第2話 昔の知り合いに会いたく無いが、会う
国境には関所が設けられている。
ここを通過して通行許可証をもらわないと、ギルドで仕事が出来ないし、宿にも泊まれない決まりだ。
要は関所を避けて入国しても、町では著しく行動が制限される。
なので、出来れば、正しい手続きをしておく必要がある。
サイトゥだけなら、問題無いのだろうが、問題はラウムだろう。
いかにも「魔族です私、テヘペロ」を連れては関所には行けない。
ローブを被って誤魔化そうとしても、怪しさはマシマシであり、絶対バレるであろう。
とりあえず、サイトゥだけ関所を通って、ラウムには関所を迂回させ、後に町でサイトゥとの合流案も検討した。
だが、結局は町の宿で全員の許可証を確認するので、やはりよろしくない。
サイトゥは関所から少し離れた茂みに隠れて、関所をうかがう。
「なあ、ラウム。お前、ダンゴムシとかに変身できない?町の中はそれでいてもらえれば助かるんだが。ワラジムシでもいいからさぁ」
足元にダンゴムシが這っているのを見ながらサイトゥはラウムに問いかける。
「なぜ、ダンゴムシに変幻させるのか、悪意を感じます。魔王様。でも、そんな所も感じちゃいます。うふふ。」
潤んだ目をした悪魔幼女にサイトゥはイラッとする。
「で、出来るの?出来ないの?」
サイトゥの軽くキレた態度にも臆せず、ラウムは応じる。
「変幻の魔法はまあ、使えます。ただ、ダンゴムシは難しいですし、変幻できたとしても、大きさは変わりませんから、魔王様の御要望には添えないかと。」
さすがに、このデカさのダンゴムシを抱えて入るのは、サイトゥとて難しい。それこそ、魔物と間違えられかねない。サイトゥは顎に手をあてて考える。
「んじゃ、他の物には、なれるの?机とか椅子でもいいや。」
「嗚呼!流石は魔王様はアグレッシブな性癖をお持ちですね。」
「俺にそんなダイナミックな性癖はねぇ。」
「そうですねぇ。人間に近い姿には変幻可能です。ただ、そうなると、本来の力が著しく低下しますので、御身を害する者が現れた時の対応に不安が残ります。」
「なんだと?早く言えよ!今までも街道も避けてたんだぞ、バカヤロウ!」
サイトゥは青筋を立てる。意外に沸点が低い男なのだ。
「しかし、このラウム。魔王様の忠実なる下僕となれば、御身をお守りしたく。」
「ちっ。いいよ、いいよ。俺、逃げ足だけは自信有るから。」
「なんだか、ご自分だけ逃げるおつもりの様ですが・・・わかりました。それでは、変身させていただきます。」
ラウムは立ち上がって、魔法を詠唱する。悪魔の言葉のようで、何を言っているのかはサイトゥには理解できない。
詠唱が終わると、ラウムの頭上に魔方陣が浮かび上がる。
それが、ゆっくりとラウムを頭から胸へ、そして腰へと通っていく。
魔方陣が通過した後に現れたラウムは、頭に獣の耳が付き、尻尾が生えている獣人の姿だった。服も変わり、シャツと短パンの装いになっている。
だが、幼女は幼女のままだ。そう、幼女は幼女のままなのだ。
「ふむ、猫の獣人だな。これならイケるか。」
ラムウが変わった姿をサイトゥは見てうなずく。
獣人は魔物と人間との間の存在だ。
その為、その立ち位置から、人間にも魔物にも差別された厳しい歴史がある。
だが、先の戦争では獣人は人間側について戦っており、今では、人間との関係は比較的、良好だ。
「よし、じゃあ行くか。」
「はい、あ、その前に....あのう....」
ラウムがモジモジしながら、サイトゥに話しかける。
「なんだ?」
サイトゥは怪訝な顔でラウムに振り返る。
「ああ、魔王様、実は変幻したら突然、発情期に入ってしまったようです。ハァハァ、お願いします。この体のうずきを魔王様のモノで静めてくださぁい」
「・・・よし、ケツ出せ。」
そう言って、サイトゥは肩のナイフを抜く。
「猫を飼うなら、去勢手術しなくてはな。」
やはり、この男。沸点は低いのだ。
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変身したラウムとサイトゥは一緒に関所に向かう。
関所は街道沿いに建てられた簡易な木造の建物で、外には天幕が張られ、羊皮紙の販売所と、それとは別に机が置かれている。
まず、ここで入国手続き用の羊皮紙を購入後に必要事項を記入しなくてはならない。
それを、建物の中に有るカウンターに提出する流れだ。
羊皮紙は市場価格より数倍の値段がする。
これには入国手数料が含まれているのだ。
まだ、早い時間だが入国手続きをする人は結構多い。
既に建物の中のカウンターには数人の待ち行列が発生している。
建物の中と外で数人の衛兵が槍を持って警備や入国希望者の対応に追われている。
サイトゥは羊皮紙を外の天幕で購入すると、机に向かう。
机に備え付けのチョークを使って、書き込みを始める。
サイトゥの職業欄では、旅の途中の冒険者で専門は斥候とする。
さて、ラウムはどう書いたものかとサイトゥは悩む。
「おい、お前は職業とかどうする?」
サイトゥが書類を書くのを隣で珍しそうに眺めるラウムに聞く。
「魔王様の妻かペットでお願いします。」
ほざくラウムをサイトゥは無視。
