第2章
第12話
「ねぇ凌乃、この問題教えてくれない?」
ベッドの上でゴロゴロしているわたしに、春歌が遠慮なく声をかける。
相変わらずわたし達は、春歌が予備校の日に一緒に過ごす日常を送っている。お迎えも続けているし、以前は週末だけのお泊まりも、今では平日にも泊まるようになっていた。
「えー? まだやるのぉ?」
「もう少し。この間の模試、あんまり良くなかったのよね」
母親と喧嘩したのに勉強はやるんだよなぁ。
あの後、劇的になにかが変わるようなドラマティックな展開はある訳もなく。春歌は母親を避け、母親は春歌に極力関わらないようにしているらしい。つまり膠着状態。
おかげで春歌がうちに来ることが増えたし、わたし的には悪くないかも。
けれど、この展開はいただけない。
「やだー。もう寝ようよぉ、春歌ベッド来て」
「まだ寝ないから。凌乃、この問題だけ」
「さっきもこの問題だけって言ってたじゃん」
「本当にこれだけ。ね? お願い、友達でしょ?」
そう、それだ。わたしと春歌は友達、らしい。
今わたしを悩ませる最大の問題。友達。これはなかなかに厄介で、正直どうしていいかわからない。
最初は嬉しくて仕方なかったはずなのに、冷静になればそれは、喉に引っかかった魚の小骨のようにチクチクと気になる存在だった。
「なに変な顔してるのよ」
「⋯⋯別に」
「なんなのよ、気になるじゃない」
「なんでもないよ、どの問題?」
わたしは起き上がって、テーブルに広がる参考書に目をやる。
「なんでもないって言う時って、なにかあるのがお約束なのよね」
「もー、いいから。わからないのどこ」
「はいはい、わかった。ここなんだけど――」
わたしから解答のヒントをもらい、参考書に目を落とす春歌の横顔を見つめる。元々の大人っぽい顔つきに、年相応の少女らしさが入り混じる。大人と子供が混在する今だけの横顔。
――綺麗だなぁ。
「よし、解けた。⋯⋯なに?」
「なにが?」
「いや、見てるから」
「見てない。わからないとこできた?」
「一応解けたけど⋯⋯。見てたよね?」
「見てないってば。もう終わったなら寝ようよ」
「あっごめん、やっぱりこの問題もいい?」
「えー、まだあるの?」
「ごめん、本当にこれで最後だから」
「いいけどさー。これで終わりね、約束。どの問題――」
それから春歌が躓いていた問題を教え、約束どおりわたし達はベッドにいる。いつものごとく、春歌を抱き枕にして寝る準備だ。
「春歌、キスして?」
「またぁ? 凌乃は本当に甘えん坊だよね」
文句言うくせに、春歌はいつもしてくれる。
友達だから?
「ん⋯⋯、えっちは?」
「また言ってるし。しないってば」
「そっか⋯⋯」
えっちはしないらしい。
友達なのに?
「凌乃、また変な顔してる」
「してない」
「してる。どうしたの?」
「どうもしてない」
わたしは春歌の胸に額をグリグリ押し付けて顔を隠す。
「もう、本当になんなのよ」
「⋯⋯もう寝よ」
「はぁ、わかった」
春歌はそれ以上聞かず、あやすように背中を撫でてくれる。
「春歌、ぎゅってして」
「はいはい。眠れる?」
「⋯⋯わかんない」
「そっか、眠れなかったら起こしていいからね」
「うん。おやすみ、春歌」
「おやすみ、凌乃」
――眠れない。半ば眠ることを諦め、ベッドの上で膝を抱え、眠る春歌の顔を見つめる。寝ていても綺麗な顔をしていて、ずっと見ていられそうだ。
友達か。あー、やだなぁ⋯⋯。胸がザワザワして落ち着かない。
セフレだったら話は簡単なのにな。分かりやすく身体を目的にしてくれるから。わたしのことを求めてくれる理由が分かる。
友達って、なにをあげればいいんだろう。
春歌は、わたしといて、なんのメリットがあるんだろう⋯⋯。
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