トースト

オフライン猫

トースト



キーンコーンカーンコーン

放課後のチャイムが流れる。

ぞろぞろと教室から生徒が流れ出て行くが、全くその流れに乗らない生徒が2人いた。

中肉中背の生徒と身体の線の細い生徒だ。

そのうち中肉中背の生徒である俺は、教科書を鞄に仕舞いながら早々に帰り支度を済ませた親友、永井計ながいけいの無駄話を聞いていた。

というのもこの親友は物好きで物知りと無駄な知識には事欠かないため、一度話をさせれば沈黙には困らない質でその近くにずっといた俺が寡黙とクラスで評される程だ。

そんな計の人柄も手伝い、計が俺の帰り支度が終わったのを待ってましたと言わんばかりに切り出したこの話も最初は与太話だと思っていた。


「食べたら絶対に口の中を火傷する、そうと分かっていても1度食べた人間は何度でも食べたがる熱々のトーストを食べにいかないかい?」


初めに聞いた時の心境は、なんじゃそりゃ?だ。

計の話が胡散臭いのはいつもの事だが、今回は都市伝説のような大仰な語り口も相まって胡散臭さしか感じなかった。

懐疑の視線を送る俺に対して計は飄々とした態度で、まぁ聞けよと言った。


「この古ヶ丘には長く続いてる老舗が数多くあるのは知ってるだろ?」


「まぁ、知ってる。値段が高くてあんまり行かないけどな」


「僕の高校生活中に達成したい目標の1つに古ヶ丘市の老舗完全制覇があるんだけど……」


「そんな事のためにバイト掛け持ちしまくってるのか」


「まぁね。で、僕は毎回1店舗につき1番評判の1品を食べる事に決めているんだ。」


「なるほど、それでトーストか」


「そういうこと。でも困ったことにネットで調べた限りだと次に行く予定の店で評判なのはピザトーストなんだよ」


「……? どういうことだ? トーストが評判だから食べに行くって話じゃないのか?」


「うん。そうなんだけどトースト"も"評判なんだ」


「トーストも…?」


「そう。バイト帰りにその店の周りでオススメの品を聞いたんだけど不思議なことに大体の人がトーストをオススメするんだ」


「それは不思議な話だな。それで、なんで俺をトーストを食べに誘うって話になるんだ?」


「それは……」


そこまで話すと計は唐突に黙り込み、パンッと顔の前で手を合わせた。


「頼む!!一緒に店に行ってトーストを僕に分けてくれないか。半分とは言わない。僕のピザトーストも分けるから!!」


俺は計がトーストを食べに誘った理由を悟りため息をついた。

そうだ、計は昔からこういうところがあった。

正直行く義理は全く無いが、先程の計の話を聞いているうちに俺も半ばトーストを食べたい気分になっているのも隠しようのない事実だった。

懇願ポーズのまま固まった計を見ながら俺は自分の財布にいくら入っていたかを思い出していた。


「わかった。行くよ」


俺がそう言うと計はしたり顔で礼を言った。計に乗せられた事は分かりきっていたが、そんなことよりも今は空腹が大事だ。早くトーストを食べて計のしたり顔を忘れよう。

俺は鞄を肩にかけ、椅子から立ち上がった。

早くトーストを食べたいという気持ちは計も同じだったようで件の店へ向かう道すがらの計はいつもより気持ちはやく歩いていた。


「ついた。ここだよ」


高校からしばらく歩いて計が立ち止まったのは商店街の隅にある喫茶店だった。

外装はレトロな喫茶店そのものでガラス越しに見える店内からは落ち着いた雰囲気が感じられる。


「ここに入るのか」


「そうだよ。さ、日が沈まないうちに入ろう」


計が喫茶店のドアを開ける。

カランカランと子気味のいい音と共にいらっしゃいませーという声が聞こえた。

声を発したのは妙齢の女性店員であり、店内は彼女1人で回しているようだった。

案内されて窓際の向かい席に着く。

そしてすぐに店員がグラスに入った冷水を机に持ってきたので、俺と計は早速注文をすることにした。


「注文いいですか?」


「はい、何になさいますか?」


「ピザトーストとトーストを1つずつお願いします」


「ピザトースト、トーストを1つですね。トーストのトッピングは何になさいますか?」


店員の言葉に俺は固まった。