「えーっと、 “冒険者助手兼ヒーラー” っと。」
ラウムの職業欄を記入。先の件でラウムがヒールを使えることは確認済みだ。
サイトゥは建物に入りラウムとともに窓口に並ぶ。
見た目は可愛らしいラウムは周りからもチラチラ見られる。
そして、サイトゥには侮蔑や羨望の眼差しを向けられる。
「ちっ」
サイトゥは居心地の悪さに思わず舌打ちが出る。
小一時間ほど待ってサイトゥの順になる。
サイトゥは羊皮紙を窓口の女に提出する。
メガネをかけた神経質そうな女は無愛想に受け取った羊皮紙を見ながら、サイトゥとラウムを無遠慮な視線で交互に見る。
そして、露骨に眉を潜める。
メガネ女はサイトゥを横目で見ながら、優しい声でラウムに声を掛ける。
「お嬢さん、この男の助手って何をしているの?ここでは、何も気にしなくて良いから、本当の事を言ってね。」
メガネ女は部屋の端にいる衛兵にチラリと目配せをする。
サイトゥは衛兵が自分の後ろに移動するのを、横目で見て、小声で毒づく。
「あー、これはやっぱり、俺の事を幼女をどっかから買ってきた、変態野郎と思ってんだ。」
サイトゥはゲンナリする。
「違います。俺の方が被害者です!」
サイトゥの心の中の言葉は誰にも聞こえない。哀れである。
メガネ女の問いかけにラウムは笑顔で応える。
「はい、サイトゥさんは私のお父さんの親友で、冒険者の修行をさせてもらっています。お仕事はダンジョンなんかのマッピングと、ケガのヒーリングです。」
今までの言動を考えると、ラムウがとんでもない事を口走るかと心配していたサイトゥだ。
しっかりとした対応に、なかなか空気が読める奴だと感心する。
メガネ女は訝しんで、再度確認する。
「本当?」
「はい、私なんかにサイトゥさんは、とても良くしていただいています。」
とても良い笑顔のラウムである。
その笑顔の下は人間200人の首をとりあえず持ってきますと宣言した悪魔だ。
「そ、そう・・・、それじゃ、これ、入国証明書。」
そう言って、納得の行かない表情でメガネ女はサイトゥに証明書を突き出す。
「どうも。」
サイトゥは礼を言って関所をとっとと出る。
モタモタしていると、また、難癖つけられそうだからだ。
関所から少し先に城塞が見える。
この国の国境に有る都市だ。
一旦、ここで一、二泊して、この国の情報を収集してから、今後の方針を決める予定にサイトゥはしている。
サイトゥは長閑な街道をてくてく移動しながら、横を歩くラウムに話しかける。
「しかし、さっきの受け答えは中々良かったぞ。」
関所での無難なやり取りを思い出し、サイトゥはラウムを褒めてやる。
「有難うございます。昼はサイトゥ様の御要望を執行する優秀な奴隷で、夜はベッドの中でサイトゥ様の欲望を全て受け止める従順な奴隷と申し上げようかと、迷いました。」
「やっぱ、お前、今すぐ魔界に帰れ。」
サイトゥは褒めた事をすぐに後悔するのであった。
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城塞都市は、関所でもらった通行許可証を見せると、問題なく入れた。
都市の中はそこそこの賑わいだ。
先の大戦では、ここまでは戦場とはなっていない様で、都市の状態は悪くない。商店も並び、物資も豊富だ。
行き交う住人は、ほぼ人間だが獣人もちょくちょく見かける。
これなら、ラウムもそんなに目立つまい。
少し後ろを歩いていたラウムがサイトゥに聞く。
「これから、どうされますか?」
「まずは、冒険者ギルドだな。ここに長居する気はないが、冒険者登録をした方が、情報を得やすい。」
「分かりました。場所を確認してまいります。」
そう言うと、ラウムは、てててと可愛らしい擬音を立てて、果物屋に向かう。
向かった先には、どうみても盗賊団の首領にしか見えないマッチョでスキンヘッドにアイパッチを決めた店主がいる。
ラウムはそんな店主に物怖じせず話しかける。
しっぽをフリフリするのも忘れない。
あざとい。
そんなラウムにアイパッチ店主は相好を崩す。
可愛い幼女の獣人は、思いの外、好意を持って受け入れられる様だ。
だが、中身は人間をカナブン以下程度しか思っていない悪魔だと知ったら、どうするのだろう。
知らないと言うことは幸せである。
場所を教わったらしいラウムは店主に頭を下げる。
それを笑顔で見ていた店主はサイトゥにチラリと視線を向ける。
その目には明らかに軽蔑の色が混じる。
「ちっ、今度はラウムはダンゴムシに変幻させよう。このままでは俺のメンタルが持たん。」
サイトゥは心に誓う。
ラウムの道案内で迷わず冒険者ギルドに到着する。
早速、窓口に赴き冒険者登録を行う。
冒険者登録と言っても、このギルドに所属するのではなく、ビジターでの活動申請なので、必要事項を登録して完了だ。
サイトゥは流れの冒険者として活動してきたので、この手の申請には慣れたものだ。
本当なら、ギルドに所属する方が仕事の斡旋を受けたり、割りの良い仕事ができたりするが、その場合、身分証明やランクの証明試験等々で非常に手続きが面倒になる。
ギルドとしても、冒険者の身分保証をするようなものなので、どこの馬の骨ともわからない流れの冒険者を簡単には所属させられない。
