第3話 部屋で騒がないで
ドガン!
朝早く、サイトゥ達の泊まっている部屋のドアが蹴破られる。
蝶番の木ネジが吹き飛び、サイトゥとラウムに目がけ跳んでくるが、二人は最低の動作で難なく避ける。
「オマエ、昔から焦ると、ドアを蹴破るクセがあるぞ。何かの病気かもしれん。医者に行け。あと、修理代を出せ。」
蹴破られたドアを悲しそうに見るサイトゥがアンナに抗議する。
まあ、フロントで騒ぎが有ったのが聞こえていたし、サイトゥには想定の範囲であった。
事前にサイトゥはラウムにアンナの生態を説明していた。
蹴破られた事をきっかけにラウムとアンナが戦闘に入られても困るからだ。
アンナはゼイゼイと息を切らしている。
アンナは異常な心肺能力を有しており、こうやって息を切らすことは珍しい。
恐らくは数十キロ先から全力で駆けてきたのだろう。
馬に乗ってくればいいのだが、馬に乗って帰って来るより、自分で走ってきたほうが早いと判断したのだろう。
バカである。
「サイトゥ!サイトゥ!宝玉がっ!宝玉が無くなったぁぁぁ!」
入り口で真っ赤な顔で仁王立ちして叫ぶアンナは、今日は簡易な皮鎧で、腰にロングソードを帯びている。
この軽装なら、恐らく人類で最も早く遠くまで走れるだろう。
「宝玉なら、ソコに在るぞ。今度は、無くさないように、ちゃんと持って帰れよ。」
サイトゥはそう言って、テーブルの上に鎮座する宝玉を顎で示す。
それを見たアンナが驚き、目を剥く。
「あれ?本当?何でだ?サイトゥ・・お前まさか・・・・」
アンナが厳しい目でサイトゥを睨む。
「違うよ。宝玉がそうだな・・・帰って来たんだ。」
遠い目をしたサイトゥが答える。
「はぁ?そんな事あるかっ!」
サイトゥに掴みかからんばかりの勢いで、怒鳴るアンナ。
朝から、声がでかい。
正直、近所迷惑である。
オークの腕を握り潰す握力がサイトゥを襲う。
それに対し、サイトゥは両手を上げて、降参の意思表示を行いながら、説明を始める。
「誓って、俺がお前らから取って来たんじゃない。取り返したなら、今も俺達が此処に居るわけ無いだろう。」
そう言って片手を顔の横にかざし、サイトゥは宣誓のしぐさをとる。
と言っても魔力も無ければ、神の加護もない彼には信じる神など居ない。
「じゃあ、そこの魔物かっ!」
矛先がラウムに向く。
「私でもありませんよ。よしんば私だったとしても、簡単に奪われるようじゃ、騎士様たちも、とんだポンコツですね。」
ラウムが答える。
獣人姿で涼しい顔をして、薄い茶色のショートボブの髪を櫛で梳かしている。
ぴょこんと付いた二つの耳を上手く避けて櫛を髪に通す。
時々、耳がピクピク動くのが可愛い。
だが、中身は人間をその辺の雑草に付くヒシバッタより低く見る悪魔幼女である。
「くっ、お前ら、覚えてろよっ!」
アンナは、小者臭がするセリフを吐いて、机の上の宝玉をひっ捕まえると、大股で部屋から出ていく。
#####
穏やかな昼下がり。
サイトゥは部屋でテーブルに道具を広げて、手入れしている。
道具の手入れはサイトゥのような職業ではとても大事な事だ。
それをラウムは興味深そうに見ている。
「こんなの見て、面白いのか?あと、近い。離れろ。亅
サイトゥが、うざそうにラウムに注意する。
「そうですか?でも、魔王様の手の動きがとてもステキです。私のアソコも手入れしてほしいです。っ!」
サイトゥがダガーの一つをいつの間にかラウムの喉に当てている。
ラウムはまったく自分で気がつかなかった事に驚く。
「刃物は危ないぞ。ふざけるな。」
サイトゥはちょっと脅すつもりでやったが、ラウムには逆効果だったようだ。