トッピング?トーストにトッピングが存在するのは初耳だ。メニューを開いて見ると下の方に書いてあった。


「バターといちごジャムでお願いします」


「かしこまりました」


注文が終わり店員が去ると計はメニューを開き出した。


「頼むのはピザトーストだけじゃ無かったのか?」


「ああ、もちろん頼むのはピザトーストだけだけど。これは次来た時に向けてメニューを吟味してるのさ」


「次って……」


このとき、計のあらゆる物事に対する興味の節操の無さが普段の無駄話に生きているのかもしれないと思った。

計が静かになったので俺も文庫本を鞄から取り出し栞を挟んだ箇所から読み始めた。

文庫本を読み始めて5~6分程でトレーを持った店員がやってきた。


「お、お待たせ致しました。こちらピザトーストと、トーストと、トッピングになります」


「あ、はい。……ありがとうございます」


この時、俺と計が驚きで返事が遅れてしまったのも無理は無い。

まさか自分たちと同年代の人間がこんな商店街外れの喫茶店で働いていると思わないだろう。

それは彼女も同じだったらしく髪型をショートボブにして、伏し目がちな少女店員はオドオドとしていて、少しだけ彼女にも悪い事をしたと思ってしまう。

俺と計は気まずい空気になる前にトーストを食べることにした。

トーストは薄らと湯気が立っており、両端を持って引き裂くと中からハッキリと目に見える湯気が現れた。

湯気と共に焼けたパンの香りが立ち上ってくる。

正直このまま齧りつきたいが、衝動を我慢しもうトーストをもう半分に千切る。

そして、バターといちごジャムを塗っていく。

計が語ったようにトーストは熱々でバターといちごジャムが溶けるように表面に吸い付く。

トーストが冷めないよう迅速に、充分に塗れたら1も2もなく噛り付く。

サクッという音と共に口内に熱が広がった。

熱い。

トーストの厚さが親指ほどあった為、千切った後バターやジャムを塗ってもまだ熱い。

しかし、舌の上で溶けだしたバター、ジャムが口の中を香りで満たしてくれる。

確かに、これは口の中を火傷しても食べたくなる味だ。

正面を見ると計が半切れにしたピザトーストを頬張って、笑みを浮かべていた。

多分今俺と計はお互いに同じことを考えている。

『コレを熱々のうちに食べないのは勿体ない』と。

口の中が空になるとすぐさま俺と計は互いの皿にあるトーストを手に取り噛り付いた。

口の中の火傷が悪化したのは言うまでも無い。

しかし、俺達は満足だった。

帰り道、俺と計の会話は専らトーストのことについてだった。

確かにトーストは美味しかったが、ボリューム満点のピザトーストを下げてまで高校生にオススメする理由が分からなかったからだ。

これについて計はこう語った。


「これは個人的な見解なんだけど、僕が質問して回った人達が本当にオススメしたかった1品はトーストじゃなくてあの女の子に給仕してもらう『癒し』だったんじゃないかって思うんだ。だから本来評判の1品としてオススメしたいピザトーストの値段で2回来れるトーストを僕にオススメしたんだ。」


計は得意げに語っていたがこの話は俺の中でどうもしっくり来なかった。

それは『癒し』として来るなら尚更ボリュームがあって美味しいピザトーストを勧るのではないかという考えが話の途中から浮かんでしまったからだろう。。

しかし、隣で楽しそうに語る計に否定の言を出せなかった。



結局、なぜトーストをおすすめされたのかについて答えの出ないまま、日が傾いてくると計はバイトがあると慌てて着替えを取りに家に帰っていった。

計の走り去る姿を見送りつつ、何となしに夕陽を眺めて満足感に浸っていると何とも有り得そうな仮説が頭の中に浮かんだ。

もし計がバイト用の服で帰ったとしたら、体格からして細いから塾帰りの中学生に見えても仕方ないかもしれない、と。

だとすると…。

大人は中学生に800円のピザトーストをおすすめしないかもしれない。


「いや、まさかな」



俺の独り言は誰に向かうでもなく、商店街の黄昏に飲み込まれていった。

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