスメイトにでも聞いてみてくれないか』


 あちらも昼休みだろうから、返信は早いはずだ。

 ぼーっと通路を眺めながら水を飲んでいると、さっそく通知音が鳴った。


『冴木? そいつ探してんですか?』

『そうだ。住所と下の名前はわかるか?』

冴木裕太さえきゆうただったかな。住所はわかんねえ。遊んだこともねえし。あーでも思い出した、こいつリオと同い年の妹いたわ。んでその子、リオとつるんでた時期もあったかもしんねえ』

『妹世代は普通に交流があるわけか』

『リオなら住所知ってんじゃねえかな? 今聞いてみっから』


 相変わらず敬語を使うのが苦手なやつだな、と苦笑いしながら待つ。

 ヤンキーだし言葉使いも荒いが、根は悪い少年ではない気がする。

 権藤が取り返しのつかない領域にいるとしたら、キングレオはまだ道をちょっとそれたぐらいである。

 いくらでも取り返しが効くだろう。


 若いっていいもんだ。


 そんなオヤジ臭いことを考えていると、新着メッセージが届いていた。キングレオだ。


『わりぃ中元さん。リオのやつ、ただじゃ教えられないとか言ってる』

『どういうことだ?』

『昨日も中元さんに人探しをさせられたとかで、なんか機嫌悪いっスわ。そろそろお返しが欲しいってぐずってる』

『説得出来るか?』

『無理っスね。あいつの駄々っ子モードはマジぱねぇんだ。逆らえなくなる。兄貴ってのはそういう生き物なんスよ。わかってくれるっスよね?』

『すまん、俺は一人っ子だからよくわからない』

『それならエア妹でいいから想像してみてくんねっスか。とにかく出来ないものは出来ないんスよ』


 とりあえず、今のキングレオが使い物にならないのはよく理解した。

『お前はよくやった』と打ち込むと、今度はリオと連絡を取る。


『キングレオから話は聞いてるな? なんで手伝ってくれないんだ。単に住所を知りたいだけだ。冴木家の場所を教えてくれ』

『ただじゃ無理』


 ぶっきらぼうな短文。

 拗ねた顔で文章を打ち込むリオを想像する。


『二日続けてじゃん。あたしのこと便利屋とでも思ってるでしょ? そろそろお礼があってもいい頃なんじゃないの』


 また強気に指示を出して従わせてもいいのだが、俺だって一応は申し訳なさを感じている。


『悪いとは思ってる』

『ほんとに?』

『いつか借りは返す。だからもう一度頼らせてくれ。冴木は人を増殖させる事件に関わってるかもしれないんだよ。なんとしても会ってみたい』

『お礼次第』


 面倒なやつだ。


『何が欲しいんだよ?』

『中元さんの家に行きたい』


 駄目に決まってるだろ、と返信する。


『なんで? 誰にも言わなきゃ別にいいじゃん』

『誰かに言ったら不味いようなことをするつもりなのか? 絶対うちの住所教えないからな』

『じゃ、あたしも冴木の住所教えない』


 やるじゃないかリオ。

 だがお前は押しに弱いだろ。そういう人種なんだよ。


『お前は俺の言った通りにすればいいんだ。さっさと知ってることを吐け』

『そんなこと言っていいの? 教えてあげないからね』


 あれ? 効かないな……。

 免疫でも出来たのか? 予防接種でも打ったのか?

 マゾ寄りのファザコンに対するワクチンって、どんなのだ?


 俺が意味不明な疑問を抱えながら画面を凝視していると、リオはズバズバと新着メッセージを送り込んでくる。


『昨日あたしにさ、大槻綾子って子を探しに行かせたよね。あの子って中元さんのこと好きでしょ?』

『は?』

『わかるよ。同類だもん』


 脳が詰問モードに入ってるから、オレ様な命令が聞かないのかもしれない。

 恐ろしい。


『女の勘ってやつなのか?』

『単にあの子のスマホ見たら、待受が中元さんの盗撮画像だったからそう思ったんだけどね』

 

