第2話 パーティ
〜♪
優雅な音楽、広々とした大広間に等間隔に並ぶ机へと乗せられた高級料理の数々。
多くの企業や国の重役達が楽しげな表情の裏でお互いの腹を探り合い、あわよくば出し抜こうと考えている。
父と母は様々な国の権力者から媚びへつらわれ、姉と兄は多くの美男美女からアピールされて少し困った顔をしている。
私にも勿論そういう人が来るが、どいつもこいつも自分の価値を上げることしか考えていない様に見えて、本当に気分が悪い。
「ごめんなさい、少し外の空気を吸ってきますね」
出来るだけ優しい声と笑顔、つとめて淑やかにその場を去る。
誰の目にも映らない秘密のテラス、パーティが嫌になったら私はここで夜の空を見上げる。
その度に外の世界を焦がれ、願う様に月を眺め続ける。
眼下に見えるは相も変わらず騒がしく明るい城下町、少し見渡せば城壁の先にある森の一部が見えていた。
(あぁ、遠い…)
すぐそこに見える広い世界は、あの月よりもずっと遠い。
月はいつもあの森へと沈んでいく、あんな丸い綺麗な月でさえ、私よりもずっと世界を知っている。
教えて、あの森の向こうには何があるの?
海?それとも街?いやもしかしたら空へと通じてるかも…
ここに来る度そんな事を思い、焦がれる。
だがそれも長くは続かない、夢はいつか覚める、覚めるからこそ夢というのだから。
(…帰りましょう…)
いつもの日常に、退屈な現実に…
「まさかここにいらっしゃるとは」
「!?」
「お会いしたかった、エリーゼ王女」
突如、見知らぬ男がワインを持って背後から現れた。
茶色く短い髪に端正な顔立ちの好青年、高級そうな服を纏うすらりと伸びた手足が月に照らされながら、心地よいリズムで足音を奏でて、一歩一歩エリーゼの元へと歩み寄る。
「…どなたかしら?今は独りにして欲しいのだけど」
「これはこれは、憩いの邪魔をして失礼、少し貴方様とお話がしたく探しておりました」
ここも見つかった、また新しい所を探さなくては。
どんどんと私の世界が誰かに狭められる。
次は部屋にまで来るんじゃないか、などと考えてしまう。
「…こちら、良ければどうぞ」
両手に持っていたワインの片方をエリーゼへと差し出す。
「…感謝致します」
男はエリーゼの横から彼女が見ていたものと同じ景色を眺める。
「ここは良い国だ、人々は優しく明るい、飢える者も争う者も居ない、平和で偉大な国だ」
それはそうだ、この国にも民にも何も不満はない。
普通の幸せは並以上に貰えた、父が偉大だから、母が立派だから私は恵まれている。
だけど、私からすれば本当に窮屈だ。
ずっと、誰かから与えられた人生を歩んでいる、そう感じてしまう。
「…全ては父が治めているが故の必然です、もし称えたいのであれば、相手が違いますよ?」
「…いいえ、純粋にそう感じたんです、気を悪くされたなら申し訳ありません」
「………っ…いえ、私の方も失礼な良い方になってしまいました、謝罪致します」
私は本心で謝っていた。
何故だろう、それはその言葉に嘘偽りの気持ちを感じなかったからだ。
あのパーティ会場にいる人達が同じ事を言っても、恐らくこんな気分にはならない。
この人は心の底から、この国を褒めてくれた。
確かに他の国よりここは秀でている、だがそれを世辞で言うものは居ても本心で言う者は見た事がなかった。
初めて見るタイプの相手に、退屈によって廃れた心の高鳴りを僅かに感じる。
「…貴方…名前は?」
「生憎、王女に名乗る程の名など持ち合わせておりません」
「私が個人的に知っておきたいのです、もう一度貴方とお話出来るように」
「……成程、そこまで言われたら答えさせて頂きましょう」
「…私の名前はシルフ、以後お見知り置きを、エリーゼ王女」
「…シルフ…良い名です」
シーフ、泥棒みたいで…とは口に出さない。
「恐縮です」
丁寧に礼をするシルフ、その動き一つ一つが美しく、まるで童話に出てくる王子様の様に滑らかで綺麗な動きだった。
「…それでは、私は会場に戻ります…ここの事はくれぐれも秘密で」
そう言い残し、そそくさと会場へ戻る。
あぁ、何だろう、とても心地が良い。
毎日、こんな日々だったらいいのに…
「…………」
シルフは月明かりが眩しいテラスにただ一人ワイングラス片手に空を見上げる。
「…良い国は月夜まで綺麗なのか…」
空になったグラスを空に掲げ、少し残念そうな表情を浮かべて静かに呟く。
「……まさか、早速お目にかかれるとは…不用心な事だ」
(王女の持つ深紅色の首飾り…てっきり第一王女たるハンナ王女が持っていると思っていたが…珍しく外したな)
「…いい誤算だ、後はどうとでもなるな」
月を眺め、シルフは不敵に微笑む。
「あぁ、本当に…」
掲げたグラスを手放し、テラスの床へと落ちていく。
パリン!
グラスが割れる音が小さく響いた時には、シルフの姿は消え、砕けた透明の破片だけが月光に照らされ、僅かに輝いていた。
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