私が抱き枕になるまでを説明をいたします ~私と彼女の秘密の事情~

佐久間 円

第1章

第1話


「ねぇ、君死ぬの?」


 予備校の帰り。歩道橋で、知らない女の子に声を掛けられた。


「死にたいならさ、早くしなよ」


 彼女は、言葉とは裏腹にとても優しい笑顔をしている。

 

「え? あっ、いや、そんなわけ⋯⋯」


 歩道橋に寄りかかり親しげに話しかけてくる彼女は、見た目から自分とは正反対で、普段の私だったら関わることのないタイプだったはずだ。名前も知らないその彼女は、胸元のあいたインナーにライダースを羽織り、ミニスカートから惜しげもなく細い足を晒している。


「だってさっきからずっとしてるじゃん。そのままそこから飛びたいんじゃないかなって思ったんだけど?」

「ちがっ、う⋯⋯」

「ふーん?」


 確かに私は彼女の言うように歩道橋にいる。

 激しく行き交う車に目をやり、歩道橋の縁から軽く身を乗り出し、そのままそこから動けずにいた。


 ――私は、死にたい⋯⋯?


「いいじゃん別に。死んじゃえば?」

「えっ?」

「そこから飛んじゃえ。きっと気持ちいいよぉ?」

「⋯⋯っ!? あなたさっきから一体なんなんですか!? 初対面の人に、いきなりそんなこと言われたくない!」

「ふーん? なるほどね」


 彼女はなにが楽しいのか、ずっと笑顔だ。


「ねぇ、どうせ死ぬなら君のこと貰っていい?」

「はっ? なにを言って⋯⋯」


 言いかけた言葉は彼女によって塞がれた。

 唇にふれた柔らかい。目の前に広がる綺麗な顔。

 

 ――えっ? 私、キスされた?


「はぁ!? ちょっ、と、なに!?」


 私は反射的に突き飛ばそうとするが、彼女の身体を押し返そうとした腕を捕まえられてしまう。


「離して⋯⋯っ!?」


 唇を強く押付けら、ふたたび口を塞がれる。身体は歩道橋の縁に押しやられ、身動きが取れない。


「ちょっ! やっ、んんっ!?」


 反論の為に開いた隙間に舌をねじ込まれ、思わず息が止まりそうになった。

 舌を絡め取られ、歯列をなぞられ、抵抗する力を奪われていく。

 

 ――なにっ、なんか、変な感触⋯⋯。


 柔らかい舌の感触に、硬い別の感触が混じる。その硬いなにかで上顎を撫でられ、背中をゾワゾワした感覚が這い上がっていく。

 

「んん、⋯⋯まって、いき、で⋯⋯きない」

「えー? 仕方ないなぁ」

 

 下唇を軽く甘噛みされ、身体に酸素は取り込まれたはずなのに、呼吸がさらに乱れていく。


「ほら、こっちも」


 掴まれていた腕を無理やり引っ張られる。

 彼女は私の腕を口元にやり、手首の内側を噛む。途端、ビリビリとした快感が身体を走り抜けた。


 ――なんで、噛まれただけなのに⋯⋯。


 彼女は私の腕を掴む手とは逆の手で、私の首を強く締めてくる。グッと息を詰まらせ咳き込みそうになった瞬間、力が緩められる。私の首にふれたその手は、そのまま首すじを撫でていく。

 頭の奥が痺れて、身体から力が抜け落ちる。


 だめ、立ってられない⋯⋯。

 

 ずり落ちそうになる私の身体を彼女は抱き寄せ、そのまま歩道橋に張り付けた。

 強い視線に射抜かれ、彼女から目が離せない。

 

「気持ちいい?」

「ふ、ざけんな⋯⋯」

「あはは、可愛い」


 彼女はとても楽しそうに笑いながら、私の手首を舐める。


 ――ピアス?


 彼女の舌にはピアスが開いていて、キスされた時の感触がだと、鈍った頭で理解する。

 さらに手首を歯で軽く撫でられ、またあの快感に襲われた。


「それ、やだ、離して⋯⋯」

「いいけど、離して大丈夫?」


 やっと解放されたものの、彼女の言うように力が入らずズルズルと座り込んでしまった。そんな私の様子を、彼女は満足そうに見下ろしている。

 


「勝手に死んじゃだめだよ? もう春歌はるかはわたしの物だから」

 

 ――えっ? なんで名前⋯⋯。

 

「また学校で。ばいばい春歌」


 私は呆然としてしまい、彼女がいなくなった後もしばらく立ち上がることができなかった。




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*同時連載*

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