ギルドでの冒険者登録を無事に終えてサイトゥとラウムはギルドに併設されるカフェに向う。
カフェは100人は飲食可能なスペースが確保され、大小の不揃いなテーブルと椅子が置かれている。
現在はオフタイムの様でホールには給仕は見当たらない。
調理場とホールを隔てるカウンターの上には大きな黒板が仕付けられており、白と赤いチョークで品書きが下手な字で殴り書きされている。
カウンターの中には暇な給仕が調理担当の同僚と無駄話中だ。
お客の方はホールに昼間から飲んでる冒険者が三名、夕食前なので、席は空いている。
サイトゥ達は他の客とは離れた二人席の丸いテーブルで向かい合わせに座る。
カウンターの中に居るそばかす顔のウェイトレスはサイトゥ達をチラリと見て、また同僚とのおしゃべりに戻る。
「ラウムは食べたり飲んだり出来るのか?」
サイトゥはそういいながら、カウンター上の黒板に書かれた品書きを眺める。
「はい、飲食は可能ですが、必要ではありせんね。お酒は嗜む程度には。」
「そうか。俺は食べないと死んじゃうので、ここでメシを食う。俺だけ食べていると、お前を虐待してる様に見えるので、何か食べてくれ。あと、酒は飲むなよ。」
「魔王様は、お酒は飲まれないのですか?」
「あれは、感覚が鈍るので駄目だ。コスパ悪いしな。おーい、こっちで、注文取ってくれ。」
サイトゥはカウンターで暇そうにしているウェイトレスに声をかけて、今出せる食事を適当に頼む。
ラウムはサイトゥが頼んだものと同じものを注文する。
食事が来るまでに、さっき、窓口で買った城塞都市の周辺地図を広げながら、サイトゥは考える。
この街に長居するのは、荒ぶる幼女の再登場を招きかねないので、出来ない。
すると、もう少し南の港町に移動して、そこから海路で移動するのが良さそうだ。
そのうち、ウェイトレスが食事を持ってきたので、サイトゥは食べ始める。
ふと、目の前で上品に芋を口に運ぶラウムを見る。
見事に獣人に変幻している。
違和感ゼロだ。
ここまで器用なことができる悪魔は相当上位に位置しているはずだ。
こういった格好で人間に近づいてくる悪魔もいないことは無いが、ラウムは強者としても相当なモノで、向こうの世界でも支配層なのは間違いない。
では、何故にサイトゥに従うのか?
確かに出来心で魔王を殺してしまったが、サイトゥはそれほど強者ではない。
単騎で数百、数千の軍団を皆殺しに出来るような力は無いし、死んだものを生き返らしたり、死体を操ったり等といった神に祝福されたり、呪われた存在でもない。
サイトゥはその疑問をラウムにたずねる。
「なぜ、私が魔王様とご一緒したいのかをお聞きになりたいのですか?」
「ああ、そうだ。」
「そうですね。まず、魔王様から感じる魅惑のオーラは魔族には抗う術がありません。とても、とても心を惹き付けられます。女は魔王様の寵愛を獲るため、男は魔王様からの信頼を得るため、己の全てを差し出します。」
オーラとかわからないサイトゥは、変な匂いでもするんじゃないかと、自分の体を嗅ぐ。
それを見て、ラウムはクスクス笑いながら、話を続ける。
「そして、魔王様はとても強者です。それを魔族は畏怖し尊敬をいたします。」
「え?強者とか違うぞ。勇者とか、その取り巻きを知ってるが、俺、くっそザッコだぞ。あと、俺が魔王を殺した後でも、魔物を結構な数を狩ったりしたが、魔物が俺を見る目には、そんな感じ無かったぞ。」
サイトゥは逃亡生活を始めてから、金の為に色々な魔物を狩って来たが、ラウムの言うような反応を示したものは居なかった。
「オーラを感じる事の出来るレベルの魔族には会われなかったからだと思います。低レベルなゴミには、魔王様の崇高で甘美なオーラは理解できないでしょう。」
「結構、悪辣だな。悪魔とは言え、同じ魔物だろう。」
「どうでしょうか。魔界側に属して居るだけで、仲間意識は無いです。魔王様はサルや犬をご自分と同じ種族と思われますか?」
「ふむ、そう言うもんか?」
「そういうものです。」
まっすぐにサイトゥを見つめるラウムの瞳。
だが、そこに宿る不穏な光をサイトゥは見逃さない。
「本当は俺の寝首を掻くつもりだろう?」
ラウムは目を細め、にこやかに答える。
「魔王様は私なんかでは、殺せないでしょう?」
「そう思うか?」
「ええ、私、初めて魔王様のお姿を拝見した時、恐怖でちょっと漏らしちゃいましたよ。でも、その後、感じてお股が濡れちゃいました。」
「うっさい。黙れ。」
いつも下ネタぶっ込んでくる。
見た目、幼女にサイトゥは閉口する。
サイトゥにしたら、誰かに聞かれたらどうすんだ。ばか野郎である。
サイトゥは食事の後、飲んだくれの冒険者に酒を奢り、この辺りの状況を聞き出す。あまり、大した情報は得られなかった。
最近、山賊が出るらしく、問題となっているので、近日に騎士が討伐に向かうそうだ。
先の戦争が終わって、傭兵どもが、食い詰めて山賊になったのか、そもそも山賊が傭兵やってたのか。
そんな事をしているうち、カフェも混んで来たので、サイトゥとラウムは退散し安宿に入る。
サイトゥとしてはラウムとは別々の部屋を取りたかったが、残念ながら空いていたのはツインだけだ。
