第11話 再エンカウント

 あんな誓いを立てておきながら、なんと四枚もどんぶりを割ってしまった。


 とはいえ今回は、俺以外にも原因がある。

 明らかに洗うのが間に合ってないのに、どんどん店長が汚れた食器を積んでいったのだ。

 そいつが倒れて、大惨事に至ったというのが今日の流れ。

 

 俺がトロいのもあるが、一番大きいのは人手不足だろう。


 先週、バイトが一人辞めたのである。

 なので今まで四人で回していた店を、三人でこなすはめになった。

 どこかに無理が出てくるのは当然で、それが洗いものの山となって表れたのだ。

 

 店長が「遅い。変われ」と言うので皿洗いを交代して貰ったら、やっぱり間に合わなかったし。

 店員のポジションを変えても同じ問題が起きるなら、単純に人が足りない。

 これは人事を管理する側の責任だろう。


 だが素直にミスを認められないのが、店長のお人柄。

 何でも俺のせいにされ、客の見ている前で怒鳴られる。お決まりのパターンだ。


「お前何考えてんだ? なあ? 店潰す気か?」


 申し訳ありません、と黙って叱られる。

 しかし頭の中では、アンジェリカの笑顔がフルスクリーンで上映されていた。

 おかげで全然へこたれない。

 なんか隣でうるさい客が騒いでるけど、ポップコーンは美味いし主演の女の子も可愛いし、最高の気分だぜ。


 これが愛娘の力か。

 ラーメン屋の厨房で、脂ぎったオヤジに罵倒されてる真っ最中とは思えないくらい幸せだ。


 お父さん頑張るぞ。

 さっさとこんな店辞めて、俺の強みを活かせる仕事に就かないと。

 今月の給料を受け取ったらサヨナラして、ハロワ通いの始まりだ。

 それが所帯持ちの責任ってもんだ。


「絶対所帯なんか持てねーわな中元は。お前みたいなのがな、将来孤独死するんだよ。くっせえ腐乱死体になって、死んだ後も人様に迷惑かけるんだろうなぁ? 今日はもう上がれや。その面見てるとブン殴りたくなってくる」


 俺も問題だらけの店員だが、店長の発言も少々度を越しているとは思う。

 この口の悪さのせいでバイトが集まらなくて、俺なんぞを雇う羽目になった癖に。

 ブラック経営者にブラック従業員で、割れ鍋に綴じ蓋だ。


 一応、拾ってくれた恩を感じてはいるので、口答えなどしない。

 言われるがまま更衣室に下がり、制服を脱ぐ。

 時計を見れば、まだ午後二時になるかならないかといったところ。

 

 お土産を選ぶ時間が増えたと考えることにしよう。

 俺はタイムカードを押し、予定より一時間早い退勤を済ませた。


 伸びをしながら、肌寒い道を進む。

 目指すは最寄りのコンビニだ。

 アンジェリカへのお土産を用意しなければ。

 ATMで金を下ろし、服なり食べ物なりを買って帰るのだ。


 きっと喜ぶぞあいつ。

 お父さんだーい好きなんて言われちゃったりしてな。別に何もしなくても言ってくるけど。


 頬をほころばせながら、足を進める。

 そして途中である問題に気付き、足を止める。


 俺が、女の子の服を買う。

 それはつまり、下着も購入するということだ。

 も、というかこれが最優先だろう。だって衛生面に関わるし。

 アンジェリカのやつ、既に二日同じパンツ履いてるわけだし。


 でも、普通に考えて……買えるか?

 三十過ぎの俺が、女物の下着をだぞ?


 そのへんのコンビニでも売ってるらしいが、それにしたって多大な勇気を要する案件だ。

 店員さんにどう思われのやら。

 彼女や奥さんに頼まれたのかな、と解釈してくれたらとてもありがたいのだけれど。

 もしそうでなかった場合は?


『うわっ見た? あのおじさん、女性用のパンツ買ってったよ』

『サイテー。どうせ自分で履いたり被ったりするのに使うんでしょ』

『やだー変態。女装癖ってやつ? きっと元召喚勇者よ。それで今は、皿割り名人とか呼ばれてるんだわ。あー気持ち悪い』


 きついってもんじゃないな。

 若干おかしな被害妄想も混じったけど、それくらい追い込まれてるという証だ。


 どうする? 店頭で買うのが無理なら、ネット通販を使うか? 