サイトゥは知らない。
密かにラウムのお股が濡れてしまった事を。
そんなうちに、近くの教会からの鐘の音が鳴る。
サイトゥは時刻が正午だと気がつく。
そのうち、またアンナが来るはずだ。
サイトゥ達は、おちおち昼飯にも行けない。
腹が減ったから、ラウムに何か下で買ってきてもらおうかとサイトゥが思っていると、廊下を大股で歩く音が聞こえる。
そして、応急修理をしたドアが、またも蹴破られる。
今度は蝶番が二人に飛んでくる。
これも、二人は難なく避ける。
「おい、ドアの開けかたも知らんのか?」
サイトゥはイライラしながら、アンナに注意する。
だが、怒りで震えるアンナには聞こえない模様。
「こらっ!サイトゥ!宝玉をどうしたっ!」
「そこにあるだろ?早く持ってけ。これから昼飯に出たいんだ。」
「くっ・・」
サイトゥ達を射殺する様な目で睨み付けたアンナは、朝と同じようにテーブルに転がる宝玉をひっ捕まえて出ていく。
途中でドカンと、大きな音がして悪態をつく声が聞こえる。
どうやら廊下で転んだらしい。
つくづく哀れな奴だと、サイトゥはちょっとアンナに同情する。
「今のうちに、昼飯食ってくる。」
ラウムに告げてサイトゥは部屋を出る。
「ご一緒しますね。」
そう言って、ラウムも一緒に付いてくる。
「そうか。あれ?」
サイトゥは、よく考えたら、ラムウには飲食が不要だったことを思い出す。
「金の無駄だ。食べんで良いなら部屋で待ってろ。」
「えー、私は魔王様と楽しく食事がしたいですぅ。それに、魔王様が居ない時にあの、乳女と私の二人になっても良いんですか?」
「チッ」
面倒を起こされても困るので、サイトゥは同行の許可をだす。
下で昼飯を食べて、二人は部屋に戻る。
そこには、テーブルの上の宝玉を見ながら、アンナが頭を抱えてベッドに座っていた。
それを見て、サイトゥは察する。
自分もこの宝玉から逃れるべく足掻いた経験があるからだ。
サイトゥは気の毒そうにアンナに声をかける。
「来てたか。もう、持っていかなくて良いのか?」
「あぁ。帰ってきたか。」
力無く、アンナが顔をあげる。
「何故だ?どうやっても、宝玉が私達の前から消えて此処に戻っている。もしかしたら、私は幻術か何かにかかっているのでは無いのか?」
「まあ、初めはそう思うよな。言っただろう。コイツが勝手に帰ってくるって。」
「だが、何故だ。何故、宝玉がお前の元に帰ってくるのだ?」
憔悴した表情ですがるような目でアンナはサイトゥに聞いてくる。
そのアンナに小バカにしたような言い方でラウムが答える。
「分かりませんか?乳に脳みその栄養取られて、仕方ないのかも知れませんが。」
イラッとしたアンナがそれに応じる。
「そうだな。ちょっと、胸に栄養がいったのだろう。では、申し訳ない。胸に全く栄養が行かず、男に女扱いされない、頭に全部栄養が行った魔物よ。教えてくれ。」
「ギリっ」
ラウムの方から異音が聞こえる。
「二人とも止めろよ。ここで騒ぐのは。」
サイトゥが不穏な空気を察して、二人を止める。
アンナもラウムも煽り耐性が無さすぎである。
「はぁぁぁぁー、しょうがないですね。では教えてあげます。まず、この貴方たちが魔の宝玉と呼ぶコレを理解しなくてはなりません。これが、どういうものかご存じですか?」
ラムウが偉そうにアンナに質問する。
アンナは憮然とした表情で答える。
「知ってるぞ。これは、魔王を倒すと得られる宝玉だ。これは、この玉を持っているだけで大量の魔力を無尽蔵に得ることができる、人間の宝と言える世界唯一のマジックアイテムだ。」
フフン、鼻をならしてラウムは正解を語る。