宿屋の主人はサイトゥとラウムを見て下卑たニヤケ顔をする。
それにイライラしながら、部屋に入る。
「俺はこっち、お前はあっち。いいな、こっちに近ずくなよ。」
そう言って、サイトゥは早々に寝ることにした。
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私は月明かりに照らされた部屋で、魔王様を眺めている。
悪魔である私には睡眠は必要ない。
ベッドに寝る魔王様の寝顔を見ながら、なんて素敵なのかしらと、思う。
さっきから、どうやったら殺せるか考えるけど、どうやっても私の首が飛ぶイメージしか出てこない。
魔王様に自分の首が刈られ宙を舞う姿を想像をすると、股間からゾクゾクとした快感が沸き上がる。
「はぁぁー」思わず、口から吐息が漏れる。
前の魔王様は暴風雨の様な御方で私の力では抗えない荒々しい強さだった。
前魔王様もそうだし、取り巻きの連中も強者ばかりで、組織としての強さもあった。
だが、この新しい魔王様は触れた後に気がついたら、自分が切られている様な、そんな鋭い恐ろしさがある。
自分でも上気して、鼓動が早くなることを感じる。
手が自然に下半身に伸びる・・
「おい。」
「っつ!」
突然、目を閉じたままの魔王様に声をかけられ、私は不覚にもびくっとする。
嫌だ、起きてらしたのかしら。恥ずかしい。
私は上ずった声で魔王様にお返事をする。
「は、はい?」
「寝ないのか?」
「私には睡眠は必要ありませんので。」
「そうやって、こっち見られていると、オチオチ寝てられん。外に遊びに行くか、寝なくても良いから毛布被ってろ。」
「寂しいので、ご一緒に寝てもいいですか?」
「うっさい、死ね。」
そう吐き捨てると、魔王様は寝息をたてはじめました。
寝てるのかしら、起きてるのかしら。
ああぁ、とても殺したい。
殺したくて殺したくて、たまらない。
#####
サイトゥとラウムの二人は朝メシを宿の食堂で済ませた後、道具宿で少々買い物をする。
昼前には城塞都市を出発する。
街道は馬車や人が往来しており、ラウムは引き続き獣人の姿だ。
サイトゥとしては、今日は山間に有る宿場町まで行くつもりだ。
夕方には着く予定である。
川沿いの原っぱで、遅い昼食を取る。
朝、宿で買った黒パンをかじりながら、ラウムにサイトゥは確認する。
「気が付いているか?」
「はい、少し前から。」
「前の連中とは違うな。あと、見られてんのは、お前だぞ。」
「そうですね。下等な人間に欲望の持った目で見られるのは、非常に不愉快です。」
「下等な人間で悪かったな。」
「ああ、失礼しました。魔王様は当然別です。魔王様はもっと私をエッチな目で見てもらって良いですよ。と言うか見るべきです。」
つっこむのも面倒くさいので、ラウムをサイトゥは無視する。
視線の方向をそれとなしに観察する。
街道から逸れた茂みに、二人の男がこちらの様子を伺っている。
物腰から見るに監視の技術は素人だが、戦闘経験はそれなりに、ありそうだ。
レベルで10か、11か。
例の問題となっている山賊だろう。
「狙いは金品もあろうが、お前だな。」
変幻しているラウムは見た目は良い幼女だ。
獣人だと言う事も価値を上げているのだろう。
大方、人気の無いところで、サイトゥ達を囲む算段だろう。
男は殺して身ぐるみ剥いで、幼女は変態どもが楽しんだ後で奴隷として売るつもりか。
この世界ではテンプレである。
「殺します。」
赤い目をした、ラウムが呟く。
「止めとけ。」
サイトゥが制止する。
「それでは、本体が出てきた時に皆殺しに?」
「お前ら魔物は、殺すか、殺されるかの極端な思考になりがちでいかん。人間は事前に察知したリスクはなるべく、少ない労力で回避するのだ。それに監視はこっちの専売特許だ。」
「では、どうします?」
「巻く。」
「では、走るのですか?」
「まあ、そんなとこだ。」
そう言うと、サイトゥは立ち上がるとラウムを小脇に抱える。
「!魔王様っ!」
「おっ、見た目と変わらず軽いな。これなら、行けるか、」
驚いて顔を真っ赤にするラウムだが、サイトゥは米袋をかかえるが如くにしか思っていない。
「よし、飛ぶぞ。」
サイトゥはラウムに警告すると、覗く男達とは逆の茂みに跳躍する。
そして、茂みに着地。
直ぐに膝を曲げて溜めを作って、再び跳躍。
手近な木の枝に飛び移り気配を消す。
サイトゥは魔力の体力強化の補助もなく、これを可能にする。
サイトゥはラウムがハアハア言い始めたので、枝の上に下ろして、静かにさせる。
急に目の前から、いなくなった獲物に潜んでいた男達が狼狽する。
「ちくしょう、何処に消えた?」
「見当たらないぞ。くそっ。」
サイトゥとアンナの居る木の下で悪態を付きながら山賊の二人がウロウロする。
山賊の二人はサイトゥ達を小一時間程度探していたが、そのうち諦める。
「くっそ、あの獣人は上玉だったぞ。」
「しょうがねぇ。この前の小娘で我慢すっか。」
「ああ、ありゃ駄目だ。もう姉御がイビり殺してる。」
「ええっ!マジかよ。もったいねぇなぁ。」
山賊の二人は、苦い顔をして、そこから移動しはじめる。
「さて」
