第11話


「春歌を泊めて、わたしにメリットあるの?」


 ベットに座った凌乃が、やたらと爽やかな笑顔で意地悪なことを言う。

 床に座る私を見下ろす目は、どこか機嫌が悪そうだ。

 

「いつも泊まってるんだから、別にいいでしょ?」

「どうしよっかなぁー、嘘つかれたしなぁ」

「それは、さっきいいって言ったじゃない!?」

「あー、傷ついたなぁ。しくしく」

「くっ⋯⋯、こいつ」


 あからさまな嘘泣きしてぇ!


「⋯⋯どうしたら機嫌直してくれるの」

「えー? なにしてもらおうかなぁ?」

「めっちゃ笑顔。嘘泣きはどうしたのよ」

「春歌がなんでもしてくれるって言うから」

「なんでもじゃないから! っていうか、嘘泣きは否定しないのね!?」


 本当に清々しいほどにふてぶてしいわね!?


「春歌さっきからうるさいよ?」

「誰のせいよ!」

「んー、わたし? じゃあねー⋯⋯」


 凌乃がニヤニヤしながら私の腕を引っ張る。

 勢いのまま私がベッドに押し倒すような姿勢になり、凌乃は私の首に腕を回してくる。


「はぁ、凌乃はすぐこういうことする」

「春歌とキスするの気持ちいいんだもん」

 

 甘えるような視線に誘われ、私はため息を吐きながら軽いキスを落とす。


「ねぇ、それじゃ足りないよぉ」


 唇を指でなぞり、わざと触れるようなキスだけしていると、凌乃はすぐにおねだりをしてくる。

 こういうときの凌乃はとても可愛い。


 顎を軽く撫でてやり、舌先で唇をくすぐる。凌乃が気持ちよさそうに目を細め、私は薄くあいた唇の隙間から侵入していく。凌乃の舌が私を受け入れるようにつつみ込み、柔らかさの中に混じる硬い感触。


 ――気持ち、いい。


 凌乃の手が私の背中を撫でた。ゾクリとする感覚と共に、シャツの中に凌乃の手が差し込まれ⋯⋯。

 

「⋯⋯えっちはしないから」

「残念。やっぱりだめか」


 凌乃がいたずらっぽい表情で舌を出す。そこにはいつもどおり舌ピアスがあって、思わずドキッとしてしまったのは秘密だ。


 凌乃に覆いかぶさっていた私は、凌乃の手を軽く払いのけ隣に寝転がる。


「だいたい、友達が困ってるんだから普通に泊めてくれても良くない?」

「えっ? 友達?」

「はっ?」

「えっ?」

「⋯⋯」

「⋯⋯」


 お互い真顔で見つめあってしまった。

 

「あんた、私のことなんだと思ってるわけ?」

「えっ? セフレ?」

「ヤってないから!!」

「たしかに」

「頭良いくせにバカなの!?」


 本当なんなのこいつ!

 

「そっかぁ、春歌は友達なのかぁ」

「⋯⋯なによ、私が友達じゃ不満なわけ?」

「友達できたの初めてかも」

「はっ? 本気で言ってる?」


 たしかにいつもクラスでもひとりだけど、今まで友達がひとりもいなかったなんて普通ある?


「いつも、どこかしら怪我してたからねぇ。親から凌乃ちゃんと遊んじゃダメって言われるんだって。そりゃあ親も自分の子供をこんなのと関わらせたくないよね」

「あー⋯⋯。そう、なんだ」

「そっ、だから春歌が初めての友達」


 凌乃がいつになく嬉しそうな様子で、私を抱きしめる。


「あっ、凌乃。私のこと泊めるメリットあった」

「えー、なにぃ」

「抱き枕。私がいないと眠れないんでしょ?」

「そうきたかー、なるほどねぇ」

「仕方ないから一緒に寝てあげてもいいわよ」


 私にそう言われた凌乃は、一瞬キョトンとした表情を浮かべ、ニヤリと笑う。


「へぇ? 春歌も言うようになったねぇ」

「誰かさんが、甘えん坊で私にベッタリなので」

「私の抱き枕が、生意気で可愛いのが悪い」


 クスクス笑いながら、どちらからともなく軽いキスをする。


  

「抱き枕なら仕方ない。泊めてあげる」

「ありがとう。仕方ないから一緒に寝てあげる」


 そんなくだらないことを言い合いながら、今日も私は抱き枕の役割を果たしていく。




[第1章 完]

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