「そこからして、間違いです。これは、持ち主より形成される、外部器官です。まあ、体の一部みたいなモノです。これが、空間に存在する無尽蔵の魔力を集め主に供給します。なので、これはそもそも、誰にでも魔力を供給するような代物ではありません。」
「何だと?どういう意味だ?」
「もっと、分かりやすく言えば、スキルのひとつです。外部から魔力を補給し続ける事が出来るので魔力が枯渇せず、魔法を使用し続ける事が可能です。ズルいでしょう?」
笑いながら説明するラウム。
確かに、そうだ。
魔力が無制限に供給されるなど、不老不死以上に卑怯な能力と言える。
「で、そのスキル保持者が生成する宝玉をいくら隔離しようが、スキル保持者がまた、自ら生成するので、持ち出すことに意味はないです。」
だが、アンナには最大の疑問があった。
「それが、何故、ここに宝玉が有ることに繋がる?」
「もう、鈍いですね。このスキル自体は引き継がれるのです。そして、このスキルはスキルを持つ者を倒すことで、倒した者に引き継がれるのです。」
アンナは額に汗が浮かぶ。
「何だと?まさか・・・・」
「もう、解りますね。つまりは、魔王様を討伐したものは、このスキルを受け継ぎ、新しい魔王様になるのです。」
「いや、魔王ってなんだ?サイトゥが魔王とでも言うのか?そもそも、魔王を討伐したのは、マクシミリオンだろうが。」
目でサイトゥに問いかけるアンナ。
うなだれるサイトゥ。
何故か得意気なラウム。
サイトゥは苦しげに口を開く。
「まあ、手違いでな。俺が魔王を殺してしまったんだ。今は反省している。」
「えっ、何で?魔王は聖剣エクスカリバーでなければ、殺せないのではなかったか?しかも、サイトゥは魔力が無い体質だったろう。それでは、魔王にダメージを与えられないはずだ。」
「俺もそう思っていたんだが・・・新しく作った毒物が思いの外、奴に効いてしまったとしか・・・」
そうだ。サイトゥもまさか、あんなに効くとは思わなかったのだ。
一番、本人がびっくりしたのだ。
魔王がサイトゥの毒物をくらって、苦しみ抜いて絶命した時の空気を思い出すとサイトゥは切なくなる。
サイトゥは皆のサイトゥを見る目が、冷たかった事を思い出す。
「しかし!そんな事、誰も言っていなかったぞ!私が戦線に復帰した時には既に、皆の前でマクシミリオンがエクスカリバーを振り上げて勝ち名乗りを挙げていたじゃないか!」
アンナは顔をひきつらせながら、サイトゥを問い詰める。
「それは、あの場に居合わせた奴等で、口裏合わせたんだ。魔王を倒したのは、勇者マクシミリオンだった事にしようと。」
サイトゥからの提案に即座に乗ったのが聖女だ。
渋るマクシミリオンに、そうしなさいと、聖女に鬼気迫る顔で、肩を持たれてブンブン振られながら説得されたマクシミリオン。
その複雑な顔はサイトゥは今でも忘れられない。
「なんで、そんな事を・・・」
アンナは訳が分からないといった様子で考え込む。
「あの時は、それが最良と思ったんだ。」
そうした事の答えは簡単だ。
魔王の討伐は誰もが納得する勇者で無くてはならないのだ。
魔王を討伐したものが得られる名声、地位は何物にも変えがたい。
そして、討伐により得られる魔の宝玉。
枯渇しない圧倒的魔力を供給するこの宝玉は、使い方次第では、世界を脅かす驚異となる。
とにもかくにも魔王を倒さないと人間の存続自体が危うい訳だが、政治はその後も見据えないといけない。
魔王が討伐されると、また、人間同士で覇権争いが始まる事になるのは明白だ。
そんな世界で特定の国が魔の宝玉を持つことはバランスが大きく変わる事を意味する。
よって、どの勢力にも属さないのが理想的だ。
