第186話竜の怒り

ブランドが、ドロール カフカの一族を捕らえた頃、

ユグドラは、七西連合のナト地区の上空を飛んでいた。




前代表のホグ亡き今、この地区を陰から仕切っているのは、

商人のランドルフだった。


ランドルフは、空を飛び交う竜を見ている。




「どうして、こうなった!」




何もかも上手く行くと思っていただけに、動揺が隠せない。




「竜の卵は、闇ギルドの者達が上手く奪った筈だ・・・・・・

 それなのに、何故・・・・・」




ナト地区周辺の道は、既に竜人達が押さえている為に、逃げる事は出来ない。




――グヌヌヌヌヌ・・・・・




空を睨むランドルフのもとに、兵士が報告に来る。




「兵士500名、傭兵200名、屋敷の前に、集合致しました」




「よし、わかった!」




ランドルフは、総勢700名の兵士の出迎えを受け、意気揚々と声を上げた。




「これより、竜を退治する。


 見事に打ち取った者には、褒賞金を与えよう。


 貴殿らの活躍に期待する」




ランドルフの言葉に、兵士と傭兵は、歓喜の声を上げていた。




――これで、時間が稼げる・・・・・


  その間に、逃げよう・・・・・・ 




ランドルフは、勝てるとは思っていない。


だが、逃げ道を失っている状態では、何か策を練る必要があった。


そして、思い付いたのが、700名を犠牲にする作戦だ。




何も知らない兵士達は、金に目が眩み、ランドルフの作戦に乗ってしまっている。




ナト地区の上空を飛び回るユグドラと下級竜とワイバーン達。


その集団に向かい、開戦を知らせるかのように魔法が飛んで来た。




「ほう・・・・・」




一段と険しくなるユグドラの瞳。




「遠慮は、要らぬ・・・・・始めよ・・・・・」




ユグドラの指示を受け、一斉に攻撃を始める竜達。


地上から、魔法で応戦するランドルフ軍。




しかし、そんなもので竜に対抗できる筈が無い。


魔法の直撃を受けても、傷1つ付かない竜達は、ブレスで応戦する。




「魔法など・・・・・・鬱陶しい・・・・」




一体の竜は、『ファイヤーブレス』を魔法士達に向けて吐く。


空から降り注ぐ炎に、成す統べなく灰と化す魔法士達。




その光景は、ランドルフ軍に、大きな精神的ダメージを与えた。




「あ、あんなの勝てっこねぇ・・・・・」




1人の呟きが、恐怖を伝染させる。


一斉に、隊列から離れ、逃げ出す兵士達。




「お、俺達も逃げるぜ。


 こんな事で、命を失いたくねぇ」




少し遅れて、傭兵達も戦列を離れ、逃げ始めた。


四方八方に、逃げ惑う者達に襲い掛かるのは、

ユグドラが連れて来ていたワイバーン達。




ワイバーンは、水鳥が、水面の魚を獲るかの様に、

人々を嘴で攫う。




「ひぃぃぃぃ!


