第28話 再スタート
レイスを倒して以来、幽霊騒動は起きていない。
街はすっかり平和になったのだ。俺の方は相変わらず、大忙しだが。
「おとーさん! またパソコンいじってる!」
「いや……あるんだよ、色々。探しものとか」
あのあと大家と警察に事情を説明し終えると、俺とアンジェリカはしばらく何もせず過ごしていた。
色々あって、疲れすぎた。とにかく休みたかった。
翌朝、テレビを点けてぼーっとニュースを眺めていたら、俺が映っていた。
謎の隕石衝突事件やらUFO騒動やらで、空中戦を繰り広げる俺とレイスの投稿映像が流されていた。
撮影場所は、おそらくレイスを叩きつけたあの山だ。
てっきり無人だと思ったのだが、天体観測のためにキャンプしていたグループがいたらしい。
……巻き込まなくてよかった。
怪我人が一人も出なかったのはいいけど、俺の写真がばっちりと収められてしまった。
燃え上がるレイスのおかげで顔周りが照らされ、しっかり人相のわかる映り方をしていた。
隠蔽魔法って、人間の目と耳をごまかすだけで、機械には普通に映るのか。マジか。
盲点を突かれた形となった俺は、数日経つと取材攻勢に悩まされるようになった。
しどろもどろに言い訳し続けたところ、「UFOおじさん」というニックネームをつけられ、一躍時の人となったのである。
なんか世間的には、手品師という形で落ち着いたらしい。
手品。
手品か……。
まあいいか。
テレビに出ては手のひらから光剣を出したり、単に丈夫なだけなのに火の上を歩いたりして、ギャラを稼ぐ毎日を送っている。
百万近い金が、ニ週間で転がり込んできた。
仕事は今も増え続けている。
「もうこっちの道で食ってけそうなので辞めます」
と店長に伝えたところ、「お前みたいなのはなあ、どうせ一発屋として消えてくもんなんだよ」と青筋を浮かべながらネチネチとやられた。
店の前にアンジェリカとリオが立っていたのも、よくなかったのかもしれない。
「おとーさーん! ここ臭いから早く出ましょうよー」
と豚骨の匂いに不慣れなアンジェリカがナチュラルにディスり、
「なんか権藤っぽい人が外でヤジ飛ばしてるんだけど、あれ何」
とリオが不思議がりながら、スマホを弄くり回していた。
権藤のやつまだ律儀にあれ続けてたんだよな。もうやらなくていいぞ、と伝えなければ。
「お前みたいなのはな、そのうち女子高生に手を出して捕まるんだよ!」
という店長の半泣きの怒鳴り声を聞きながら、店を後にしたのだった。
大槻古書店には、たまに顔を見せるようにしている。
アンジェリカのためにも、まだまだ現代日本の勉強になる本を買い集めなきゃいけないし。
……ここが一番安いし。品揃えもいいし。
綾子ちゃんとの遭遇は怖くて怖くて仕方がないが。
特にアンジェリカと一緒に入店した時の迫力は、凄まじいものがあるが。
背に腹は代えられない。
「パソコンで何探してるんですか?」
「物件」
俺の今の目標は、引っ越しである。
アンジェリカを一度疑ってしまった詫びとか、普通に親心とか、そういうのもあって二部屋あるアパートを借りようと思ったのである。
アンジェリカのやつはどうも戒律で祈りを捧げないといけないとかで、静かで暗い個室を欲しがっていたのだ。
神聖巫女は毎日一回、男の見ていない場所で祈祷しなきゃいけないらしい。面倒だ。
今は渋々俺が寝ている間にバスルームやベランダで祈っているそうなので、これはなんとかしてやらねばと思ったのだ。
「アンジェ、お祈りするスペース欲しがってだろ。もっと広いとこに引っ越そう。そのために調べてるんだ」
「ほんとですか? 私あのホテルアマリリスって場所がいいです」
あれはラブホだ。住んじゃ駄目だ。
「アンジェもプライベート必要だろ。祈祷室を自室みたいにしていいんじゃないか?」
「えー? 別にいいですよ」
「ベッドも二つ用意してさ。片方を祈祷室に運べば、寝室も別々になるぞ? やっぱ女の子なんだし、いつまでも俺と一緒に寝るのは嫌だろ」
「ベッドは一つで十分です。……一つじゃなきゃ、やです」
またそういう、危険なことを。なんか変なこと想像して赤くなってるし。
俺が呆れながらパソコンに目を戻すと、視界の脇をウィンドウが流れていった。
【アンジェリカの性的興奮が70%に到達しました】
【同意の上で性交渉が可能な数値です。実行に移しますか?】
【実行した場合、一定の確率で子供を作ることが出来ます】
【産まれた子供は両親のステータス傾向と一部のスキルを引き継ぎ、装備、アイテムの共有も可能となります】
【また子供に対してはクラスの譲渡も可能となります】
だからなんでやたらと女に手をつける方向に誘導するんだよ、と不思議に思う。
こいつひょっとして意思でもあるんじゃないか? と疑ったりもする。
【ケイスケ、早く新しい人と結ばれて】
【幸せになってね】
「……あ?」
マウスホイールに乗せていた指が震える。
「エル、ザ?」
お前なのか?
ずっとそこにいたのか?
俺の中に。
俺に吸収され、命を捧げたお前は、今も俺を見守っているのか?
「おとーさーん? いいですね? ベッドは絶対一個ですからね一個。寝室別々は許しませんからね」
「ああ……」
新しい生活に期待を膨らませ、過去にの思い出にも意識を向ける。
そんな複雑な心理状態で、俺は不動産屋のホームページを覗き続ける。
「お父さん……? 泣いてるの?」
そんなにベッド別々がよかったんですか!? と勘違いしたアンジェリカが、肩を揺する。
「そうじゃない、そうじゃないんだアンジェ。嬉しくて泣いてたんだ」
「ええ? もー。嬉し泣きですか。お父さんもやっぱり私と一緒に寝るの。好きなんじゃないですか」
エルザ……俺、こっちで頑張るよ。
もうやぶれかぶれになったりせず、まともに生き直して見せる。
なんたって俺は、勇者なんだからな。
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