木から降りた降りたサイトゥ達は、二人の後を付けていく。
「単純に巻いただけだと、また出くわす可能性があるからな。まず、奴らのアジトと規模を調べる。」
ラウムに聞こえる程度の小さな声でサイトゥは説明する。
「なるほど。あ、ちょっと疲れちゃいました。申し訳ありませんが、また抱えて頂いても良いでしょうか?ラウムはお姫様だっこを所望いたします。」
わざとらしくよろけるラウムをサイトゥは放置して、二人の後を追う。
程なく、山賊の二人はアジトへとサイトゥ達を案内することになる。
そこは、捨てられた山村の様で、朽ちた農家が何件か残る場所だ。
畑は既に草むらになっており、住人はずいぶん前にここを放棄したのだろう。
その中央の広場に山賊はバラックやテントを建てている。
ここを拠点としているようだ。
人数にして、100人弱は居るか。
武装もバラバラだが、鎧をまとっている者もいる。
中央のテーブルに腰かけてるのが、ここの頭目であろう。
大柄の筋肉ダルマで、革のベストを筋肉の上に着ている。
歴戦を物語るように身体中に刀傷が走る。
脇には長い刀を立て掛けており、いつでも手が届く所に置いてある事から、油断なら無い性格が伺える。
また、隣には妖艶な美女を侍らせている。
この女も、スピアを腰に差しており、只の愛玩用ではないだろう。
「めぼしい奴は居なかったのか?」
頭目はワインの入ったジョッキを片手に、今、手ぶらで帰ってきた二人を詰問する。
「はいっ、ジジイとババアと、貧相な貧乏人しか、居ませんでした・・・」
二人は、サイトゥ達は見なかった事にするらしい。
「ホントかぁ?」
かまをかけたのか、それとも部下の態度を不審に思ったのか、頭目が、その傷だらけの顔で部下の二人を睨む。
「ひっ・・・本当ですぜ、頭ぁ・・」
怯えた目で頭目を見上げる二人。
相当に頭目を恐れていることが分かる。
「まあ、いいじゃないか。この前の商人親子を見つけて来たのは、コイツだし。」
「あねごぉ。有難う御座います。」
ボスの隣で酒を飲んでいた女が助け船をだす。
詰問されていた山賊の二人は、美女に、すがるような目をする。
「ちっ、オメェは甘いなぁ。まあ、あの娘は上玉だったな。」
「ええ、虐めがいがあったわぁ。」
「オマエ、娘を拷問して、殺すのやめろよ。売り物にならねぇ。」
「だって、可愛いんだもの。あんただって、楽しんだろ?あんたが泣き叫ぶ、あの娘のケツ穴で腰振ってるの見てたら、嫉妬で狂いそうだったよぉ」
「はははは、一番はお前だって、いつも、言ってるだろう。」
サイトゥとラウムは少し離れた茂みで山賊の様子を伺う。
「私が行って皆殺しにしてきましょうか?この人数だと変幻を解きますが。」
ラウムが無表情でサイトゥに問いかける。
それに、これも無表情なサイトゥがこたえる。
「やめろ。討ち漏らしが出て、魔物が出る噂が立っても困るだろ。ヘタしたら、俺達がお尋ね者だ。とりあえず、こいつらのアジトは分かったんだ。ここから離れて、宿場町は諦めて、大きく迂回しよう。」
「申し訳ありません。私が可愛いばかりに、ご面倒をおかけします。」
「そう思うなら、魔界にとっと帰ってくれよ。」
そういって、サイトゥ達が迂回道を取ろうとした矢先に、大声が響く。
「頭っ!騎士団の連中ですっ!」
「何名だ?」
「6人ですっ。」
「たった、それだけかぁ?舐めてくれる。」
頭目が剣を掴んだところで、6名の騎士が乗り込んでくる。
1名を除き、揃いの銀色のフルプレートの重騎士だ。
両刀の剣と大きなシールドを装備している。
その先陣を切っているのは、青い鎧の重騎士だ。
この青騎士。見た目がすでにヤバイ。
身長は2メートルを超え、手足は異常に太く 、腕は長い。
中にゴリラでも入ってんじゃないかと思われる筐体だ。
背中には分厚く太い長剣を背負っている。
鎧は銀と青で装飾され、ヘルムは禍々しいデザインで、魔物もビックリな凶悪ズラだ。
そして、この凶悪なる青い騎士は、サイトゥの知り合いである。
サイトゥとしては最悪の出会いである。
「おらぁ、この人数で勝てるとおもってんのかぁ?」
重武装の騎士を相手に怯むことなく、犬の毛皮を着て、下は半身裸の盗賊が叫ぶ。
「俺達は騎士なんぞ、何人もぶっ殺してんだ!ナメンナよ!」
モヒカンで剃った頭の部分から上半身にかけてイレズミを彫った盗賊も叫ぶ。
「ゴラァ!」
「ザッケンナヨ!」
数名の山賊が、青騎士達の前に立ち塞がる。
「どけ。」
青騎士は左腕を振るい、先頭の犬毛皮山賊を殴りとばす。
一撃で頭を潰された毛皮男は血を撒き散らし回転して、吹き飛ぶ。
それを一瞥もせずに青騎士は大声で叫ぶ。
「貴様らの悪行は既に明らかだ。ここで、戦って死ぬか、頭を垂れて、我々に首を跳ねられるか、選ぶがいい!」
「全然、選ばせてねぇ。皆殺しにする気満々じゃねーか。うわー変わらねー」
サイトゥがため息混じりに漏らす。
「お知り合いですか?」
ラウムが青騎士を見定めながらサイトゥに聞く。
「ああ、そうだ。」
「お強そうですね。」
「そうだな。無茶苦茶、強いぞ。」
「でも、バカっぽいですね。」
「あ、わかる?」
直ぐに戦闘が始まる。騎士は一人で数人相手にするが、各々がかなりの手練れの様で、山賊は次々に倒される。
