第4話 仕事はしないと御飯が食べれない

サイトゥ達は無事に目的地である、アストリア公国の北に位置する港町に到着した。

ワンワンと海猫の声が遠くに聞こえる。

天気は穏やかで、気持ちの良い良い昼下がりだ。

礒の香りがすることで、海の近くに来たことが実感できる。


馬車は町の入り口に並んで止まり、業者がいそいそと馬を荷台から外す。

解放された馬達は用意された水を旨そうに飲む。


サイトゥは馬車から降りて、背筋を伸ばす。

長時間、馬車に乗ってると、体が固まった様な気がするので、軽くストレッチを行う。

そのあとにラウムとアンナの順で馬車から降りてくる。


「随分と長閑な町だな。」


アンナが周りを見渡して素直な感想を述べる。


「まあ、お前の家は首都のど真ん中で一等地だろうから、それに比べたら、どこも田舎だろうよ。」


サイトゥはアンナの家を思い出す。ありゃ既に家ではない。城だ。


「まあ、実家は無駄にデカイからなぁ。」


アンナは懐かしそうにしゃべる。


「ん?実家?」


サイトゥは不穏なキーワードに反応する。


「もう、あの家に帰ることは無いだろうなぁ」


「ナンデ?」


アンナの遠い目をした独り言にサイトゥは悲しい目で問いかけを行う。

そこへラウムがアンナにツッコミを入れる。


「そんな御立派なお家がおありなんですから、さっさと帰ってはいかがですか?私と魔王様は共に家の無い身。二人で寄り添って生きていきます。そんな二人には、世間の風は冷たいのです。疲れた二人はお互いを求めます。嗚呼!そんな二人はもう、エッチな関係にならないわけが無いのです。いえ、なります。します。なので、もう、私たちに関わらないでく、だ、さ、い。」

