第42話 挑発

 俺は黒澤プロデューサーと共にスタジオ入りすると、さっそく打ち合わせに入った。

 カメラに取り囲まれながら、パイプ椅子に座って意見を出し合う。


 俺は職歴がバイトで埋まっている身なので、真っ当な企業の会議というものを知らない。

 それでもなんとなく、ここの雰囲気が異常なのはわかる。


 椅子の上でふんぞり返る黒澤プロデューサーと、広告代理店のお偉いさん達。

 その周りには、無数の名も知らない女の子達が立っている。なんでもアイドルの卵らしいが、どうしてここにいるのかは不明瞭である。

 素人以上アイドル未満の女の子。しきりに俺達の体に触ってくるので、どうも落ち着かない。


「合コン」という単語を連想させる、チャラついた空気だ。

 バラエティに特化したテレビ局というのは、こうも浮ついているものなのだろうか。

 まあ、こんなものか。


 俺は元々、放送業界に対して憧れなんざ持っちゃいない。

 地元で評判の美人だった娘が、清純派女優としてデビューしたのを知っている。

 だが彼女は綺麗なだけでなく、札付きのワルだったのだ。

 男なんてとっかえひっかえだったし、校内暴力も振るっていた。

 メディアはグレていた頃の経歴に一切触れず、まるで筋金入りのお嬢様のように扱っている。


 俺が異世界に召喚される直前、大学を辞めて芸人になった親戚がいる。

 あれから十七年経ったので、今頃は司会でもやってるのかな、なんて思っていた。

 けれど残念ながら彼は、完全にブッ壊れていた。

 おふくろの話によると、一瞬だけバラエティ番組のひな壇に出る時期があったが、気が付けば消えていたそうだ。

 ある日ふらりと借金まみれで実家に帰ってきて、今は飲んだくれているらしい。そして、背中には入れ墨が彫ってあった。


 そんなもんだろ、と思う。


 誰かの人生を塗り潰したり、食い潰したりして数字に変える。

 テレビってのはそういう世界だ。


 俺はそれで納得してるし、互いに利用し合う関係だと割り切っている。


 しかし今、俺やプロデューサーに媚びた声を出すアイドル見習い達は、どう思っているのだろうか。

 憧れの芸能界に入れたというのに、コンパニオンとそう変わらないことをやらされている。

 もっと直接的に言えば、枕営業だ。


 一人の女の子に、中元さんっていい体してますよね、と名刺を渡された。

 