見映えの良い伝説の勇者の子孫であり、世界中の人間が納得し、そしてお飾りで居てくれれば、周りもまた安心できる訳だ。
当然、勇者を利用しようとする輩は出てくるだろうが、それは有力な国々が勇者の側近として仕え、互いに牽制することで均衡を保つ事が出来る。
なので、勇者が魔王を討伐する。
これが、ベストシナリオとなる。
マクシミリオンは流石、勇者の子孫だと言う事もあり、剣の腕は達人レベルだった。
そこに勇者の鎧と聖剣でブーストと聖女の加護がかかり、魔王に匹敵する腕前まで成長していた。
だが、魔王の周りは奴に勝るとも劣らない悪魔や竜が従っており、勇者単身では魔王討伐は困難である。
よって、それらを排除するのが、勇者以外のパーティメンバーの役目だった。
アンナもその一人で、サイトゥを除く魔術師、プリーストも人間最強のメンバーで構成されていた。
一方のサイトゥは戦力外の斥候だったので、そういう者が棲む里に派遣の依頼があったので、サイトゥが出されただけだったのである。
なんて言うか、この人間最強メンバーのお世話役的な感じである。
サイトゥとしても、誰もが、お前ら人間じゃ無いだろう的なメンバーだったので、あまり、戦闘にも参加しなかった。
割りの良いアルバイト代を考えれば、楽な仕事だと思っていた。
「だが、この宝珠を受け継いだサイトゥはどうなんだ?お前は確か魔力をまったく持ってないし魔法も使えない体質だったろ?今は魔法が使えるとか?」
アンナの質問にサイトゥは乾いた笑顔で答える。
「いや、まったく。」
そこにかぶせ気味にラムウが説明を始める。
「そうなのです。新しい魔王様はまったく魔力を体で扱えない、持っていない、この世界では非常に稀なお体をお持ちです。ですが、スキルは引き継いでしまった。なので、この魔の宝玉は魔王様に呪いのように着いていますが、魔力はそれを魔王様の体に流せません。まったくの無駄スキルなのです!無駄です!超無駄です!」
だんだんと、ラウムの瞳孔が開いてくる。表情が歓喜に震えている。
「そして、そしてですよ!この宝珠は行き場の無い魔力を苦しそうに溜め込んでいる。その苦しみはオーラとなって、溢れ、魔王様との繋がりを伝って、魔王様の体を覆っているのです!」
サイトぅは早口で焦点の合わない目をして熱弁を振るうラウムを見て、恐怖を覚える。
「お、おい。なにいってんだ。おまえ、ちょっと落ち着け。」
そう言って、サイトゥはラウムを落ち着かせようとするが、ラムウは全然聞いていない。
「今までの魔王様は宝珠から魔力を受け取ってそれを自ら魔法を行使することで消費されていたので、ここまでのオーラとして漏れ出すことはありませんでした。ですが、新魔王様はもう、駄々漏れです。もう、宝珠のお漏らしスゴイのです!スゴイ!スゴイお漏らしです!」
そういって、ラムウはサイトゥを嘗めまわすように見る。
獣人幼女の恰好をしているラムウだが、舌を出して唇を舐める仕草は、妖艶な女そのものだ。
「ひっ」
サイトゥは自分はカエルで蛇に睨まれている錯覚に囚われ声が漏れる。
そんなサイトゥにかまわず、ラムウは続ける。
「ですけど、違うんです。違うんです。確かに魔王様のオーラで私もお漏らしが凄いのですが、違うんです。」
ラウムは下ネタを途中途中に入れてくるのを忘れない。