中でも青騎士は山賊に剣も使わず、次々に撲殺していく。
今、殺したので10人目か。
騎士なんだから、剣使えよバカとはサイトゥの弁。
こう一方的な展開になってくると、山賊でも命乞いを始める奴が出てくる。
さっきのボスの隣に居た女剣士が青騎士の前にひざまずき手を合わせる。
「た、助けてくれよ。ね?私は、コイツらに脅されてたんだよ。助けてくれるなら、いろいろね。」
そう言いながら、妖艶な笑みを浮かべ 、自ら胸をはだける。
だが、小うるさいハエでも潰すように青騎士は無言で拳を突き出す。
女の顔面は即座に粉砕され、妖艶だった顔を陥没して倒れ伏す。
即死だ。
「おおおおおおっ!」
大きく吠えながら山賊の頭は抜刀して青騎士に斬り込む。
中々の腕前だ。
レベル23?いや、25はあろうかと思われる。
細身の反った刀が青騎士の鎧もろとも切り裂こうとする。
だが、相手が悪かった。
繰り出された刀は簡単に青騎士の手刀によってへし折られる。
山賊の首領は驚愕して目を見開く。
「とんだ、ナマクラだな。」
青騎士はそう言いながら、左ボディブローを首領に叩き込む。
「がっ!」
着ていた鎧をあっけなく粉砕され、頭目は内臓を散らしながら、クルクルとサイトゥ達の潜む草むらに飛んでくる。
「うばばばばばば」
目の前で頭目は地面に落下。痙攣しながら、訳の分からない事を言っている。
と、突然大声が響く。
「何者だ!鎧びぃぃーーーーーむ」
青騎士の額に埋め込まれた、黄金色の宝石が輝くと、怪光線が俺達めがけて、発射される。サイトゥは咄嗟にラウムの首根っこを引っ掻けて、光線を避ける。
「危ねぇ!」
怪光線はさっきまでサイトゥ達のいた場所を一瞬にして蒸発させる。
サイトゥは青騎士に目を向けると、目があってしまう。
「あ、不味い。」
サイトゥの顔を見た青騎士が震えだす。
「貴様っ!何故ここに居るのか!山賊なんぞに身を落としたと言うのかっ!」
青騎士は烈火の如く、お怒りだ。
「私の前からなにも言わずに消えて、この体たらく・・・このクソ野郎。許さん、許さんぞぉぉぉ!」
「いや、ちょっとま・・・・」
サイトゥが言い訳をしようとすると、後ろから涼しげな声がする。
「魔王様、お下がりください。コイツは私が相手をします。」
そこには久しぶりにお会いする悪魔幼女がいた。
「いやだもう、これ以上ややこしくすんな。」
サイトゥの嘆きは誰にも届かない。
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青騎士がラウムを挑発する様に両手を広げ戯ける。
「ああっ?魔物ごときが何を言うか。」
悪魔の姿に戻ったラウムの相貌が赤く光る。体の周りに炎が渦巻く。
「魔王様に対する無礼は私が許しません。」
「魔王様?誰の事だ?」
「死になさい。」
ラウムが炎をまとい、青騎士に飛びかかる。
その勢いで、燃える拳を正面から叩きつける。
青騎士は拳をいつの間にか抜いた剣の腹で受け止める。
剣で拳を押し返すと、剣をラウムに向かって振り下ろす。
ラウムはそれを右腕で払い、左拳で青騎士の脇腹をショートフックで殴りつける。
一瞬、青騎士の体が浮くが、体制を崩さず、再び剣を振り下ろす。それをラウムは後ろに飛んでかわす。
一旦、距離を取ったところで、青騎士が笑い出す。
「くくくっつ、面白い、面白いぞ!魔王城の突撃戦の時にも、ここまでの奴は居なかった。我の鎧よ。歓喜なる敵だ。我に力を貸せ。」
呼び掛けに応じる様に、青騎士の全身が光り、剣が青く輝き始める。身体の所々で電弧が走り、バチバチと音が鳴る。
それを見たラウムはペロリと舌を出して唇を舐める。
「貴方も殺したいぃ。」
吐息とともに、ラウムから、声が漏れる。
二人は同時に相手に地面を蹴り、剣と拳を交わす。
雷撃と炎が夜空を明るく照らす。
もやは、何者も立ち入ることの出来ない戦闘に騎士達も傍観するだけだ。
変なスイッチが入って、嬉々として戦い続ける二人を見ながらサイトゥは後退する。
「よし、決めた。ずらかろう。」
サイトゥは、踵を返して、逃げ出した。
魔界に帰る方法を探してやると言ったラウムには申し訳無いが、まあいいかと。
サイトゥは「変な連中とは、関わってはいけないよ。」って、隣の家の頭のおかしい姉ちゃんが言ってた事を思い出した。
サイトゥの本質は、平穏な生活をしたいのだ。
ラウムと数回の攻防をした後に青騎士は気が付いて叫ぶ。
「あ、あいつ逃げやがったなっ!」
「ホントですね。そんな、卑怯な所も素敵ですわ。魔王様。」
ラウムは目を細め笑顔で呟く。
#####
騒ぎの場所から、逃げ出したサイトゥは、宿場町に居た。
すっかり日がくれた町の外れの屋台で、お茶をすすっている。
客はサイトゥ一人でオデンを食べながら、まったり自由を満喫していた。
「ただいま戻りました 。魔王様。」
そう言いながら、サイトゥの隣に座るラウム。
姿は獣人に戻っている。
続いて「おい、どう言う事だ。説明しろ。」とドスの効いた声がする。
ラウムに続いてサイトゥの後ろに立つ青騎士。
「ちっ」二人の声を聞いて舌打ちするサイトゥである。