 助けて・・・・・・」




捕らえられた人間は丸飲みにされ、跡形も無く、この世を去っていく。




ワイバーンを警戒し、物陰に隠れた兵士達もいたが、

そこに現れた竜人達により、命を絶たれた。



また、竜人達は、捕らえた兵士に、ランドルフの屋敷を聞き出し、

屋敷へと向かった。




その上空には、ユグドラが続いている。




「・・・・・あそこです」




竜人は、ワイバーンに指示を出し、地上に降りる。




「屋敷の者達を、全員捕らえよ、

 反抗する者に対しては、遠慮は無用だ!」




竜人【ルカ】の指示で、屋敷に雪崩れ込む竜人達。


屋敷にいた者達は、大人しく従う者もいたが

中には、抵抗した者達もおり、その者達は、全て、その場で殺された。




ルカは、抵抗をしなかった者達に聞く。




「ランドルフは、何処にいる?」




「す、すみません。


 その・・・・・姿が見えなくて・・・・・」




ルカは、屋敷から飛び出し、ユグドラに合図を送る。


合図を受け取ったユグドラ。




「逃げただと・・・・・・」




ユグドラは、旋回し、ナト地区の中心へと向かう。


そして、中心と思われる場所に降り立った。



ユグドラは、大地が震えるほどの声で、叫ぶ。



「人族よ、聞くのだ。


 我の目当ては、ランドルフ。


 貴様等が差し出せば、これ以上の殺生はせぬ。


 だが、庇い立てするのならば、この地を焼き尽くそう」



大地を震わすユグドラの言葉。



家族の為、保身の為、それぞれの思惑があるが、

ランドルフを差し出せば、助かるとの考えが浮かぶ。


家屋から飛び出し、必死にランドルフを探す住人達。


完全に逃げ場はないと思われた。


だが、そんな中でも、ランドルフを庇う者がいる。



ダローズ商会の【ダローズ】だ。



ダローズ商会は、大きな商会では無いが

ランドルフとは、付き合いがあった。


正しくは、ランドルフの子飼いの商人で

表での付き合いは一切なく、

裏の仕事だけを任されていた男なのだ。


だが、竜という存在は、そんな男にも動揺を与えている。




――私は、どうしたら・・・・・



今回も、ランドルフが、数名の護衛を引き連れ、

この商会に、逃げてきた時、

素直に、ランドルフの命令に従い、この地区から逃がす手筈を整えていた。



しかし、現在、街は、ランドルフを探す者達で溢れている。



――このまま従えば、私は・・・・・



保身を考え出した時、扉が強く叩かれた。




――不味い、どうしたら・・・・・




返事を返さないダローズに、屋敷の外の声が届く。




「おい、返事が無いぞ」




「もしかして、ダローズが、匿っているんじゃないか!?」




──このままでは、まずい・・・・・



そう思ったダローズに、考える暇は無かった。



『ドンドンドンッ!』


大きな音と共に、扉が破壊され、住人達が雪崩れ込む。



「ダローズ、いないか!」



何度も呼びかけるが、返事はない。



そこに、騒ぎを聞きつけたルカが姿を見せる。



「あっ、竜人様!」



ルカの姿を見つけた住人が、事情を説明すると

ルカ達も突入し、屋敷内を、隈無く探し始めた。



だが、屋敷内にいたのは、使用人などで、肝心のランドルフの姿はない。



「後は、あそこだけだな・・・」


ルカの示した方向にあるのは、蔵。



「中を調べるぞ!」


ルカが、音を立てて蔵の扉を開けると

男の姿が見えた。


「いたぞ!!!」


ルカの声に、他の竜人達も集まって来たが

男は、蔵の背後にあった隠し扉から、脱走を図る。


隠し扉の先は、納屋に繋がっており、

そこには、馬が用意されていた。


男は、馬に乗り、街中へと走り出すが、

竜人の放った矢に当たり、落馬して、命を失う。



ルカは、住人達に確認をさせると、この男は、

ランドルフではなかった。


「影武者のつもりか・・・・・」


再びダローズの屋敷に戻り、探索を始めると

軒下の、入り込んだ場所に隠れていたダローズを発見する。



捕らえられ、ルカの目の前に、差し出されたダローズ。


「ランドルフは、何処だ?」


「・・・・・」


「おい、聞いているのか!」



尋問を繰り返すが、ダローズに反応はない。



「何も話さないのだな」



「・・・・・」


苛立つルカ。


「好きにするがいい、だが、その覚悟、何時まで続くかな」



ルカは、そう言うと、手を上げる。



すると、目の前に、縛られた人族が連れて来られた。



連行されて来た2人の姿を見て、ダローズの表情に変化が現れる。



「2人をどうするつもりだ!」



「・・ 我等も黙秘させてもらおう」




ルカが、そう伝えた後、手で合図を送ると

ワイバーンが2人の前に降り立つ。



「食事の時間だ」



「グワッ」



ワイバーンは、縛られている2人に歩み寄る。




「まっ、待ってくれ!」




ルカは、止まるように合図を出した後、ダローズと向かい合う。



「なんだ?」



「妻と娘は、関係無いんだ・・・・・だから、助けてくれないか?」



ルカに懇願するダローズ。


だが、ルカは、冷酷に告げる。



「今更、遅い」

 

ワイバーンは、妻【スターニア】を咥える。


「・・・・・」



俯き、顔を背けている。


──人族とは、冷たいものだな・・・・・


ルカは、スターニアに同情を隠せない。


「娘の目の前で、母親が喰われるのは、酷な事だろう。


 連れて行け」


ルカが命令すると、ワイバーンは、スターニアを咥えたまま

その場から、離れようとした時、

スターニアは、気力を振り絞り、ダローズに告げた。


 

「貴方を恨みます。


 さようなら・・・・・・」




スターニアは、『真っ当な商売をして欲しい』と

毎日のようにダローズにお願いをしていたが、ダローズは聞く耳を持たなかった。


そのツケが、今、ダローズではなく、

スターニアの身に降り注いだのだ。



心の中では、後悔しているダローズに、

追い打ちをかけるルカ。


「次だ」


ルカのこの一言には、流石のダローズも、懇願する声を上げた。



「全てを話します。


 だから、娘だけは・・・・・・」




この後のダローズの自白により、

蔵の隠し部屋に潜んでいたランドルフと、

その関係者を捕縛する。


これにより、ナト地区での竜騒動は、終りを告げたのだが・・・

ダローズは、二度と妻と娘に会う事は、無かった。




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