第34話 仕事は増えても

 さてここで一つ、問題が生じる。


 こっちの綾子ちゃんには、帰る場所がないのである。


 なんでも自宅に顔を出したら、間違いなくもう一人の私に殺されると思いますとのことだ。

 ああ、うん。だろうね。綾子ちゃんならそれくらいやるだろうね。


 ……もしかして、俺が面倒見なきゃならないのか?


 それは困る。

 精神衛生上、とても困る。

 なんでもいいからどっかに隔離して、考える時間が欲しい。

 あと社会人なりのケジメを付ける必要がある。仕事をドタキャンしちゃったわけだし。


 そういうわけで俺は綾子ちゃんをネットカフェに押し込み、一度テレビ局に顔を出すことにした。

 大遅刻だが、早めに謝罪すれば影響を最小限に抑えられるかもしれない。

 今回の件が干されるきっかけになったりしないよな? と胃をキリキリさせながらの出向である。

 

 俺は金が欲しい。仕事が欲しい。

 かといってあまりに能力を見せびらかすと、妙なことになる気がする。


 もし俺が現代兵器よりも遥かに強いと世間に知れ渡ったら、どうなるのだろう?

 軍事利用。国のお偉いさんから、しょうもないことを頼まれるかもしれない。


 他にも俺を保有してるから日本は核を持ってるも同然だろ、と色んな国からいちゃもんつけられたり。

 ありそうで嫌だ。

 異世界時代は大体こんな理屈でゴブリンが攻め込んで来たので、結局絶滅させるはめになった。

 人間相手にそれをやるのは避けたい。


 だから何やっても「あー手品か」で解釈される今の状況は、結構気に入っているのである。

 ケツでバット折ろうが何十メートルと飛ぼうが、ただの奇術師さんなのだ。

 メディアがそのように宣伝してくれている限り、俺はマジシャンでいられる。

 稼げる上に、強いと思われない。


 なのでなんとしてもテレビ関係者とは、よい関係でいたのだ。世界平和のためなのだ。

 

 そんな、スケールの大きな決意を固めながら、電車に乗り込む。

 何度か乗り継ぎ、歩き、予定より三時間遅れで目的地に到着する。


 埋立地に作られた、近代的な町並み。

 その中で一際異彩を放つ、特徴的なフォルムのビルを見上げる。

 スミレテレビ。

 バラエティに強いとされるこの局は、俺を大層気に入って出演させてくれる。

 世話になっているのである。


 それなのに、収録をすっぽかした。


 申し訳ねえ、と背中を丸めながら自動ドアを通る。

 受付のお姉さん達に名前を告げると、ここで待っていて欲しいとのことだった。

 なにやら手元の白電話を使い、どこかに連絡をしている。


 数分後。


 チン。と音が鳴り、近くのエレベーターが開いた。

 中から出てきたのは、グレーのスーツを着た男性だ。

 小太りの体型で、年齢は俺より一回り上。四十代半ば程度だ。

 浅黒い肌をした、いかにも業界人といった風体。

 男性は、真っ直ぐに俺の方へと近付いてくる。


「中元さん! 待ってたんですよ」


 なんと、プロデューサー自らのお出ましである。

 その名も黒澤くろさわ

 おかしな偶然だが、この間までバイトしていたラーメン屋の店長と、同じ名字だった。

 なので無条件に苦手意識を抱いているのだが、今のところ俺に対しては好意的だ。


「申し訳ありません。人身事故に巻き込まれまして」


 俺は九十度の角度で、頭を下げる。


「いえいいんですよ。大変だったでしょう」


 黒澤プロデューサーは、猫撫で声で言った。異様な上機嫌である。


「聞きましたよ。ホームから飛び降りた女の子を助けたそうじゃないですか。いやはや、素晴らしい。目撃者から投稿映像も届いておりましてね。スマホからなので画質はいまいちですけど、ちゃあんと中元さんだってわかります。数字が取れればね、なんだっていいんですよ。このあとインタビューさせて貰いますけど、構いませんよね?」

「え? ……はあ。大丈夫ですよ」

 

 これからはお笑い路線の手品師じゃなく、ヒーローっぽい演出をするのも悪くないかもしれませんね、と脂ぎった顔で迫られる。


「元々中元さんはF2層とF3層には人気があったんですが、……おっとこれじゃわからないですな。えー。元々中元さんは、三十代半ば以上の女性層には人気があったんですよ。つまり主婦層ですな。そこにほら、この通り少女救出という女性受けの良さそうなニュースまで入ってきたでしょう。またとないチャンスだと思いませんか」