なんかいい感じで、相討ちになって、くんないかなぁ、と思っていたが、一緒に仲良く現れるとはサイトゥにとっては想定外だ。
「アンナ。ここはメシを食う場所だ。そんな格好では話出来ないな。」
「分かった。だが、きっちり説明しろよ。」
でかい声で念押ししたあと、青騎士が叫ぶ。
「パージ!」
すると、青騎士の背中の後ろに白く輝く魔方陣が出現する。
次にヘルムがチェストプレートごと、大きく上に跳ね上がる。
続いて、手足のアーマがエビの殻を剥くように広がり、中の人間が押し出される。
主人が居なくなった鎧は、魔方陣に吸い込まれ、魔方陣と共に闇に消えて無くなる。
「おやじ、ビールだ。」
静かな夜に、凛とした声が響く。
身長は180センチを超える、すらりとした美人。
だが、出るところは出ている。
特に胸がでかい。凄くでかい。
ピッチリとした服装もあって、胸が殊更目立つ。
コイツ、露出狂じゃねぇかと、横目で見たサイトゥは思う。
突然、ゴツい騎士から現れた美人に目を白黒させながら、屋台の親父がビールを持ってくる。
「さあ、話せ。今すぐ話せ。」
「ああ、そうだな・・」
話を始めようしたサイトゥに、ラウムが話を遮る。
「魔王様。この露出狂の女は誰ですか?」
ラウムの目に嫉妬の色が浮かぶ。
「こいつか?こいつはアンナという騎士だ。何で、盗賊退治に出てきたかはしらん。昔、一緒に旅したことがある。」
「そうだ。サイトゥと私は前に一緒にパーティを組んでいた仲間だ。魔物よ。何でサイトゥのストーカーしているのかは知らんが、とっとと死ね。お前ら、魔族は皆殺しだ。」
アンナが勝ち誇った顔でラウムを見る。
「殺しますよ。」
ラウムが目を細めてアンナを見る。
サイトゥはため息をつきながら、ラウムとアンナに静かに話しかける。
「やめろ。ラウム。こんな所で。後、アンナ。見た通りラムウは今は獣人の見た目だぞ。こんなところで獣人を魔物呼ばわりしていると、不味いぞ。」
先の魔王との戦いで獣人は人間と共に過酷な戦争に参加してくれた。
高い身体能力で人間よりも過酷な前線で大きな犠牲を払ってだ。
それには人間も深く感謝しているものも多い。
獣人を差別することは、今は少なくなったし、差別する人間は逆に殴られることが多い。
「くっ。」
アンナは悔しそうにラウムを見る。アンナとて、獣人をバカにする気はまったくない。
「ぐぐぐ、まあ、コイツの事は後でいい。おい、サイトゥ!貴様、何故、私をヤり逃げした!」
ぶーーーーーーーーーーー
サイトゥは、茶を吹き出す。
「あらあら、おかわいそうに。」
ラウムはニタニタしながら、アンナを哀れみの目でみる。
「おい、いつ俺がお前を、やったんだ?」
「何?忘れたとは言わさんぞ!あの、魔王城の突入戦の時だ。お前は、その、私の鎧を脱がさせ、その・・私の初めてを・・・・」
アンナは顔を真っ赤にして、モジモジしながら、言い淀む。
サイトゥは前からアンナの事をオカシイ奴だと思っていたが、とうとう本格的にイカれたかと警戒する。
「何を言っているの?お前。あの状況で、んな事、出来るわけないだろう?」
「そんな事ありません。魔王様のスピードをもってすれば、30秒もあれば、一人や二人、軽いものですわ。」
「お前は、黙ってろ。」
茶々を入れるラウムを睨む。
「とぼけるのか?お前は、痺れて動けない私に無理やり・・・」
?、まさかアレの事を言ってるのか?サイトゥは気がつく。
「おまえ、まさか毒喰らって、ひっくり返った時の事か?」
コクリと恥ずかしそうに、頷くアンナ。
「いや、だってお前。ありゃ、特殊な毒喰らって死にそうになった時、シンシアの解毒魔法効かなかったからだろ。俺がしょうがないから、経口で解毒剤飲ませただけだろ。そうしなきゃ、死んでたぞ。お前。」
「だ、だが、キスには違いないだろう。せ、せ、責任を、責任とれ。」
「なんだ?責任って?あの後、謝っただろうが。なんだ、金なら無いぞ。」
「ち、違う。そ、その・・・男の責任の取り方は、け、け、結婚しろっ!私をお嫁さんに、もらえっ!」
「・・・・・・・」
サイトゥは絶句する。
どうも、本当に頭がおかしくなったらしい。コイツが溺れて人工呼吸されたら ソイツがどんな奴でも、結婚するのだそうだ。
「何いってんだ、お前は。何だか分からんが、断る。お前の言うキスは、その辺の犬にでも舐められたと思って忘れろ。」
「ちがう!サイトゥは犬じゃない!」
アンナが大声で叫ぶ。アンナの座るテーブルにポタポタと滴が落ちる。
「初めてのキスだったのに。そんな言い方は酷い。なんで、そんな事言えるの?えっぐ、えっぐ。女の子には、とっても大事な事なんだよ?」
いやいや、何が女の子なのか。この女、さっきまで男女問わず、拳で十数人撲殺してたんだぞ。サイトゥは心でつっこむ。
「いや、言い方が悪かった。謝る。お前がキスを大切にしていた事に気がつかず、経口で薬をのませた事も軽率だったかもしらん。これも謝ろう。だが、それだけで、責任うんぬんは、お前の為にもならないぞ。お前ほどの家柄なら、もっと良い縁談も有るだろう?」
そう言いながら、サイトゥはチョッと考える。
コイツは美人だし、スタイルも良い。
だが、山賊を嬉々として撲殺するような奴に、婿に来るような奴がいるか?
