第1612異世界 想う相手をからかった令嬢は、上手く気持ちを伝えることが出来たでしょうか?


「クロガネ君、学園内を案内するよう、教師から言われているのですが、時間はありますか?」


 銀髪を揺らして話しかける私は、ギンチヨ。

 侯爵家の令嬢ですが、学園では平等を基本とするので、爵位を口にすることはありません。



 今日、私のクラスに、留学生が来ました。


 友好国からの留学生で、教室の最後尾、私の席の隣に決まりました。


 黒髪のイケメン君ですが、残念ながら、すでに隣国の王子というハイスペック君が教室の最前列に座り、令嬢たちの関心を集めていますので、爵位の分からない彼は、とても目立たない存在です。



「お願いします」

 彼は、声もイケメンですね。


「私のことは、ギンチヨと呼んでください」


「ありがとう、ギンチヨ嬢。一年間、よろしくお願いします」


 性格は素直なようです。

 第一印象は合格です。


「そっか、卒業まで、あと一年だけですね……」


 卒業という言葉に、なんとなく、期待と不安、そして寂しさを感じます。



「一年だけですが、クロガネ君と一緒に学べて、私はうれしいです」

 私の、この一言で、彼の顔は真っ赤になりました。


 彼に、彼女はいないようで、楽しめそうです。



    ◇



「あら、雨が」


 窓の外の景色が、濡れてきました。王国の今の季節は、時々、不安定な天気になります。


「しまったな、傘を学生寮に置いてきた」


 クロガネ君は、この王国の気象には疎いようです。

 普段は完璧な彼ですが、時々ドジるところが、可愛いです。


「私は傘を持っていますので、授業が終わったら、一緒にどうですか?」

 声をかけます。


「ギンチヨ嬢と俺が、あ、相合傘……」


 彼の顔が真っ赤になりました。



 玄関ホールまで、一緒に並んで帰ります。


「雨は、やみませんね」

「そ、そうだな」


 彼は、ドキドキしているようです。


「はいどうぞ、私の傘を貸します。私は馬車で屋敷へ帰りますので、返すのはいつでも良いですよ」


 女性用の傘を、クロガネ君へ手渡します。


「あ……?」


 固まる彼に、私は微笑みます。

 裏表のない素直な彼は、可愛いです。


「男女が二人きりで、同じ馬車に乗ることは出来ませんから」

 私だけ、馬車に乗ります。


 今日も楽しい一日でした。



    ◇



「クロガネ君の国では、ジャンケンはあるのですか?」

 お昼休みに、彼に話しかけます。


「俺の国でも、グーチョキパーは、あるよ」

 彼は、負けないぞという顔になっています。


 普段はクールなのに、私と話す時は、いい笑顔を見せてくれます。


「では、一つ勝負をしましょう」

「負けた方が、休日のランチをおごること、いいですね」

 私が、煽ります。


「受けてたつ」

 彼は、勝気な性格ですね。


 腕まくりした彼の腕が、引き締まっていて、ちょっとドキッとしました。


「もし、クロガネ君が、チョキで勝ったら、キスをしてあげますよ」

 心理作戦です。


「え!」

 愕いた彼は、手を握りしめています。


「ジャンケンポン」

 素早くパーを出します。


「私の勝ちですね」

 彼は、力の入ったグーのまま固まっています。

 誠実なのですね、そこが、彼の良い所です。


「では、次の日曜日、クロガネ君からデートに誘われましたので、私が馬車で迎えに行きますね」


 彼は、顔を真っ赤にして、固まっています。

 今日も楽しい一日でした。



    ◇



 ここは王都で人気の甘味処です。


「一人ボッチでは、なかなか入れないお店なので、クロガネ君から誘ってもらい、助かりました」


「え? 誘ったのはギンチヨ嬢…」


 彼は、聞き上手なのに、ここは引けない所のようです。


「負けた騎士様が、何を言っているのですか」

 私は、目を細めて微笑みます。


「はい、姫様の言うとおりです」


 ちゃんと、令嬢を立ててくれます。



「クロガネ君、読唇術は習っていますか?」

 せっかくのデートですから、話題を変えます。


「もちろん」

 読唇術は、王族クラスだけが習う、秘技です。彼は、友好国の王族なのでしょうか?


「では、唇の動きで、言葉を当てるゲームをしましょう」


「負けた方が、次のお店をおごること、いいですね」

 すまし顔で言いましたが、心の中では笑っています。


「受けてたつ」

 彼の勝気な性格から、計画通りの答えを頂きました。


「では、私から」

「……」


「さて、なんと言ったでしょう?」


「…好き…?」

 彼は顔を真っ赤にして答えました。

 これは、私を女性として、完全に意識していますね。



「はずれです、私は“月”と言いました」

「私の銀髪は、月の女神と言われているのですよ」


 ガッカリしている彼は、可愛いです。


 これで、もう一軒、彼と一緒にお店を回れます。

 これからも、楽しい日々になりそうです。



 でも、学園の卒業とともに、クロガネ君は友好国へ帰るのですね。



    ◇



 今日は、王太子の結婚式で、王宮はたくさんの招待客であふれています。


 私も侯爵家の令嬢として、王宮に来ました。目的は、花嫁の“ブーケトス”です。


 ブーケを手にした令嬢は、次に結婚をすることができるという言い伝えがあります。


 取り合いになるので、たくさんのブーケが用意され、独身の令嬢に配られるイベントがあるのです。


 でも、時間前なのに、とても混みあっています。


「あれ? クロガネ君、どうしてここへ」


「人ごみに流されてきた、ここはどこなんだ?」

 令嬢にもみくちゃにされている彼を、とりあえず、空いた場所へ案内します。



「パパだ~」

 幼い女の子が、彼の脚にしがみ付いています。


「クロガネ君の娘さんですか?」

 彼をにらみます。


「違う、きっと迷子だよ」

 あわてて否定してきましたが、どことなく彼に似ている女の子です。


「冗談です。一緒にお父さんを探しましょ」


 女の子の髪が、くしゃくしゃになっているので、銀色の髪を梳かし、私のピンクの髪飾りを一つ外して、結んであげました。


「ママだ~」

 私を、母親と勘違いする可愛い女の子です。女の子と手をつなぎます。


 クロガネ君も、女の子と手をつなぎます。


「パパとママが、見つかった、ありがとう」

 女の子が笑っています。でも……



「「消えた?」」

 女の子の姿はなく、私とクロガネ君が手をつないでいます。


「今のは妖精さん?」


「ギンチヨのピンクの髪飾りが一つ無くなっている」

 彼が、私の小さな変化に気が付きました。


 私たち二人の周りから音が消え、つないだ手から、彼の鼓動が伝わってきます。



 すぐに、周りの騒がしい音が復活しました。



「あ~! ブーケをもらえなかった」

 イベントが終わっています。これはショックで、落ち込みます。



「大丈夫、ギンチヨは幸せになるから、俺が幸せにするから」



 クロガネ君、それはプロポーズに聞こえるのですが。


 私は、静かに微笑み、唇を動かします。


「……」



 王宮の上、夕焼け空に、お祝いの花火があがります。


 私たち二人は、手をつないだまま、中庭から空を見上げました。



    ◇



 あれから数年が経ちました。ここは友好国の王宮の中庭です。


 幼い娘を抱く黒髪の王太子、王太子妃となった私、三人で寄り添い、夕焼け空の花火を見上げました。


 娘の銀髪は、ピンクの髪飾りで結んでいます。




━━ fin ━━



あとがき

 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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