「んだと、ゴラァ。サイトゥがお前みたいなチンチクリンを相手にするわきゃねーだろ。」

「誰が、チンチクリだぁ?ヤンのかぁ、ゴラァ」


アンナとラウムがデコを当ててメンチを切り出す。

やってることがチンピラだが、180センチを超える超美人と120センチ程度の美少女猫獣人ラウムのメンチ切りあいは、なんだかコントじみている。


そんな寸劇を繰り広げるサイトゥ達の横をコソコソと通り過ぎる集団がいる。

最後尾の馬車から、降りてきた者達で、怪我人がほとんどだ。

松葉杖を使っていたり、仲間に簡易なタンカにのせられている。

彼らは、この乗り合い馬車に護衛として雇われた冒険者達だ。


事の始まりは、彼らの一人が酒を飲んで、途中の野営地点でアンナに絡んできたことからだ。

騒ぎを聞きつけて、冒険者のリーダーが直ぐに止めに入って、アンナに詫びを入れたのだが、アンナの一言が良くなかった。


「護衛の任務中で酒を飲むとは冒険者とは楽な仕事なんだな。」


その一言に冒険者のリーダーが青筋をたててアンナに噛みつく。


「何だと?確かにコイツがあんたに手を出そうとしたことは謝る。後で、こいつにも強く言って聞かせる。だが、冒険者をバカにする発言は見逃せない。今の言葉を取り消せ。」


40歳ぐらいだろうか。

風格のある、ひげ面の冒険者リーダーが剣呑な雰囲気でアンナに迫る。

戦士職でレベルは20は行っているだろうか。

腰の刀もなかなかの一品の様だ。

リーダーの後ろでは、数名の冒険者が身構える。


「そうだ!あたいら、ナメてんじゃ無いわよ。乳がちょっとデカいからって、あんたがアイツに色目使ったんだろ?ああぁん?」

「そうよ、この淫売!そんな恰好して、男を誘ってんじゃないわよ!」


その中には、女冒険者の姿もある。

シーフ職と思われる女や魔術師の娘だ。


サイトゥも冒険者の端くれなので、冒険者達の主張も理解できる。

いつも危険と隣り合わせであり、冒険者パーティー間でもいさかいが絶えない。

色々なトラブルにも遭うことも多い。

ナメられたらやっていけない職業なのだ。


だが、相手が悪かった。

冒険者もこんなところにバケモンが居るとは思っていなかったようだ。

物腰から、ただ者では無いとは思っていたのだろうが、この人数なので、サイトゥが参戦しても大したことは無いと踏んだのだろう。


甘い、甘過ぎる。


彼らは、冒険者として、もっとも大事な危機察知能力が乏しかった。


「ふん、いいだろう。そもそも、私は連帯責任を是とする者だ。よし、かかってこい。やってやる。私に対する無礼の数々。許しがたい。制裁してやる。あと、私は女にも容赦しないぞ。」


ゆらりと立ち上がるアンナ。


その雰囲気に冒険者の何人かが本能で、ケンカを売る相手を間違えた事に気がつき、顔が青くなる。


オボゲッ!


戦いのゴングはアンナの平手打ちで宙を舞うリーダーの悲鳴だった。



その後、冒険者全員を半殺しにしたアンナのせいで、サイトゥ達が以後のキャラバンを護衛するはめになった。

しかも、無償である。


散々ボコられた彼らは、檻の無い野獣の前を通過するごとくサイトゥ達の隣をコソコソ移動する。


「殺さないで、殺さないで、えっぐ・・・えっぐ・・・殺さないで。えっぐ・・・」


シーフ職の女がベソをかきながら、呪文のように口走っている。


その態度にムカついたのか、アンナが吠える。


「ンッダ、ゴラァ。見せもんじゃねーぞ!」


冒険者達を容赦なく威嚇するアンナ。

間違いなくチンピラである。


「ヒッ!」


冒険者は皆怯えた目で足早に立ち去る。

数名が急いだせいで足がもつれて転倒する。

しまいには転倒した、魔術師の娘が泣きながら座り込み、漏らしている。

地獄絵図である。


#####


サイトゥ達が着いた港町は交易もそこそこ有るようで、小さな都市ぐらいの規模がある。

気候も穏やかで、海の香りがする賑やかな町だ。

人が多い町は隠れやすい。サイトゥのような追われる者には都合が良い。


さて、昼飯でもと思ったところで、サイトゥは重大な事を思い出した。


「金が無いな。」


思わずサイトゥから悲痛な声が漏れる。


ここに来る乗り合い馬車の運賃で、サイトゥは、ほぼ手持ちを使いきってしまった。

ラウムは当然だが文無しで、アンナは手ぶらで、サイトゥについてきている。

サイトゥの手持ちはゼロでは無いが、すぐに今後の食事も困るのは明白だ。


サイトゥのため息混じりの呟きを聞き付けたラウムが声をひそめ、アンナに目線を送りながら物騒な提案を始める。


「では、あの女の体を餌に、裕福そうなスケベ親父を釣って、行為に及ぼうとしたら、金を巻き上げますか?」


サイトゥはジト目でラウムを睨む。


「お前、どうして俺を犯罪者にしようとするの?」


その目に何か性的な興奮を覚えたのか、ラウムは潤んだ目になり、謝罪を始める。


「失礼しました。魔王様ともあろう方に美人局の真似事とは、申し訳ございません。手っ取り早く、この町一番の金持ちの家に押し入りましょう。使用人ともども、凄惨に殺してやりましょう。うひっ。」


傍目には可愛らしい猫型獣人少女のラムウがいたずらっぽい顔で物騒なことを口走る。

提案はより非道になっている。


「バカ野郎。もっと酷い事になってんじゃないか。何?お前。俺を広場の真ん中に吊るしたいの?」


そのサイトゥの抗議を聞いたラウムがおふぅと、甘い吐息を吐いて答える。


「なるほど、そうですね。吊るされた魔王様の亡骸を死姦するのも愉しそうです。フフフフ。」


そう言って、ラウムは上気した眼差しでサイトゥを見上げる。

その潤んだ瞳に本気度を感じたサイトゥは、震える。

こいつマジだと。


「ここで滅してやるぞ。変態め。」


アンナがドスの効いた声で後からラウムに物騒な気配を出す。

それに呼応するかの様に、ラウムからも変なオーラが。


目立ちたくないのに!


