第12話 嘘か誠か

「彼氏の治療をしてもらいたくて、わざわざ声かけてきたのか。健気なもんだ」

「……レオは彼氏じゃない。兄貴」

「兄妹? 似てないな」

「そりゃそうだよ。あたしら父親違うもん」


 複雑なご家庭なのだろうか。

 それもあってグレたのかもしれない。


「信じられないだろうけど、あいつの歯は放っといても全部戻るよ。このまま放置でいい。精々安静にしてろ、じゃあな」

「違う、歯じゃなくて! ……そっちはこのまま治りそうな勢いだったし、あんまり心配してない」


 じゃあなんだよ? と少し苛立ちながらたずねる。


「おじさん、強いんでしょ。しかもわけわかんない力まで使えるじゃん。ひょっとしたら人間じゃないの? なんでもいいけど、もうあんたじゃないと無理そうだから、それでずっと探してた」

「……場所変えないか」


 人目のあるところで俺の超人性をべらべらまくし立てられると、周囲に何事かと思われそうで落ち着かないのだ。


 昨日とは逆に、俺の方からリオをゲーセンの裏に連れて行く。

 高校生相手に無双をやらかした、あの高架線下の無人地帯にだ。


 あんな場所、不良少年か野良猫しか入らないだろうし。

 しかもそのうち片方は、俺の手で駆除済みなのだ。


 いないよな先客?


 多少不安を感じながらも到着してみれば、狙いすましたかのように人影が見当たらない。

 内緒話にはもってこいのスポットだ。


 金網に背中を預けながら、俺はリオと向き合う。

 艶やかな黒髪を風になびかせ、ポケットに手を突っ込んでいる今時の女子高生。

 真正面から見ると、スタイルの良さを再認識させられる。

 ぴったり百七十センチの俺より、やや低い程度。百六十五くらいあるんじゃないだろうか。

 小顔だし、モデルでもやれそうなルックスだ。


「あのさ」

 

 リオが口を開いたのとほぼ同時に、足元に広がる黒いシミに目が行った。


「ちょうどそのあたりで小便ちびってたよな。その水たまり、君が作ったのじゃないか?」

「わああああああああああああ!」


 クールビューティーな顔を歪めて、猛烈な勢いでリオは地面を蹴り始めた。

 土煙を上げて、砂と砂利で水たまりを覆い隠している。

 

 一連の作業を終えると、くるりとこちらに向き直った。

 きらきらと汗の雫を飛ばして、爽やかな澄まし顔。

 まるで清涼飲料水のコマーシャルに出てくる、若手女優みたいだ。

 制服姿で全力疾走したあと、ペットボトル飲料をラッパ飲みして商品名を告げる感じのやつ。


 とてもションベンの後処理をした少女の顔には見えない。

 リオは表情をその状態で固定したまま、何事もなかったかのように話しかけてくる。


「本題に入っていい? レオが今、大変なことになってて」

「凄い脚力だな」

「本題に入っていい?」

「別に恥ずかしがることないんじゃないか。ただの生理現象だろ」

「本題に入っていい?」

「顔真っ赤になったな。ババ抜き弱いだろ君」

「本題に、入って、いい?」


 ついに涙目になり肩もブルブルと震え出したので、いじるのをやめる。


「あのライオン君がどうかしたのか?」


 乱れた髪を手櫛で整えながら、リオは答える。


「母さんの彼氏と喧嘩した」


 母さんの彼氏。

 たったこれだけのフレーズで、ろくでもない家庭環境を連想するから恐ろしいものだ。

 もちろん、母親が恋愛をするのは自由である。

 離婚なり死別なりで独身なら、新しく恋人を作ってもおかしくはないだろう。


 しかしリオの家庭は、前情報が酷すぎる。

 キラキラネームのグレた長男に、種違いの長女。

 これらとの合わせ技で連想するのは、温かなホームドラマではなく犯罪サスペンスだ。


「君のお母さんは離婚してるのか? それで新しい父親候補として彼氏を連れてきたけど、キングレオ君とはそりが合わなかった。こんな感じか」


 なるべく穏便な予想をぶつけてみる。

 返ってきた答えは、


「大体合ってるけど、その父親候補がね。背中に入れ墨あって、左手の小指はないよ。歴代最悪の相手かも」


 不穏極まりない回答だった。

 犯罪サスペンスじゃなくて、ヤクザものだったか。

 

「うちの母さん、股緩いから。大体四年に一回くらいのペースで付き合う男変わるかな。オリンピックじゃあるまいし、馬鹿みたいだよね」

「聞いてて辛くなってくる」

「しかもあたし、中学上がった頃から、母さんの連れてくる男達にやらしい目で見られるようになって」

「もうやめてくれ」


 嫌な予感しかしない。

 あたし今ヤクザのオモチャやってんだ、おじさんも一回二万でどう? とか言わないだろうな。


「けど、レオがいたから」

「……あいつが?」

「母さんの恋人があたしに何かしようとしたら、毎回レオが飛んできてボコボコにしてた。昔から体デカかったからねレオは。おじさんにはやられちゃったけど、めちゃくちゃ喧嘩強いよ。……レオが頑張ってくれたから、あたしは今までなんの被害もなし」


 兄貴さまだまだよね、とリオは呟く。


「意外だな。ただの悪ガキかと思ったら、ちゃんと兄貴やってたのかあいつ」

「勉強苦手だし名前も変だけど、あたしの前だと割といい兄貴だよ」


 男に狙われやすい、美少女の妹。

 妹思いで、喧嘩っ早い兄貴。

 母親の新しい交際相手は、モラルも糞もない暴力団関係者。

 

 この組み合わせで一番死亡率が高そうなのは?