 本当に恐ろしいのは綾子ちゃんであった。

 いつ撮ったんだろう……。


『何人の女の子をたぶらかしてるの? 外人の子ともベタベタしてたよね?』

『あいつはホームステイみたいなものであってな』

『んで大槻って子は、結構前からの知り合いなんでしょ。本人に聞いた』


 なんだこの、外周からじわじわ攻め込まれていく感じ。

 オークの軍隊に円形に包囲された時みたいな気分だぞ今。


『あたしだけ他の子と差がついてるよね? 不公平じゃん。中元さん家の住所教えてよ。そしたら冴木家の住所教えたげる』


 十六の女子高生が、やはり同じように十代女子を匿っているアパートに来る。

 危険すぎる。


『無理だ。無理なものは無理』

『なんで? こんなに言ってるのに駄目なの?』

『もういい。お前には頼まない。自力で調べる』

『えー。諦めちゃうの?』

『これ以上お前の相手してられない』


 こっちは遊びじゃないんだよ、とイライラしながら文字を打つ。

 

『怒ってる?』

『せっかくの昼休みに手間取らせたな。じゃあな』

『待って、ここで話切り上げるの? 怒ってるよね?』


 綾子ちゃんの家はわかってるんだ。あそこと同じ学区内なら、冴木はそう遠くには住んでないはずだ。

 今日は遅くまで仕事が入っているので無理だが、明日は一日休みだ。

 休日を潰して調べ回れば、簡単に見つかるだろう。

 なんせ、近隣住民に聞けばいいだけの話だ。


 それこそ綾子ちゃんの保護者である店主さんに聞けば、あっさり場所を教えてくれるかもしれない。

 冴木の親とは、保護者会で顔を合わせていた可能性すらある。


 わざわざ駅前まで聞きに行くのは、手間ではあるが。

 オフの日が探偵ごっこに費やされるのか、とうんざりしながらスマホをテーブルに置く。

 直後、通知音が鳴り響いた。


『新着メッセージがあります』


 どうせリオだ。

 まだ文句を言い足りないんだろうか、と画面を長押しする。

 白いウィンドウから、カラフルなSNSの画面に切り替わる。


 さてどんな罵倒が出てくるか。

 どこか達観した気分で画面を見ていると、意外な文章が出てきた。


『ごめんなさい』


 謙虚で簡素な、謝罪文である。

 下の方には、リンクが貼られている。

 やっぱり自撮りかなあと思って踏んでみると、予想通りの写真が出てくる。

 トイレの中でワイシャツをめくり上げ、白い腹を露出したリオ。頬には涙の跡がある。


『お前こういうの止めた方いいよ。受け取っても嬉しくない』


 ちょっと揉めたくらいでこんなのを寄こされても、罪悪感しかないのだ。

 言葉で解決するべきだ。


『許してくれる?』

『最初からそんなに怒ってないって。俺も悪かった、腹減ってて気が立ってたのかもしれない。少し言い方がきつくなりすぎた』

『ほんと?』

『ほんとだ。だからこういうのはよせ。わざわざ肌を見せなくてもお前のこと見限ったりしないから』

『意味わかんない』


 なにがだよ? と思わず首をひねる。


『男って皆こういうの写真とか好きなんでしょ。違うの? なんで要らないの?』

『そんなわけないだろ。仮にそうだったとしても、どんな状況でも欲しいってもんじゃないと思うが。特に今みたいな険悪になった時は』

『母さんは彼氏と喧嘩したら、こうやって気を引いてるけど』

『それで母親の交際相手は許すのか』

『うん』


 ……こいつは家庭環境が悪すぎて、異性へのアプローチが少々おかしくなっているのではなかろうか。

 親の真似をした結果がこれなのか?

 惨いものである。


『お前とは一度会って話をする必要がありそうだな。色々言わなきゃいけないことがある』

『会ってくれるの?』

『そのうちな』


 俺は自宅の住所を打ち込む。


『いいか? 来る前は必ず連絡を寄こせ。それと絶対に一人では来ないこと。兄貴と一緒に来い。これなら遊びに来てもいいから』

『うん。約束する。ありがと』

『……で、冴木の住所は教えてくれるな?』

『ちょっと待って。今カナに聞くから』

『カナってのは冴木の妹か?』

『そうそう』


 数分後、俺はリオの返信によって冴木家の位置情報を手に入れた。

 地図で確認すると、綾子ちゃんの自宅から東に八百メートルほどの場所だ。

 こんな近くに住んでいるのに、綾子ちゃんは冴木の下の名前を知らないし、住所にも心当たりがなかった。


 冴木裕太とはそんなに影の薄い少年なのだろうか?

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