目立ちたくないのに!


サイトゥは心で叫ぶ。大事な事なので、二度叫ぶ。


「お前ら、止めてください。お願いします。」


直立し垂直に頭を下げるサイトゥ。

何でこうなってんの?と自問自答の日々である。


#####


「なんだ、路銀が心配なのか?」


町中を歩きながら、アンナが少し前かがみになって、サイトゥに視線を合わせて聞く。


「ああ、もうほとんど手持ちが無いんだよ。」


サイトゥは手のひらをブラブラさせてアンナに答える。


「そうか。なら、今は持ち合わせが無いが、ギルドに行って、私の預けている金を引き出そう。サイトゥにひもじい思いはさせない程度には持っているぞ。」


「いや、申し出は有り難いが、やっぱり、仕事を探そうと思う。」


コイツに金を借りると後が怖いと、サイトゥの危機管理能力が絶賛反応中である。

サイトゥの気持ちを知ってか知らずか、アンナは優しい笑顔をサイトゥに向ける。


「夫として妻から金を貰うことに抵抗があるのだろうが、気にするな。お前、一人ぐらい養ってやるぞ。小遣いもあげるし。でも、無駄遣いは"めっ"だぞ。」


サイトゥはアンナの笑顔を見ながら、思うのだ。


いや、それ、ヒモじゃんかよ。

いや、ヒモが嫌なんじゃないんだ。

お前のヒモになるのが嫌なんだ。

何が"めっ"だ。


断固断るサイトゥに、どの道、自分は金を引き出すからとアンナが言うので、サイトゥ達は冒険者ギルドに向かう。

まあ、サイトゥも仕事を探すつもりだったので、ギルドに行く事には、異論は無かった。


冒険者ギルドは町の中心地にあり、たいして迷わずに探すことができた。

木造二階建てで、海風に曝されているからか、木の風合いが古くなった良い味が出ている。

押戸を開けて入ると、右側に3つの窓口、左側はロビーになっている。

ロビーには大きな掲示板があり、依頼の張り紙が所狭しと貼られている。

張り紙前に何名かの冒険者が熱心に見ている。


窓口に金の引き出しに向かったアンナを見送り、サイトゥとラウムは求人が書かれた掲示板を眺める。


「ふーむ」

サイトゥは張り紙を眺めて唸る。


さすがは港町で、海に関係する案件が目立つ。

討伐のクエスト報酬は魔物のレベルに応じて額が変わるが、比較的、陸の魔物よりは高めの報酬金額だ。

海の場合、フィールド自体が魔物に有利だからだ。

海に引きずり込まれたら、大体が、それでジ・エンドだ。


「うーん、水は苦手だな。ラウムはどうだ?」


サイトゥは顎に手をあてて、掲示板に貼られた求人票を見ながらラウムに尋ねる。


「私は火属性なので、魔王様と同じで、得意ではありませんね。」

「そうだよな。何か他に無いもんかなぁ。あと、人前で魔王って呼ぶな。」


サイトゥの抗議をラウムはスルーしつつ、一枚の依頼書を指差す。


「これなんて、いかがでしょうか?他の求人と比較しても、成功報酬も高めでは?」

「どれどれ?・・・・」


そう言ってラウムが指差す求人票をサイトゥは覗きこむ。

読み始めると、アンナが大声で怒鳴る声がギルド中に響く。


「なんだと!金が引き出せないだと!私の金だぞ!」


サイトゥとラウムが、ひょいと声の方向を見てみると、アンナの剣幕にビビりながら、ギルドの受付嬢が健気に対応しているところだ。


「申し訳ありません。魔力電文で確認しましたが、お客様の口座はスタンレー公国の特別保全口座になっておりまして、銀行の本店のみで引き出し出来る様になっております。」


「ぐぬぬぬ・・・」


オーガすら素手で撲殺する女を前に一歩も引かない受付嬢をアンナは睨みながら歯噛みをする。