「私、魔王様が怖いのです。魔王様に初めてお会いした時の衝撃は忘れられません。漂う強烈なオーラの先に私を見る2つの瞳。それは私が今迄感じた事のない、”死”を告げていました。私は恐ろしい・・・この新しい魔王様は魔力が無いのに前の魔王様を残虐な手口で殺し、引き継いだスキルすらも不要とし、そして、こんなに怖いのです。宝玉なんか必要ないんですよ!魔王様が、ちょっと本気になったら、私、殺されちゃいます。怖い!怖い!怖いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・うっ!・・・・はぁはぁはぁはあ・・・ちょっとイッちゃいました・・・はぁはぁ。」
ここで、ラウムは怯えるサイトゥに気がつく。
「あっ・・・はぁはぁはぁ・・・・私ったら・・・失礼しました。」
胸に手をあてて、息を整えるラムウ。そして、サイトゥに可愛い獣人の顔でにっこり微笑む。
だが、サイトゥはドン引きだ。
恐怖からか、すでにナイフを引き抜いている。
「えへへへ」
照れ笑いをしながら、ラウムは、ふとアンナの方をみる。そして、今までとは違う静かな声でアンナに問いかける。
「そこの乳女も判ってるのでしょう?高位魔族では無いから、この匂いは分からないでしょうけど、魔王様の恐ろしさを。」
「ああ、そうだな。」
妙に納得した顔をしてアンナが答える。
サイトゥは慌てて訂正する。
「いやいや、お前も何いってんだ。おれは、お前に比べたら雑魚この上ないよ。そこの変質者だって、ヤバいよ。悪魔だよ?お前と素手で渡り合うなんて、相当な悪魔だよ?」
だが、そんなサイトゥの抗議を無視してアンナはつぶやく。
「そうだったのか・・・あの口づけは、王子様では無く、魔王様だったのか・・・ん?だが、どちらも私はお妃様ではないではないかっ!」
唇に手をあて、何やらおかしなことを口走るアンナだ。
「サイトゥはこれから、どうなるんだ?」
アンナは真っ直ぐな目でラウムに問い掛ける。
サイトゥはアンナの声に決意が感じられることに嫌な予感がする。
「全世界は魔王様のスキル、いや、御命を狙って来るでしょう。人間、魔物に関係なく欲望に濁った目をして殺しに来ます。これが、スキルの本当の呪いなのかも知れません。ですが、私はこの新しい魔王様と一緒にこの理不尽な世界に抗うつもりです。ああっ!この世界を支配し、殺し尽くし、焼き尽くすその日まで・・・」
うっとりとした目で、何処か遠いところを見て舌で唇を濡らすラウム。
サイトゥは、「コイツ、やっぱり人間の敵だ。殺っちまった方が良いじゃね?」と思う。
すると、隣から何やら唸り声が聞こえだした。
「ぐぐぐぐっ、なんと言うことだ。我が夫が世界から命を狙われる魔王だったとは・・・だがっ!夫を護ることは妻の務め!王を護るは后の務め!こうなっては、仕方ない。全世界を敵に回してでも戦うまでだっ!!!」
両手を握り力を込めて不穏な事を言い始めるアンナ。
アンナの美しい切れ長の目に決意の色が入る。
「おいっ!!!何を口走っている!嫌だ、俺は嫌だからなっ!!」
おかしな方向に話が進んでいることに気が付くサイトゥは悲鳴にも似た声で、アンナに叫ぶ。
だが、アンナにはサイトゥの声は聞こえない。
「うおおおおっつ!セットアーーープ!」
ヤバイ薬をキメたジャンキーの顔をしたアンナが大声で叫ぶと背後に白く輝く魔方陣が発生する。
その中から浮き出るように禍々しい鎧が出現すると、アンナは鎧に取り込まれる。
「負けませんよ!第二后の分際で!」
突然、ラウムが立ち上がり魔法を詠唱。
足元に発生した真っ赤な魔方陣がラウムの体を通っていく。
現れるのは、炎を纏う悪魔幼女。
「こらっ!お前も止めろっ!」
誰もサイトゥの言うことを聞かない。
サイトゥは魔王となった。
魔王とは絶対の権力者のはず。
だが、命令には誰も従わない。
こんな魔王は古今東西いたためしがない。
酷い。
「誰が第二后だっ!」