まあ、世の中にはいろんな奴いるしな。
「いやだ。私は初めてキスした王子様と結婚するって決めてたんだ。だから、サイトゥは責任とって。」
そう言って、涙で濡らした瞳を上目遣いで、サイトゥを睨むアンナ。
「いや、普通はキスとかで責任取らないよ。そうだな・・・子供が出来たとか、そういうのが、普通、責任問題とかになるぞ。」
「じゃあ、子供をつくる。サイトゥの子供産む。」
サイトゥは頭が痛くなってくる。
コイツは何でこんなに思い詰めて要るんだ?
何がしたいのか、分からない。
「ダメです。魔王様の御寵愛を受けるのは私だけで、十分です。あなたは、とっとと国に帰って、その辺の犬とでもやってなさい。」
ここで、ラウムが乱入。
「何故、煽る。」
サイトゥはラウムを睨む。
「なんだとっ、子供の格好した魔族が無礼な口を利くじゃないか。はっ!まさか、サイトゥはロリコン・・・・」
アンナが哀れみを帯びた目でサイトゥを見る。
「違う。」
「ほら、サイトゥは、お前みたいなお子様魔物はお呼びではない。しっ、しっ。それで、サイトゥ。子供は何人欲しい?」
ガタン!
ラウムが立ち上がる。それに呼応してアンナも立ち上がる。
サイトゥは、頭をかかえる。
何なんだコレ。何の罰ゲームを俺はやってんだと。
「隊長ー、隊長ー。ああ、探しましたよ。」
遠くから、声が聞こえ、ガチャガチャと鎧を鳴らして5人の重騎士が集まってくる。
「何だ?」
アンナが答える。
「何だ?じゃないですよ。隊長、急に走り出すから。探しましたよ。あの、魔物はどうしたんですか?」
「ああ、まあ、なんだ。取り逃がした。」
アンナは流石にその戦っていた魔物と席を一緒にしていた事は、憚れるのか誤魔化すらしい。
「それで、そちらの方達は?」
「ああ、友人だ。たまたま、会ってな。」
「そうですか。それでは、我々は冒険者ギルドの出張所に山賊の始末が終ったこと報告していきます。その後、お迎えに参ります。」
「そうか。ご苦労だが、宜しく頼む。」
「わかりました。」
騎士達を見送って、アンナが座る。
気勢を削がれたのか、ラウムも座ってお茶をすすり始める。
「おい、そうだ。サイトゥ。なぜ、魔の宝玉を盗んで逃げた?公にはなっていないが、皆、血眼になって、お前を探しているぞ。」
さっきとは変わった真剣な顔でサイトゥにアンナは尋ねる。
サイトゥは話の優先順位が激しく間違っている気がするが、それに答えるのでもなく、漏らす。
「盗んだ、そうだな。そう言うことになるのか。いや、盗んだ訳では無いんだが。」
そう言って、サイトゥは雑嚢に手を突っ込んで、クソ宝玉をアンナの前に置く。
「ほら、宝珠だ。お前に渡すから、返してくれよ。」
「なっ、これは・・・確かに以前見た魔の宝珠。何故、こんなに簡単に返すんだ。じゃあ、何で、盗んだ?」
サイトゥの意図を測りかね、訝しげにサイトゥと宝珠を見るアンナ。
「そうか、お前は毒で魔王との戦いには不参加だったからな。まあいい。とにかく、返したぞ。後は、宜しくだ。」
「ちょっ、お前何処にいく!理由を聞いてないぞ!」
「いずれわかる。この宿場町には二、三日居るつもりだ。何かあったら、”双子の蜂"って宿にいるから、そっちこい。早く、宝珠戻しといた方がいいぞ。」
宝珠とサイトゥを交互に見ながら、アンナは混乱する。そして、あっと気がつく。
「それと、結婚!結婚の件!」
「そっちは頭を冷やせ。」
「くっ」
サイトゥ達と宝珠を互いに見ながら、アンナは、まずは宝珠を戻すことを優先したのだろう。石をもって走り出す。
「何も言わないんだな。魔の魂を渡した事。」
サイトゥは隣のラウムに聞く 。ラウムはクスクス笑いながら答える。
「わかってますよ。魔の魂は魔王様から離れると、溶けてしまい、魔王様の近くにまた、作られます。なので、誰かに渡しても何の問題もありません。あの、乳女を追っ払う為に渡したんでしょう?」
サイトゥは驚く。
「え、何?そんな仕組みなの?じゃあ、同じ物だと思ってたけど、毎回、作り替えていたのか。」
サイトゥは考え込む。あの宝珠とはなんなのだと。そんなサイトゥを見ながら、ラウムは笑顔で話しかける。
「そうだ、魔王様?」
「何だ?」
「子供は何人欲しいですか?私は何人でも良いですよ。」
「断る。寝言は寝て言え。あ、そうだ。宿はシングルしか取ってないから、お前は外で寝るか、適当にしとけ。」
「ふふふ、そういうプレイですか。良いですよ。全裸で魔王様の部屋の前に立っていますね。あ、縛ってもらっても良いかもです。」
「はははは、そんな事したら殺すぞ。」
サイトゥは舌打ちする。
「ちっ、部屋を取り直しかよ。めんどくさい。」
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