だが、どうにもならない事を悟ったようで、足下を見つめて諦める。


「そうか、わかった。大声を出してすまなかった。」


「大変、申し訳ありません。」


ほっとした表情で頭を下げる受付嬢とは反対にガックリうな垂れたアンナがトボトボとサイトゥ達の所に帰ってくる。


「ゲス親父とクソ兄貴が手を回したらしい。私の口座から、金が引き出せない。大きな事を言っていたのに、申し訳ない。」


元気なく顔を赤くして頭を下げるアンナ。

さっき自信満々で語っていたので、より恥ずかしいのだろう。


「いや、お前が謝ることは無いだろう。気にするな。元から金は仕事で稼ぐつもりだったしな。」


「サイトゥ・・・優しい・・」


涙目でサイトゥを見るアンナの隣から、辛辣なラウムの声がかかる。


「チッ、使えない女ですね。」


その言葉にアンナのこめかみに青筋が浮かぶ。


「何だと、貴様は金を持っているのか?このヒモ魔族めっ」


ギャーギャー言い始めた二人を放置しながら、サイトゥはアンナのゲス親父とクソ兄貴の手回しの早さに感心する。


アンナの親父は武闘派で有名なスタンレー公国の泣く子も黙る陸軍師団長だ。

古強者で、先の魔王との戦争でも多国籍軍を率いて最前線で戦っていた。

「雷帝」の二つ名が付き、魔族からも一目おかれる存在だ。

アンナの持つ雷属性も父親から受け継いだのだろう。


兄貴の方はこれもスタンレー公国の騎馬騎士団を預かる団長で、甘いマスクでご婦人方の人気も高いと評判だ。

「閃光の槍」の二つ名を持ち、こいつも先の戦争で敵の将軍クラスの首を取るなど、勲章をいくつか貰ったはずだ。

そして、この二人に共通するのは異常とも言える程、アンナに執着している事だ。

父親の方が娘を溺愛するのは、まあ、分からないでも無いが、兄貴の方は恐らく異性として妹を見ている。

正直、傍目から見ると気持ち悪い。

アンナもそれを肌で感じているのか、実の兄とは思えない酷い扱いをしている。

魔王討伐に赴く時に、執拗にパーティーを抜けるように懇願する兄貴をアンナがサイトゥ達の前で兄貴のマウントとって殴り付ける姿は、なかなかシュールな光景だった。


早々に口座を凍結したって事は、アンナが騎士団を辞めたと言った事が伝わったに違いない。

あのキチピーな親子がサイトゥなんかとアンナが一緒に居ることを知ったら、何してくるか判らない。

サイトぅは恐ろしさに震える。


サイトゥは、しばし、今後起こり得る厄介事を思案する。

だが、愚痴ってても、金は生まれないので、サイトゥは人探しの依頼を受けることにした。

前金も出る契約なのが有難い。


早速、窓口にサイトゥのギルド証をみせて依頼を受けたいことを伝える。

すると、直ぐに話をする事になり、応接間に案内される事になる。

どうも嫌な感じだ。


#####


小一時間待たされて、サイトゥ達の待つ応接間に二人の男が現れる。一人は身なりの良い小太りな男。

今回の依頼者だ。

この街でも指折りの商人らしく、良い仕立ての服だ。

後ろには、小柄で貧相な年老いた執事服の男が立つ。


「マー君が行方不明なのです。」


商人は苦痛な表情をサイトゥに向ける。


「マー君?」


サイトゥは首をかしげる。


「あ、すいません。息子の事です。」

「はあ。そうですか。それはお気の毒に。ご心配でしょう。それで、息子さんの行き先に何か心当たりはありますか?また、息子さんのお友達の所は探しましたか?」

「はい。心当たりは。友人達にも聞きました。人を使って探させましたが、まったく手がかりが掴めません。マー君は気弱で優しい子でして。特に役所での仕事でも問題もなく、家出は考えられません。」