「ふふふふ、既に正妃は私なのです。」
腕を組み、上から目線でラウムが言う。
「先着順じゃねーだろ。やっぱり、貴様とは決着付けないと駄目だな。」
「望むところです。」
「らめー!やめてー!」
サイトゥは懇願の声を出した。
魔王なのに。
#####
まあ、やっぱりと言うか、そうだよねって感じで、サイトゥ達は宿を追い出された。
宿同士で妙なネットワークが有るのか、あの宿場町の宿どころか、飲食店も全て、サイトゥ達は入店を断られてしまった。
さて、どうしようかと道端のベンチにサイトゥが腰かけて思案していると、アンナの取り巻きの騎士達が走ってくる。
「隊長っ!ここにいらしたんですか?探しましたよ。魔の宝玉は?」
金髪碧眼の顔の整った先頭の男がアンナに問いかける。
後ろには赤髪を短く刈った野性味が売りっぽい男と、黒い髪を肩まで伸ばし、メガネをかけた、利口そうな男が控える。
「ああ、あれを運ぶのは止めだ。あと、私は退職するので、奴には適当に言っとけ」
アンナはしれっと、その辺に買い物でもいくような口調で騎士達に告げる。
「えっ、何を言われるのですか?ふざけないで、なんとか宝玉を持って帰りましょう。兄上様もお待ちでしょう。」
金髪碧眼の男が焦ったように顔をひきつらせる。
「そうだな、こういうのは何ていったか。そうだ。寿退社だ。奴には、もう妹離れをしろと言っとけ。」
「え、何ですって?よく分かりません・・・・」
赤髪の騎士が困惑したように答える。
そうだろう、サイトゥだってアンナが何を言っているのか、わからない。
「ああ?煩いな。殴るぞ。」
「っつ・・・・」
サイトゥは騎士達が顔面蒼白になるのを見る。
何をビビってんだ。
頑張れ、騎士達。
サイトゥは騎士達を応援する。
「まけるな。諦めるな。とっとと連れて帰れ。」
思わぬところからの援軍で、ちょっと勇気を出す騎士達。
ビビりながらも、黒髪の騎士がメガネをくいっと上げてアンナに子供に諭すような口調で説得を試みる。
「ほら、こちらの方も迷惑だと言っていますし・・・・」
アンナはチラリとサイトゥを見て、騎士達に笑顔で話す。
「気にするな。照れているんだ。」
サイトゥは、思う。
違う、馬鹿野郎。本当に迷惑だ。
ゴン!
鈍い音がしたかと思うと、アンナが先頭の金髪碧眼のイケメン騎士を殴り付けていた。一発で昏倒させる。
「なっ、お前、いきなり何をするんだ?」
サイトゥが驚いていると、次に赤髪イケメン騎士をアンナは殴りつける。
「殴るって言っただろう。人の恋路を邪魔する奴は鉄拳制裁って言うぞ。」
「た、隊長、い、命だけは....」
怯える最後の黒髪メガネ騎士。
アンナはそう言って残るメガネを殴り倒す。
メガネがありえない勢いで遠くに飛行していく。
「やっぱり、バカですね。」
ラウムが呟く。
#####
結局、宿に泊まれないので、宿場町の中心から少し離れた原っぱで野営となった。宿泊代金を払えない旅人が利用するキャンプ場だ。
サイトゥが意外だったのは、アンナが料理が出来たことだ。
携帯する保存食で作ってくれたが、普通に旨かった。
前にサイトゥ達と一緒にいた頃はサイトゥがその辺り、手配していたから知らなかったのだ。
その点を誉めてやると、嬉しそうにアンナが答える。
「将来はお嫁さんが夢だったから・・・」
チラチラとサイトゥの方を見るアンナ。
嘘つけ。
サイトゥは知ってる。
前にパーティを組んでる時に、強い魔物を見ると目の色変えて、真っ先に突っ込んでいったアンナを。
いつも、うわ言の様に、もっと強い魔物は居ないのか?
どこにも居ないのか?
お前らはこんなもんか、気合い入れてかかってコイヤー!
