第178話~幕間~ ウルド ツール


~黒の大陸~




悪魔に放り投げられたウルド ツールの胴体は、

灰色の怪鳥に銜えられている。




灰色の怪鳥は、ウルド ツールの胴体を銜えたまま、大陸を飛び出した。


しかし、メイルストロムの上空を抜けようとした時、

海の中から、水の糸が飛び出し、灰色の怪鳥に絡みつく。




「グワァ!」




鳴き声を上げ、逃げようと羽をバタつかせるが、絡んだ糸が外れる事は無く、

徐々に、海へと引き摺り込まれ始める。




「グワァグワァ」




海面が近づくと、メイルストロムの渦の中心から、

鰭ひれが羽のようになった蛇に似た生物が飛び出し、

灰色の怪鳥を、丸呑みにした。




生物の名は、『シーサーペント』。




メイルストロムは、シーサーペントの住処だったのだ。


何も知らず、怪鳥ごと、ウルドツールの心臓を

呑み込んでしまったシーサーペント。



暫くすると、体に変化が起こり始める。




「グェグェ!」




体の変化に戸惑い、暴れていたシーサーペントの青い体が、

段々と黒く染まる。


なりふり構わず、暴れていたシーサーペントだったが、

体が、完全に黒く染まると、動きが止まった。


ゆっくりと目を開けるシーサーペント。


「・・・・・ここは、何処だ?」


シーサーペントは、周りを見渡す。


魚が泳ぐ景色、何かに包まれている感覚。




「もしかして、海の中なのか・・・・・」



そう思ったのも束の間、黒いシーサーペントに向かって、

他のシーサーペント達が襲い掛かる。




「なんだ、あの化け物は!?」




自身の姿に、気が付いていない黒いシーサーペントは、

逃げ出そうと、体を動かした。




「えっ!?」




声の主は、ウルド ツール。


彼は、自身の体の変化に気付き、驚きの声をあげた。



「どうなっているのだ!・・・・・」



だが、驚く暇もなく、襲いかかってくるシーサーペント達。



「クッ!」



間一髪で躱し、反撃に出る。


黒いシーサーペントになったウルド ツールは、

体の事が手に取る様にわかった。


「フフフ・・・・・いい運動になりそうだ・・・・・」


襲い来るシーサーペントと戦いを始めたウルド ツール。


彼は、不死ともいわれるヴァンパイアだが

本来なら、五体を失った状態からの復活は、

それなりの時間が、必要となる筈だった。


しかし、運が良かったのが、体を元に戻すだけの素材が向こうからきて、

上手く、吸収してくれたおかげで、

ウルド ツールは、シーサーペントの変異種として、復活することが出来たのだ。



黒いシーサーペントとなったウルド ツールは、

シーサーペント達と戦いを繰り広げている。


何体かのシーサーペントを戦闘不能に追い込む事には成功していたが、

自身の体も、傷つき、これ以上の戦闘は難しい。



そう思っている、ウルド ツールの目の前に、

途轍もなく大きなシーサーペントが現れる。



――これは、不味い。


  さっさと逃げるべきだったか・・・・・・




目の前の大きなシーサーペントから、溢れる魔力は、

何者にも、屈しない事を証明するかの如く、恐ろしく、絶大なものだった。




「貴様は、何者だ・・・・・」




「!?」




突然、ウルド ツールに、思念波が送られてくる。




「我が名は『ラムザニア』、我が同胞に似た姿を持ちながら、

 同胞を傷つけるとは、どういうつもりだ」



ウルド ツールに、送られて来た思念波からは、怒りの感情を感じない。



――話せば、何とかなるのか・・・・・




「そうだ! 話を聞いてやろうと言うのだ」




「!?」




ウルド ツールの思った事は、相手に伝わっていた。


その事に気付き、慌てて謝罪を送る。




「ラムザニア殿、私は、ウルド ツールと申します。


 黒の大陸に住む、ヴァンパイアでしたが、気が付くと、この姿になっていたのだ。


 同胞を傷つけた事は、謝罪する」




「ふむ、そうであったか・・・・・・んっ!