商人は、憔悴した様子で項垂れる。

サイトゥは薄くなった商人の頭を見ながら考える。


まあ、親なんて子供の事は半分もわかっていないモノだ。

息子の歳も18歳になるらしい。

成人な訳だし、女でも出来て、ソコにしけこんでいるか、冒険者の真似事でもして、その辺で野垂れ死んだのだろう。


そう考えたサイトゥは、疑問を商人に聞く。


「こう言っては、大変失礼なんですが、息子さんが、行方不明になられて、3ヶ月ほどと聞きます。何故、ご無事だと?」


「はい、おっしゃる事は分かります。実は息子から、週に一度は手紙が届いております。筆跡と書かれている内容から息子に間違いありません。元気にしているからと、心配しないでくれと、いつも書いています。ただ、何処に居るかは書いておりません。私としては、心配で、心配で。」


「なるほど・・・」


もう、成人しているし、生きているのが分かっていれば、ほっとけば良さそうだが、親とは、そうも行かないのだろう。

親と言われる存在が居ないサイトゥにはちょっと理解できないが。


「ですが、手紙が来るのであれば、物品の流れを追える魔術師に依頼すれば良いのではありませんか?」


隣で話を聞いていたラウムがサイトゥも思っていた疑問を口にする。


「それは試してみました。お嬢さん。なのですが・・・」


商人が言い淀む。


「まあ、この際ですから、その辺りは包み隠さず。この、ご依頼の報酬がそれなりですので、荒事であるのは理解していますので。」


そう言って、サイトゥは話を促す。

やっぱり、話がキナ臭くなってきたようだ。


「はい。実は二週間前に別の冒険者の皆様にお願いしておりまして。そのパーティーの中に遺失物を追える魔導師の方がいらっしゃり・・・ただ、その後に連絡が取れなくなっておりまして・・・」