そう言っていったアンナを。
あれは間違いなくバトルジャンキーの目であった。
そもそも、アンナが一緒なのはサイトゥは非常に不本意だ。
それでさっき帰るようサイトゥはアンナを説得したのだが、その時に焦点の定まらない視線でサイトゥとラウムを殺して、自分も死ぬとか、ぬかしよった。
サイトゥはアンナの目を見て、ビビった。
怖い、超怖い。
アンナは単純な戦闘能力では人間、いや魔物も含めて屈指の強者で、こんなのに暴れられたらサイトゥなんかでは取り押さえる事は不可能だ。
サイトゥはアンナに会って初めての頃、オーガを素手で撲殺するのを見て、コイツには逆らったらいかんと心に刻んだのだ。
ラウムはそんなアンナを苦々しく見て言う。
「魔王様、そんなのに騙されてはいけません。そんな料理なぞ、魔王様には似合いません。今度、地獄の料理人を連れてきて、精の付くコース料理をご用意します。そう、精力が付く・・・フフフ」
「嫌だ。断る。」
サイトゥは即座に断る。
明らかに何か入っている気がする。てか、何だよ、地獄の料理人って。
「まあ、食材があまり無いから、今はこのぐらいだ。今度、食材を買ってきて、もっと手の込んだものを食べさせてやる。夫の健康管理は妻のつとめだ。」
アンナがまたしても不穏な事を言うので、サイトゥは即座に否定する。こういうのは曖昧にして良いものではない。
動物はその時にきっちり叱っておかないと、後で叱っても何で怒ったか分からないのだ。
「夫じゃあねえ。」
「照れるな、照れるな。」
アンナが笑顔で、左拳を握る。
「え?もう、DVですか?お付き合いもしてないのに殴るのは単純に暴力だと思います。」
サイトゥは怯えながらも、抗議する。
「照れるなよぅ、照れるなよぅ。」
アンナの目が怖い。
サイトゥはとにかく、一旦、全てを明日にすることにした。
「ま、まぁ、とにかく明日一番の乗り合い馬車で、次の町まで移動する。とっとと寝ろよ。いいな、二人とも俺に近寄るなよ。あと、ケンカすんなよ。いいな。」
これ以上、騒ぎを起こして、ここから追い出されたら、サイトゥは泣いてしまうだろう。
#####
結局、サイトゥ達は朝一番の乗り合い馬車にそのまま乗り込むこととなった。
馬車は3台で隊列を組み、目的地へ出発する。
客は30人弱。警護に冒険者が5名、馬で付いている。
山賊や追い剥ぎ、はたまた魔物なんかにも出くわす可能性が有るので、ある程度の警戒は当然だろう。
おかげで、運賃が相場の倍はかかっている。
客は家族連れから、一人旅の男、行商人など色々だ。
今回は荒ぶる幼女みたいなのは、乗り込んで居ない様だ。
詰め込まれた荷台に揺られ、道を進む。
天気も良く、ぼやっとするサイトゥの両隣にライムとアンナが座る。
ラウムは頭をサイトゥに預け寝ている振りをしている。
アンナは隙なく、周りを警戒している様だ。
荷馬車に乗り込む前に荒ぶる幼女の話をしたので、警戒しているのだろう。
「おい、そんなに気を張ると疲れるぞ。昨日はほとんど寝てないだろう。」
小声で、サイトゥはアンナに注意を促す。
「大丈夫だ。さっき、補助魔法で、睡眠のキャンセルと疲労を取っておいた。サイトゥは気にせず寝ててくれ。」
アンナは笑顔で答える。
アンナの恐ろしいところは、雷神と二つ名で呼ばれる雷属性の強力な攻撃魔法と一通りの補助魔法が使える、ハイブリッドなチート娘な点だ。
只でさえバカ力なのに、そこに筋力強化を行うのだから、手に負えない。
先の魔王戦でも、魔王側は、アンナを先に無力化すべく、色々策を打ってきていた。
「そうか、じゃあ甘えてさせてもらう。少し寝かせてくれ。だが、その後は見張りは俺に変わるんだ。魔法での回復は暫定的だ。お前も、ちゃんと休め。」
「サイトゥ、優しい・・・・」
アンナが顔を赤らめて、もじもじしながら漏らす。
「じゃあ、頼んだぞ。」
そう言って、サイトゥは目を閉じる。
体を弛緩し脳で考える事を止める。
ただ、眠りはしない。
体を休めるだけだ。
こうやって、サイトゥはこの厳しい世界を生き残ってきたのだ。
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