 ぐいぐいと顔を近付けられる。

 完全にビジネスモードに頭が切り替わっているようだ。


「……別に俺としては問題ないんですけど、その、今日の仕事を開けちゃった分はいいんでしょうか? 関係者に頭を下げて回った方いいですよね?」

「何言ってるんですか! 数字が上がるならなんでもいいんですよ、なんでも! どうせ三月には終わらせる番組だったんだし、あんなのに穴開けるくらい些細なことです。面倒なことはこちらで処理しておきますから」

「終了決まってたのって初耳なんですけど」

「はははっ! 新番組じゃレギュラーにするからいいじゃないですか。中元さん勢いあるから、いけますよ! もう毎日でも自殺未遂者を救助して欲しいくらいですな。いやー、明日も誰か飛び降りないかなあ。なんならうちで活きのいい自殺志願者を用意しましょうか? A Dアシスタントディレクターなら今にも死にそうなのがたくさんいますし」


 このプロデューサーは部下をゴミ同然に扱うので、ありえるのが恐ろしい。

 よく若いADに向かって「お前みたいなのがなあ、自殺して局全体のイメージを下げるんだよ。死ぬなら退社して数年後に死ねや」と怒鳴り散らしている。


「ちょっと脱線しますけど、プロデューサーって親戚がラーメン屋を経営してたりします?」

「ん……? 弟が赤龍堂という店を持っておりますが。それが何か」

「やっぱそうですか。いえなんでもないです」

 

 血縁者だった。

 けどそんなことはどうでもいいだろう。


 助かった。

 最悪、二度と番組に呼ばれなくなるのも覚悟していたが、逆に増える方向に働いたらしい。

 一安心といったところか。


「じゃ、さっそく打ち合わせいいですかね。スタジオはもう用意してあるんで、すぐにでもインタビューと再現VTRの作成に移りましょう。なんせ本人出演ですからねえ。これは盛り上がりますよ」

「いやその……人命救助した人間が得意気に手柄を再現するのって、どうなんですかね」

「大丈夫大丈夫! 視聴者は細かいことなんて気にしないから! そういうの気になる人は、今もうテレビ観ませんから! ははは!」

「……」

「体型を強調するような衣装にした方が、数字上がりそうですよねえ。中元さん、なんかスポーツやってらしたんですか? 実にいい体をしてらっしゃる。奥様方が喜ぶよう、ノースリーブでいきましょうか」

「今冬ですよ」

「気にしない気にしない!」


 俺はずるずると引きずられるようにして、スタジオへと連行された。

 

 結局、再現VTRの出演は断ったが、ピチピチのノースリーブでインタビューを受けるのは妥協して受け入れた。

 こんなので喜ぶ人がいるんだろうか?


 それからも振り回され、丸一日様々な取材を受けた。

 とにかく忙しかった。壮絶に忙しかった。

 俺は元一般人なので、マネージャーがいるわけでもないし、芸能事務所に所属しているわけでもない。

 全て一人で処理しなければならない。

 

 その分、ギャラを全部自分のものに出来るというメリットはあるのだが。

 そろそろ俺の事務能力ではパンクしそうだし、なにより税金の計算なんて全然出来ない自分に気付く。

 節税……申告漏れ……脱税……嫌な予感を覚えつつも、仕事をこなした。


 やっとプロデューサーから開放された頃には、夕方になっていた。

 スマホから時刻を確認すると、午後五時一分。

 朝にアンジェリカと交わした約束を、ブチ破った瞬間である。

 五時には帰る。一緒に美味いものでも食おう。俺の言葉を待ってそわそわしているであろう娘を、華麗に放置。


「どう言い訳すりゃいいんだ……」


 途方に暮れながら、駅に向かった。

 ひとまずネカフェに詰め込んだままの綾子ちゃんを、回収する必要がある。

 もうずっとそこに隔離しようかとも思ったが、今の綾子ちゃんはコートの下が大変なことになっている。

 衣服が切り裂かれ、右半分が裸なのである。


 そんな惨状になっている十七歳女子に、平然と置いてけぼりをかましていいものだろうか?

 さすがにそこまで鬼ではない。


 迎えに行かなくてはならない。

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