汗を拭きながら商人が答える。


なるほど。高い報酬の理由がこれか。サイトゥは納得する。

ギルドから斡旋された冒険者パーティが一度、依頼を受けて全滅とは穏やかではない。

単純な人探しでは無いという事だ。


どうやら、先発の冒険者パーティは、そこそこ高レベルな連中だった様だ。

なので、ここのギルドで仕事をするのが長い連中は、このクエストを受けたがらないのだろう。

サイトゥは少々思案する。

だが、取り急ぎ金が必要だ。


「状況、理解しました。お引き受けしましょう。」


サイトゥは、営業スマイルで商人に手を差し出した。


「とりあえず、息子さんの特徴等を教えて頂けますか?あと、行方がわからなく前に、よく行っていた場所なんかも、お聞かせください。」


クエストの契約を行った後に、いくつか情報を得る為にたづねる。

依頼者は顎で執事に命令する。


「おい。」


「はい、旦那様。こちらをどうぞ。」


後ろに控える執事が、サイトゥ達の前に一枚の折り畳まれた紙を取り出す。

サイトゥがおもむろに紙を開くと、淡い光と共に一人の男を写し出す。

この紙は姿取の魔道具で、人の姿を記録できるものだ。

安いものでは無いので、依頼人の経済力が伺える。


そこに写し出された画像は、上半身裸で、パンツ1枚の男だった。

筋肉隆々で、それを誇示すべくポーズを取っている。

筋肉の隆起が男の自信を表している様ですごい笑顔だ。


「何ですか?これは?」


サイトゥは役所勤めのヒョロいイメージと違うマー君に面食らいながら思わず、口走る。


「息子です。体を鍛えるのが趣味でして。」


息子に似た顔の依頼者が照れた笑顔をした。


#####


サイトゥ達は早速ビーチへ向かう。

マー君が良く通っていたという場所へ行って、手掛かりを探る為だ。

案の定、魔法が使えるセクハラ悪魔幼女と脳筋バカは、捜し物が出来るような魔法は使えなかった。

役立たずめ。

サイトゥは自分のことは棚に上げて毒ずく。

勝手な人間である。

そういう事で仕方ないので、オーソドックスに足を使ってマー君を捜さざるを得なかったのだ。


小一時間も歩いてビーチに到着する。


ビーチの一角には広い広場が用意されており、そこに鉄棒、腹筋台などのトレーニング器具が仕付けられている。

陽気な天気の下で、男共に混じって少数だが女も筋肉トレーニング中だ。

皆、真剣に取り組んでいる。


この御時世、体力や筋力は生きていくのに大事な部分だ。

通常は体を使う仕事であれば、自然に体は出来上がるが、荒事を行うのであれば、より力が必要になる。

高い負荷をかけてトレーニングをして、回復魔法を使い、またトレーニングを行う。

これを繰り返して、体を大きくして魔物と戦う体を作る。

魔法も魔物に対して有効な手段だが、これも魔物に対抗出来るようなレベルに持っていくには大変な努力が必要で、そっちのほうが産まれついた向き不向きがはっきり出る。

体を鍛える方が、まだ努力の結果が出ると言える。

だが、努力に努力を重ねて得られる力も精々ボブゴブリン程度だ。

次に、必要になるのは剣技などの技術、鎧などの武具。

それでも魔物と戦うのは人間にとって分が悪い。


そんな血を吐くような努力をしても世の中は公平では無い。

そんな努力では到達できない才能を持つ者が別に居るからだ。

それは往々にして血筋で現れる。


アンナが良い例だ。

アンナは生まれながらにして特別だ。

雷帝の次女として生まれたアンナは、幼少よりその才能が現れたそうだ。


アンナが幼児園に通っている頃、城内のロリコンの変態親衛隊兵士がアンナを雷帝の娘と知らずに暗がりに連れ込んでイタズラしようとしたらしい。

アンナはそいつを素手で即座に半殺しにしたそうだ。

それでも怒りは収まらず、そいつを引きずって、その足で親衛隊詰め所に乱入。


監督不行届は連座制で制裁だと、並み居る歴戦の親衛隊相手に大立ち回りをして、詰め所に居た兵士の数十人を全員四肢の骨を折って半殺しにしたという事だ。

そもそもの原因となったロリコン野郎は、当然、怒り狂ったアンナの親父と兄貴によって、頼むから殺してくれと言わせたとか、なんとか。

怖い。


さて、ビーチではラウムとアンナはマッチョな連中には興味がなさそうだ。手持ち無沙汰な感じで、ブラブラしている。

サイトゥは、古株そうなヒゲマッチョに話しかける。


「よお、兄弟。ちょっと、人探してるんだけど、コイツ知ってるか?コイツの親父に探して欲しいって頼まれてるんだ。」


そう言って、サイトゥは預かったマー君の似顔絵をヒゲマッチョに見せる。

こういう時は、素直に探してる理由を言ったほうがいい。

変に隠すと、警戒される。


「んー、あんた冒険者かい?お、この見事な上腕二頭筋は、マルコの奴じゃねーか。」


そう言ってヒゲマッチョは自分の割れた顎を撫でる。

顔じゃなくて、筋肉で見分けるとは、なかなかの眼力。

特殊な能力をお持ちの方の様だ。


「そういやぁ、最近見ねえなぁ。どうだ、お前知っているか?」

そう言って、ヒゲマッチョは隣でダンベルカール中の獣人に話を振る。


「何?マルコ?ああ、そおねぇ。最近、来てないんじゃない?マルコちゃんなら、彼氏のピックに聞いた方が良いんじゃないかしら。」

灰色の毛なみをした隻眼の狼獣人がダンベルを持ち上げるのを一旦止めて、こちらに来る。周りから見ても一際、体が大きい獣人で、筋肉の隆起も周りと比べて目立つ。

獣人はフィジカルでは、人間種よりも有利だ。


「ピックって人、どこに行ったら会えるかなぁ。」


サイトゥは獣人マッチョに尋ねる。


「うーん、そぉねぇ。」


そういいながら、隻眼の目でサイトゥをチラチラ見る。

魚心に水心。

サイトゥは、ポケットから銀貨を取り出すと、ヒゲマッチョと灰色狼マッチョに投げる。


「これで、良いプロティンでも飲んでよ。」


「おっと、悪いねぇ。にーちゃん。そういやぁ、ピックのヤローは東の森に住んでんじゃ無かったか?」


「そうそう。ピックってば、ハーフエルフだから森に住んでるって言ったわねぇ。でも、あの子、いつも取っ替え引っ換え彼氏変えて、評判悪いのよね。イケメンだけど、私のタイプじゃ無いし。ちょっと、あの子、キライ。でも、腹筋は見事だわね。」


エルフのマッチョとか、誰得属性なのだ?

