無垢で窮屈な王女はまだ見ぬ世界を望む

ヌソン

第1話 綺麗な夜

キィ…


部屋の窓を広げ、空を見上げる。

手が届きそうな程に大きな月と燦々と瞬く星が眼前に広がり、少し下を向くと星空に負けない程に明るい城下町の活気が街全体に広がっている。


「……はぁ…」

ウェーブがかった金色の髪の毛に、もふもふとした、高級そうなピンク色のモコモコしたパジャマを纏った15、6歳程の少女が、窓枠に肘を置いて退屈そうに溜息をつき。

太めのチョーカーから繋がるネックレスの先に付く、深紅色の大きな宝石が、月の光に呼応する様にキラリと煌めく。


「…退屈だわ…どうしてこんな退屈なんでしょう…」


少女の名は、エリーゼ。

このアルガリア王国の第二王女にして、外の世界を夢見る少女。


(毎日毎日、起きて朝ご飯食べて、ピアノや踊りの稽古して、メイドや執事と勉強して、パーティで愛想を振りまいて、空いた時間に何度も読み続けている御伽噺を読んで、時間が来たら眠る、それの繰り返し…)


何一つ不自由の無い彼女の人生、それがどれだけ幸せなのか、それを彼女は自覚している、した上でこの幸福で恵まれた毎日が心底退屈で煩わしい。

第一王女である姉も、王子である兄も優しく、国王と女王である父と母も厳しくも愛情を持って接していくれていると分かっている。


地位も環境もこれ以上無い程に恵まれ、無い事の方が難しい環境に生まれた彼女は、恵まれるが故に外との関わりが少なかった。


外交するにも向こうがこちらに来るし、そもそも、殆どの外交は第二王女の出る幕は無いからお留守番。


パーティでも、王位継承権が低いせいで結婚したいという相手もおらず、最低限の会話だけして、心は蚊帳の外。

エリーゼ本人も恋人や結婚などには全く興味が無く、余計に人との関係が薄くなっていく。


何よりも全てがこの城の中で事足りるせいで、わざわざ外に求めずとも簡単に手に入り、より外の世界と関わりを持つ機会を失った。


しかし、そんな状態でも王女という立場な以上、自由に外出も出来ないこの状況。


全ての環境がエリーゼの願いの妨げになっている。


その結果、徐々に膨らんだ彼女の好奇心は、一種の破滅願望にも似た自由への憧れに変わり、ずっと心の底で燻っていた。


外の世界を五感で感じたい、一度でいいから何かを経験したい。


パレードでよく見るビールってどんな味?

一日中仕事で頑張った人達の汗の臭いは?

太陽が照りつける原っぱで寝転んだ時の感触は?

海はどんな風が吹いて、どんな音が波で鳴るの?

この国以外の城下町の景色は?


その全てが想像の域を出ない、自分の僅かな経験や写真などの実物では無い情報を組み合わせて、想像の中で作り上げるしか無い。


「誰か…優しい泥棒がわたくしを連れ去ってくれないかしら…

私を連れ去った事で、泥棒は国から私を連れて逃げて、色んな所に連れていって…」


そんな妄想……もとい想像を膨らませる。

彼女の毎日読んでいる御伽噺に出て来た、王女を攫った優しい泥棒。

金目当てで王女を連れ去るが、そのわがままさに振り回され、疲れ果てる毎日。

だが、そんな日々を楽しいと感じ、いつしか二人は惹かれ合い…そんなロマンチックなご都合だらけの御伽話。


「…ある訳…無いわよね…」


ため息と共に想像でしか欲望を満たせない状況とそれを望む自分の贅沢さに呆れる様に窓を閉め、部屋の電気を消す。

クイーンサイズの綺麗に手入れされたふかふかのベッドへと体を潜らせ、ゆっくりと目を瞑る。

(明日は…少しでも違う明日になりますように…)

そうはならない、分かっている事だが、エリーゼは願わずには居られない。


何度も見た明日とまだ見ぬ世界への想像を膨らませながら、エリーゼは眠りの中へと落ちていった。





「…よし、明日からかな」

月の光に照らされつつ、己の輝きで夜を照らす城下町の一角にある、何にも照らされることの無い路地裏で気取ったように男は立っている。


「…王女の持つ、王家の首飾り…」


ピン、と指でコインを空に弾き、高速で回転しながら落ちてきたコインをキャッチする。


「………必ず、手に入れて見せる」

男は再びコインを空に弾くと、次は見向きもせずに路地裏の闇から、光り輝く街の喧騒へと消えていく。


チャリンチャリン…


落ちたコインは"表"のまま、闇の中で静かに一人、誰にも知られる事無く、鈍色に輝き続けていた。

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