 言うまでもなく兄貴だ。


「レオ、殺されるかも」


 リオの声は震えていた。


「今母さんが付き合ってるヤクザ……権藤ごんどうっていうんだけど、こいつイカれてる。今日も家に上がり込むなり、あたしのスカートめくってきた」


 権藤が母親と付き合い始めたのは、一週間ほど前になるとリオは言った。


「権藤はすっかり父親面してるけど、あたしが着替えてるとこ覗きにくるし、意味もなく肩とか揉んでくるし。しまいにはスマホでスカートの中撮ろうとしてくるし。……何回もだよ。家の中であの『カシャッ』って音がするたびに、ビクってなる。このままじゃ頭おかしくなりそう」


 ――それでか。


 昨日のリオの振る舞いに、合点がいった。

 俺はこの子の側で、スマホアプリのスクショを撮っていた。


 リオからすれば、元々撮影音に神経質になっていたところに、ダイレクトにトラウマ音が聞こえてきたのだ。

 そこでつい過剰反応したところに、妹を守る気まんまんのヤンキーな兄が出てきて、暴力沙汰に発展と。


 動機はまあ、理解できた。

 でもこれ、俺が弱かったら誤解で殴られて終わってたよな。

 そもそも俺のスマホを調べて、盗撮犯かどうか確かめりゃよかっただろうに。保存した画像一覧を見れば一発だろう。


 血気盛んすぎて、まだまだ同情の材料が足りないな。


「その権藤とかいうヤクザと、キングレオ兄ちゃんが喧嘩したのか」

「……そ。あいつまたあたしに触ろうとしてきたから。レオが掴みかかって、殴り合いの始まり。いつもならレオは負けないんだけど、あんたのせいで歯吹っ飛んでたし。力入らないらしくて、一方的にやられてた。あんなレオ初めて見た」

「俺のせいってなぁ……。俺は勘違いでリンチされそうになったんだぞ? 正当防衛だろうが」

「あんたのせいだもん」


 普段のレオなら、負けないもん。言いながら歯を食いしばるリオの目尻には、涙が浮かんでいる。


「俺に何やれっていうんだ? キングレオ君の治療でもすればいいのか」


 リオは両手で目元を覆ったまま、ブンブンと首を横に振った。

 鼻をすする音が聞こえる。


「……レオ、連れてかれた」


 どこに? 

 俺の問いかけに、リオは「事務所」と答える。

 昼頃にまた権藤はキングレオを殴り、相手が動かなくなったのを確認すると、車に詰め込んだそうだ。

 事務所に行くとだけ言い残し、そのまま車は発進したらしい。


「それもう死んでるんじゃないか」

「死んでない!」


 真っ赤な目で反論される。せっかくの端正な顔が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


「事情はわかったけど、とりあえず通報してみたらどうだ」

「もうした。でも警官は権藤の名前を出したら、『お義父さんによろしく』って言って、電話切ってきた。……この辺の警察、権藤の組と仲いいみたいだから。持ちつ持たれつなんだって」


 腐敗しきってるな。

 くらりと、目眩にも似た感覚を覚える。

 俺が異世界でチート勇者やってる間に、この国はどうなっちまったんだ?

 それとも昔から変わってなかったりするのか?


「つまりあれか。君は謎のパワーを使える超強い俺に、兄貴の救出と治療をして貰いたいと」

「……うん」

「今からヤクザの事務所に殴り込めと、そういうんだな」

「……無理かな」


 当たり前だろ、と即答する。


「俺になんのメリットがあるんだ? 意味もなく反社会勢力に睨まれるだけじゃないか。第一俺からしたら、君ら兄妹はいきなり因縁つけてきたクソガキだぞ。助ける義理もない」

「あれは……本当に……ごめん……」

「そもそもこの話が事実かどうかもわからない。昨日の仕返しがしたくて、作り話をでっちあげた可能性もある。俺をその気にさせて、無関係なヤクザと争わせるためだ。どうだ、ありうるだろ。自分じゃ勝てないから、他の誰かに俺を痛めつけさせようって魂胆だ」

「そんなんじゃ、ない」


 リオは涙をにじませながら、「どうしたら信じてくれるの?」と弱々しい声を漏らした。

 

 俺だって出来れば信じてやりたいが、異世界で散々使い潰されたんでな。

 すっかり疑り深くなってしまっている。


「……あんまり好きじゃないんだけどな、こういうの」


 白黒はっきりつけようじゃないか。

 俺はリオの顔を真っ直ぐに見据えながら、ステータス・オープンと唱える。

 能力値なんてどうでもいいが、備考欄に性格や本音が書かれているケースがある。

 これで嘘をついているか否か、判断してみようと思ったのだ。


 表示された内容は、




【名 前】斎藤理緒さいとうりお 

【レベル】1

【クラス】女子高校生

【H P】80

【M P】120

【攻 撃】70

【防 御】65

【敏 捷】70

【魔 攻】100

【魔 防】100

【スキル】ファザコン(庇護)

【備 考】ヤクザに目をつけられている少女。自分と兄を守り、時には叱ってくれるような、強くて厳しい父親に憧れている。まだ本人に自覚はないが、中元圭介を異性として意識している。昨晩は夢の中に圭介が現れ、お尻をペンペンして貰った。「悪い娘でごめんなさい」と嬉しそうに叫んでいた。理緒にとっては淫夢である。




 なんか、ヘンテコな鑑定結果が出てきた。

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