サイトゥは心でツッコむことは忘れない。


「だけど、にーちゃん。探しに行くなら、気を付けろ。東の森は“迷い森”って言って、入っても出れなくなる事があるって話だ。」


「うん?ピックてのは、そんな森に・・って大丈夫か。そうか、エルフだと、森の精霊の加護か。」


「そうねぇ、多分そうじゃないかしら。」


「ふーん、有難う。助かった。トレーニングの邪魔して悪かったな。」


サイトゥは二人に礼を言って、東の森について、しばし考える。

どうやら、そこに答えがあるらしい。

だが、報酬とリスクが折り合うのか気になる。


色々考えていると、向こうが何やら騒がしい。

サイトゥは、やな予感がする。


「ムリムリ。お嬢さん。それって、ココでも補助無しで行けるやつ居ないって。」


「そうなのか?」


そう言いながら、アンナが手持ち無沙汰に、ベンチプレス台のバーベルを触っている。


「うーん、こうやって、持ち上げればいいのか?」


アンナが、ひょいと長いバーベルの端を持って持ち上げる。周りのトレーニングをしていた連中が、それを見てざわめく。


「え、なんで上がんの?」


「あ、あぶねぇ!こっち向けんな!」


「いや、バーベルの端持って持ち上げてんぞ。なんて、リストだ・・」


「魔法なのか?」


「いや、魔力は感じない。ガチだ・・・」


「ガチだと・・・」


「ゴクリ・・・」


「バケモノ・・・・」


その隣では、ラウムが小さいダンベルを持ち上げようとする。

が、上がらない・・・フリをしている。

そして、可愛らしい声で、嘆く。


「うーん、うーん。ああぁ、こんなの無理でスゥ。絶対、女の子には無理でスゥ。こんなの持ち上げられる女は、絶対、変でスゥ。むしろ変態でスゥ。」


「何だと、コラ」


アンナが、持ち上げたダンベルをラウムに片手で、ブンっと投げつける。

ラウムはソレを左手の甲で叩き落とす。

ドカンと音を立ててダンベルが床にめり込む。


「え、なに?何なの?」


「なんだと・・片手で・・・・」


「此れこそ、魔法だろ?」


「いや、これも魔力じゃねぇ。ガチだ・・・」


「これも、ガチだと・・・」


「おかーさーん。」


「バケモノが、二人も・・・」


・・・・


「うおりやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあひやぁぁぁぁ!」


サイトゥは大声で奇声を上げると、姿勢を低くし最速で加速!

身体が突然のダッシュで悲鳴を上げるが、構わない。

瞬時に、ラウムとアンナの睨み合う現場に到達する。

今度は、サイトゥが奇声を上げた場所で周りが騒ぎ出す。


「な、何だ!」


「今のは、ゲゲゲボ鳥を締めた時の奇声だ!」


「どこだ、ゲゲゲボ鳥は!奴は、死に際にデスを唱えるぞ!」


「マジかっ!」


何だ、ゲゲゲボ鳥って?