 いや、これだと届くのは早くても明日になる。

 毛並みのいい猫みたいな娘なのだ、一刻も早く清潔な下着を渡してやりたいのが人情だろうが。


 人情、か。

 俺も中々過保護な父親やってるな、と我ながら思う。


 いいじゃないか、過保護で。

 俺は最悪の形でエルザを失って、引き換えに「父性」スキルを獲得した男。

 甘いパパをやって何が悪い。

 そうさ。今度こそちゃんとした父親になるって、誓ったじゃないか。


 早いとこコンビニで買うもの買って、そのあと服屋に寄ろう。

 気持ちを切り替えて、再び歩き出す。


 数百メートルほど進んだところで、昨日のゲームセンターが見えてきた。

 盗撮魔と間違われた末に、おかしな名前の高校生を殴るに至ったあのゲーセン。

 

 ちょうど入り口前を通りすがると、ウィーンと自動ドアの開く音がした。

 中から一人の女子高生が出てくる。

 長く黒い髪をした、垢抜けた雰囲気の横顔。

 着崩したブレザーの制服は、膝上のスカート丈だ。

 

「あ」


 昨日の失禁娘。リオって呼ばれてた女の子だ。


「……」


 俺と目が合う。なんだろう。

 恨み言を言われるのか、仲間を呼んで報復に出てくるのか。


 どちらにせよ長居してもいいことは起きそうにないので、速やかに立ち去るのがベストだろう。

 俺はリオから視線を外すと、早歩きで距離を取った。

 

 もったいない女の子だよな、しかし。


 普通にしてれば綺麗なのに。ギャルっぽくもないし。

 見た目だけなら、クラスの人気者グループに所属してる女子って感じだ。

 それがあんなライオンネームの男と付き合って、ヤンキーやってるんだもんな。

 宝の持ち腐れ、ここに極まれりだ。


 俺がズケズケと無礼な感想を繰り広げていると、背後から女の子の喘ぐ声が聞こえてきた。

 今まさに全力疾走をしてきました、な声。


「……待って……あんた、歩くの速い……」


 リオだ。

 また後ろから呼び止められたな、と俺は振り返りながら言う。


「なんだ? お礼参りか?」

「そういうんじゃ、なくて……」


 とりあえず喋るのもままならないという様子なので、呼吸が整うのを待ってやる。

 しばらくリオは息を切らしていたが、徐々に落ち着いてきた。

 やがて乱れた髪をかきあげると、ぎゅっと俺の袖を掴んだ。

 離してなるものか、という思いが指先の力みから伝わってくる。


「あんたって、一体なんなの? 絶対普通じゃない。レオってば昨日殴られた傷がどんどん治って、新しい歯も生えてきてる」


 レオ……ってのはキングレオ君のことか。

 俺が回復魔法をかけてやったのは、あの小僧一人だからな。


「そりゃ野生の力だよ。百獣の王なんだし、再生力も段違いなんじゃないかな彼」

「とぼけないで。あれやったのあんたでしょ」


 なるほど。謎の再生現象が気になって、犯人と思わしき俺に声をかけてきたと。

 変に度胸があるというか、好奇心には勝てなかったのか?


「おっさ……おじさんって、超能力者とかなんでしょ」


 答える義務はない。アンジェリカが待ってるし、早く帰らねば。 

 俺が袖を振り払って足を進めると、リオは追いすがってくる。


「待って……謝るから! 昨日のことは全部、間違いだったから! 認めます。ごめんなさい」


 公衆の面前で、がばりと頭を下げられる。角度は見事な九十度だった。

 そういうのやめないか?

 中年男と若い女の子でこういう構図になると、どうしても俺が悪役に見られるんだが。


「頭上げてくれ。俺になんの用だ? 急いでるんだけどな」


 リオは肩で息をしながら、俺の顔を見上げてくる。

 憐れみを乞うような目だ。

 こういう顔をすると、エルザによく似ている。既視感が俺の中で、じわっと広がる。

 

「レオのこと、助けて欲しい」


 エルザではない少女は、絞り出すような声で言った。

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