「最近すっごいお仕事増えてますよね。私昔から手品が好きで、家でも練習とかしてるんです。助手とかちょー向いてると思いますよ」

「考えとくよ」


 礼儀として受け取り、胸ポケットにしまう。

 あとで破って、便所に捨てるつもりだ。


 きっとこの女の子達のうち、何人かは心を病むのだろう。

 夢に裏切られ、社会を恨むようになるのだろう。


 人が最も殺意を抱く瞬間は、甘えようとした相手に拒絶された時と何かの本で読んだ。

 その通りだと思う。

 好意を寄せていたものに裏切られた時、愛は憎しみに変わるのだ。


 もしも長い冒険の果てに帰ってきた故郷に――現代社会に馴染めなかった時、召喚勇者はどうなってしまうのか。

 夢にまで見た日本に受け入れられなかった時、郷愁は容易に殺意へ変化を遂げるのではないか。


 俺も、そうなりかけた時期がある。

 だがすぐに、怒りの矛先を自分自身に変えた。

 エルザをこの手で殺めた俺に、社会を恨む資格などないと悟ったからだ。


「……じゃあそういうことで一つ。中元さん、いけますか」


 会議が終わる。

 俺はゆっくりと立ち上がると、カメラの前に歩を進めた。


 打ち合わせではこうである。

 俺が子役の少女に布を被せると、床からその子の双子の妹が出てくる。

 布を外せばあら不思議、人体増殖マジックというわけだ。


 あとは俺が犯人をボロクソに罵り、「こんなん誰でも出来るわ! 悔しかったら名乗り出てこい!」と滑稽に挑発して見せるという流れだ。


 あくまで浮ついたバラエティ。

 娯楽番組なのだ。


 双子を使ってると視聴者に見抜かれるのも想定のうちだ。

 また下らないことやってんなあ、と笑われて数字が取れればそれでいいのだ。


「それじゃいきまーす」


 本番五秒前、とフロアディレクターのカウントダウンが始まる。

 五、四、三、ニ、一。


「スタート」


 俺は子役に向かって、笑いかける。

 まだ十歳前後だろう。顔立ちは至って普通で、小さな一重の目をしている。

 年齢のおかげで愛らしく見えるだけで、いずれどこにでもいる地味な女性に育つ。

 一卵性双生児であること以外に、何も個性のない少女だ。


「ではでは奇術師中元の、稀代のマジックといきましょうかぁ!」


 俺はおどけた声で少女に布を被せると、腰を揺らしてカメラを向いた。

 気分は道化だ。

 

「最近巷を騒がせてる、増殖事件ってありますよねー。おじさんもあれやってみようかな? かな?」


 ワハハハハ、とスタッフが笑い声を被せる。

 俺はあくまでひょうきんな三枚目。

 憎まれず憧れられず、誰にでもぼんやりと好かれる立ち位置をキープしなければならない。


「さーてこの布を被せますと……どうなると思います?」


 どうなんだよー、とプロデューサー達がヤジを飛ばした。

 彼らの笑顔を見ていると、仕事ではなくサークル活動の一環に見えてくる。

 手足のようにコキ使われているADの表情は、真剣そのものなのだが。


 俺は少女を黒い布で覆うと、カンペに目をやった。


『十秒持たせて下さい』


 とのこと。

 その間に、床下から妹が出てくるのだろう。


「はい、おじさんが今から、この子を増やしてみようと思います。今増えてるんです。マジです」


 イメージするのは陽気なピエロ。

 笑いものになればいいと思う。


 布を外す。


「おおっとお! なんとなんと!? 女の子が綺麗に分裂してるではありませんか!?」


 わざとらしく声をひっくり返し、俺は飛び上がる。


「いやあ……まさかおじさんにも出来るとは思わなかったなあ。意外と簡単なんだなあ」


 スタジオ中のカメラが、俺を向いている。


「……皆も知っての通り、おじさんはヒップパワーの持ち主です。お尻で金属バットを折れるし、人命救助だって出来る。これを身につけるまで、とても苦労したんですよ。……とてもとても」


 双子の少女達は、感情の篭っていない目で俺を見上げていた。


「もしもおじさんと同じ力を持っている人がいたとしたら……その人も、きっと凄く苦労したはずです。大切なものを捧げないと、この領域にはこれないからね。何を失くしたのかな? それは誰かを無茶苦茶に斬って増やして、取り戻せるようなものなのかな? ……八つ当たりするなとは言わないよ。俺だってしょっぱい喧嘩は何度かした。だがお前はやり過ぎだろ。ここまで跳ね回ってたら、いつかしっぺ返しが来るぞ。もうやめようや。お前と同じ境遇の、俺にゃわかるんだよ」


 スタッフの顔色が変わる。打ち合わせと違いますよ、という声が聞こえてきた。


「これ以上遊び回るようなら、消す。俺の顔馴染みにも被害が出ているからな。そろそろやめとけ」


 少々、感情が入りすぎてしまった。

 もしかして大分カットされてしまうんじゃないか、と不安がよぎる。

 だが黒澤プロデューサーは、静かに頷いていた。


「面白くなってきましたね」


 と、口だけで笑っている。

 目は笑っていない。


「中元さん、ひょっとして犯人に心当たりあるんです? いいですね、公開対決が撮れるかもしれません」

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