サイトゥは後ろでマッチョ共が騒ぐのが耳にはいる。


まあ、好都合だ。

サイトゥは素早く大騒ぎになっているマッチョどもをすり抜け、ラウムとアンナを両脇にかかえこむ。

直ぐに、そこから大きく跳躍。人混みから離れて着地すると、二人を抱えたまま、海の方へ疾る。


ラウムはまだしも、180センチを超えるアンナを170センチちょっとのサイトゥが軽々と抱える。

見た目に合わず、サイトゥの筋力は凄いのだ。


両脇から抗議の声が上がる。


「いや、サイトゥ。違う違う。抱っこはこうじゃない。」

「魔王様。そうでは無くてですね、こう、正面に抱えて挿・・・」


二人の抗議の声にサイトゥのイライラは限界だ。


「お前ら、ざけんな!どっせーーーい!」


人気のない岩場まで二人を抱え逃げてきたサイトゥは、ラウム、アンナの順で海に放り投げる。


「ほーら、海の魔物よ。ご飯だよー」


そう、サイトゥは海に呼びかける。

ドボン、ドボンと海に落ちた二人は、海に沈む。

ザザーン、ザザーンと波が打ち寄せる岩場でサイトゥは二人とも浮かんでこなきゃ良いなぁと思いつつ、半時ほど海を見つめる。


果たして、二人は帰ってきた。


「ははは、サイトゥ、違うぞ。海で恋人同士やる事って、追いかけっこだぞー」


そう言いながら、海から出てきたアンナは、右手に何やら首らしきものを持っている。


「おっと、これは要らないな。」


そう言いながら、無造作に海になげこむ。

なんか、王冠かぶった魚人っぽかったが、きっと岩かなんかに違いない。

サイトゥは自分に言い聞かせる。


「ひろいでひょよ。まほうさまー」


そう言いながら、後ろからラウムも海から上がってくる。

何やらモグモグしている。

ラウムの口の端っこから何やら見たことない触手がチロリと一瞬出たが、すぐにバリバリと咀嚼して呑み込んだラウムに、サイトゥは、それは何だとは怖くて聞けなかった。


ごめんね。海よ。俺が悪かった。


サイトゥは謝罪を行うのだった。


#####


塩水で身体がベタベタすると文句を言う二人に小銭を渡して公衆浴場に行かせ、サイトゥは商店に冒険グッズを買いに行く。

一応、森の中で野営する機会が有るかもしれないので、最低限の道具を購入する為だ。


道具と言っても荷物が増えることを嫌うサイトゥはタープと毛布。保存食ぐらいだ。


その後、サイトゥは公衆浴場前でアンナとラウムと合流して、東の森に向かった。

流石にサイトゥのマジギレ注意で公衆浴場では何も無かった様だ。

なんだ、二人とも出来るじゃないかとホッコリするサイトゥは色々ハードルがおかしくなっている事に気が付かないでいた。


森は街から出て、街道沿いに少し行った場所にあった。

鬱蒼とした森で、”帰らずの森“とはよく言ったものだ。

サイトゥ達は、獣道を見つけて森に入る。


実際のところ、サイトゥはこういった森では迷ったりしない。

斥候として訓練をうけているサイトゥはこの手のフィールドはまさに得意とする場所だ。


まずは、ピックとやらの痕跡をだどる。

話を信じればピックはエルフ種だ。

森の精霊に祝福された種族だから、森の恩恵を受けられるので、迷ったりはしないはずだ。なので、ここで生活しているのであれば巧妙に偽装していても、痕跡を探せばいい。

人が歩いた跡は数日経っても分かるものだ。

サイトゥはその痕跡を辿る。

その後をラウム達が続く。


少し進んだところで、霧が出てきた。かなり濃い。


「ふうん。これはこれは。」


アンナが何かを感じだようで鼻で笑う


「魔王様、この霧には魔力が混じっています。」


同じように気が付いたラウムがサイトゥに話しかける。


「ああ、俺は魔力はわからんが、この不自然さは結界の類だな。」


アンナが鼻をスンスンしながら見渡して一言。


「ショボイな。」


お前は犬か?心でサイトゥは突っ込みつつ、空気の流れに不自然さを感じる。


「ウーン、ショボイって言うより、結界が切れかかってるみたいだな。コレだと、かえって隠したいモンがバレるぞ。」


サイトゥは魔力を持たないせいで、魔力をアンナやラウムの様に感じ取ることが出来ない。だが、気配、空気といったもので、それとなく分かるのだ。


「さすが、魔王様。魔力を感じられなくてもこの正確な推察。カッコいいです。あ、向こう側の方角から流れてきます。罠でしょうか?」


やっぱり、キナ臭い案件だったな。まあ、行ってみるさ。サイトゥはそう考える。

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