第9474異世界 聖女は神の力を借りて病を治しますので、神の教えに背いた病でいまさら泣きついてきても、私は知りませんから!


「ギンチヨ! 王子の病を治せない女を、聖女とは認めない」


 国王が、執務室で、声を荒げて宣言しました。


「しかし、国王陛下」


「言い訳など聞かん!」

 取り付く島もありません。


 私は銀色の髪を持つ聖女ギンチヨ、今となっては元聖女です。



 徹夜で看病しましたが、王子の病は治りませんでした。


 聖女は神の力を借りて病を治しますので、神の教えに背いた病は、治すことが出来ません。


「王子との婚約も破棄だ!」

 国王の言う事はもっともです。


 普通の令嬢であれば、婚約者が、苦しまないように見守るのでしょう。


 しかし、聖女である私は、痛みによって罪を償わなければ、天界には行けないことを知っています。


 罪を犯した者には、罪に見合った痛みを与えるのも聖女の仕事です。


 王子には、浮気という罪に見合った痛みを与えました。苦痛に耐えられないというあの表情から、もうすぐ、王子は天界に行けると思います。



 私の両脇に近衛兵が立っています。

 あれ? 連行と言うより、護衛の立ち位置です。



    ◇



 近衛兵に案内されたのは、なぜか王妃の執務室です。


 扉の向こうには、王妃が座っていました。


「ギンチヨ嬢、王子への徹夜の看病に、礼を言います」

 気高い王妃が、頭を下げるなんて、ありえない事態です。


「聖女である貴女の力でも治せないということは、王子は神の教えに背いたのですね」


 広い知識を持つ王妃は、全てを悟っているようです。


「王子様は、不貞という罪を犯したため、神の力を使うことが出来ませんでした」


 隠しても、王妃には、すぐ分かることです。


「王子様の周りの令嬢たちも、同じ病に侵されています」



「私は、子供の育て方を間違えたのですね」

 王妃は悲しそうな表情を見せました。


「そして、国王陛下と、周りの令嬢たちも、同じ病に侵されていますので、数日中に倒れると考えます」


「予想はしていましたが、辛いものですね」

 王妃の目に涙がにじんでいます。


「令嬢たちから、文官、武官たちへも広がっています」



「わかりました、隔離しましょう」

 王妃の顔に、徐々に厳格さが戻ってきています。


「これが、既に病に侵されている方々のお名前です」

 私は、一覧表を王妃に渡しました。


「これほどとは……」

 王妃は驚いています。


「国政が止まるかもしれない……」


 王妃は、対応策に考えを巡らしてます。



「ところでギンチヨ嬢、図書館の幽霊の話は知っているか」

 王妃は急に話題を変えました。


「知っております」

 夜になると、図書館には黒い幽霊が現れるという噂が立っています。


「幽霊の正体を、どう考えている」



「第二王子のクロガネ様だと……」

 私の推測を話します。



「その通りだ。クロガネを跡目争いから隔離した」

 王妃は国の秘密事項を私に話しました。


「図書館の上の階に、幽閉している」


「クロガネ様は、ご病気だと伺っています」

 公表された内容である。


「ギンチヨ嬢は、クロガネと同級生だったな」


「はい、教室では机を並べていました」

 彼は、健康であり、病の気配はありませんでした。


「クロガネ様は、王の素質があると思われます」



「そのとおりだ。だからこそ、争いの種になってしまう」


 貴族が二分され、国政が不安定になることは、容易に想像できます。


「すまないが、ギンチヨ嬢も、図書館の上の階で、幽閉させてもらう」


 王妃が、また頭を下げました。これは断ることはできません。


「承知いたしました」


 昼と夜が逆転する以外は、不便をかけないようにするとのことでした。


 メイドさんも、少人数ですが、王妃直属の方々がいるそうです。



「分からないことは、クロガネに聞きなさい」

 え? クロガネ様と、会っても良いのですか?



   ◇



 幽閉生活が始まり、すぐにクロガネ様と再会できました。


 夜の図書館です。


「クロガネ第二王子様、お久しぶりでございます」


「ギンチヨ、事情は把握している。苦労をかける」

 彼の、相手を思いやる気遣いは、学園時代と変わりありませんでした。


「こちらでは、どのような本をお読みになって……」


「ギンチヨ、ここでは二人きりだ。同級生としての会話で楽しもう」


「俺は、広い知識を吸収するようにしている」


「でしたら、ここを出たら、旅行にでも行きませんか」


「そうだな、広い世界を見てみたいな」



「今日から、二人になったのですから、ここでダンスもできますよね」


「うん、二人だと、夜なのに世界が明るくなったようだ」


「銀髪の私は、月の女神の化身と言われているのですよ」


「知ってる。でも、君の瞳の色が変わったのは知らなかった」


「この私の瞳は、太陽の下では青緑色ですが、月の下では赤紫色に変わるのです。これは秘密ですよ」



   ◇



 幽閉生活は、もうすぐ三か月になります。


「新聞で、聖女ギンチヨを探す記事が増えてきた」


 クロガネ様が教えてくれました。図書館には毎日、新聞が届いており、外の動きが、わかります。


「神の教えに背いた病で、いまさら泣きついてきても、私は知りませんから!」


 自分の都合だけを考える声は、蹴飛ばします。



「兄、そして父が逝去し、国政が揺らいでいる」

「それなのに、俺は何もできない」


 彼の無念な気持ちが伝わってきます。



「王族だけではなく、多数の令息、令嬢が亡くなりました。でも、隔離政策が成功し、病は収束したようです」


 ここまで指揮を執ってきた王妃の疲労は、相当なものと思われます。


「そろそろ、母が動くと思う」

 彼は、何かしら決意したように見えました。



   ◇



「母上!」


 夜が終わり、空に明るさが戻ってきた時、図書館に王妃がいらっしゃいました。


「クロガネ!」


 一年以上離れていたクロガネ様を、王妃が抱き締めます。




「国政は、人員が整理され、前よりもスムーズに回っています」


 落ち着いた王妃が、状況を話してくれました。

 病によって、無駄だった人員が、淘汰されたようです。


「しかし、国民に希望を与え続けるには、国王と聖女の存在が必要です」


「二人には、国王と聖女の責務を背負って欲しい」

 朝日が昇り、窓から光が差し込んできました。


 予想はしていましたが、嬉しくもあり、気が引き締まる思いでもあります。




    ◇




 図書館から出ると、私たち二人は、神殿で、ずっと祈りを捧げていたことになっていました。


 さらに、病が収まったのは、祈りのおかげだと、王妃が噂として流したようです。


 全て、王妃の手腕なのに、恐縮してしまいます。




 今日は、新国王と新聖女の誕生……

 そして、私たちの結婚を発表する日です。


 扉の外は、聖堂のバルコニーです。国民の皆さんが、私たち二人の登場を待っています。

 外から祝福の声が聞こえてきます。


「ギンチヨ王女、これから、国民の模範として、皆に希望を届けて回ろう」


「はい、クロガネ国王陛下」

 彼の横に寄り添います。


「でも、その前に、やるべきことがあります」

「分かっている」


 彼が、私のファーストキスを……




━━ fin ━━



あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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