 少し、動くな」




ラムザニアは、ウルド ツールに近づき、周りを泳いで、何かを確認する。



「貴様、『アビス』に住まう、『蜥蜴の呪い』を受けておるな」




「蜥蜴の呪い?」




――もしかして、『禁呪』の事だろうか・・・・・




「なんじゃ、貴様等は、そう呼んでおるのか・・・・・」



ラムザニアは、笑い出す。



「ハハハ、禁呪とは、大層な・・・・・


 それは、あの蜥蜴共が、こちらに来る為の召喚魔法じゃ。


 ただ、その発動には、媒体となる器が必要での、

 それで、我等は『蜥蜴の呪い』と呼んでおる」




ここで、『禁呪』の本当の意味を理解する。


ウルド ツールも『禁呪』に対して、研究し、

ある程度は理解しているつもりだったが

それは、間違っていたのだ。



ウルド ツールとしては、媒体となった者の肉体の変化だと捉えていた。


その理由は、竜魔人になってからも、過去の記憶を持っていたからだ。




しかし、ラムザニアによると、肉体と記憶を乗っ取った時点で、

当の本人は、消滅しているらしい。


だが、ウルド ツールは、ヴァンパイアという特性のおかげで

消滅するまでには、及ばなかったようだ。


しかし、今も、ウルド ツールには、禁呪、もとい蜥蜴の呪いが残っている。



「私は、どうしたら・・・・・・」



──またいつか、自我を失う事に・・・・なるのか・・・



不死と呪いの永久ループ。


絶望しかない状況に、悔やんでも悔やみきれないウルド ツール。



落ち込むウルド ツールに、ラムザニアが声をかける。




「ウルドとやら、そんなに悔やむことなのか」



ウルド ツールが顔を上げる。



「当然だ、時が進めば、私は消滅し、体を乗っ取られるだけだ・・・・・」




「嫌か?」




「当然だ!」




「ふむ・・・・・」




ラムザニアは、少し考えると、ある提案をしてきた。




「ウルドよ、生きたいか?」




「どういう事だ!?」




「貴様は強い、それに知識もありそうだ。


 それを生かし、我が同胞となり、我の盾となるのなら

 なんとかしてやらない事もないぞ」



「私に奴隷になれと、いう事か・・・・・」



「アハハハ、我等に奴隷など要らぬ、

 同胞となり、此処で暮らせと言っておるのだ」



「少し、考えさせてくれ・・・・・」



「わかった、だが、あまり時間は、無いぞ」




「わかっている・・・・・」




ウルド ツールは、返事を保留にしたが、

助かる道は、それしか無い事を理解している。




暫くして、ウルド ツールは、シーサーペントの巣に連れて行かれた。




海を深く、深く進み、日の光が届かぬ場所にある洞窟。



ラムザニアは、その洞窟の中へ。



「ついて来い」



後を追い、奥へと進むと、何故か、水面が見えてきた。




――どういう事だ!・・・・・・




驚くウルド ツールを促し、水面に上がると、

ラムザニアの体に変化が起きる。


一瞬にして、角と尻尾の生えた人型の女性になったのだ。



海から上がったラムザニアに

近くに控えていた白い絹の様な物を纏った女性が近づき、

ラムザニアに、衣を羽織らせる。



水面から顔を出しているウルド ツールに

声を掛けるラムザニア。



「どうした、上がって来ぬか?」




「そうしたいのだが・・・・・・」




シーサーペントの姿で、水面から顔を覗かせるウルド ツールは戸惑う。




――どうやればいいのだ・・・・・・




思考を読み取ったラムザニアは、ウルド ツールに近寄り、頭を撫でた。




「今は、我に任せるのだ。


 心を落ち着かせて、全てを我に委ねよ」




人型になったラムザニアは、とても美しかったが、

それ以上に、優しく微笑みかけてきたラムザニアは、この世の者とは思えなかった。




一瞬にして、ウルド ツールは、心を奪われてしまう。




――美しい・・・・・




ラムザニアに全てを任せ、心を落ち着かせる。




「そうだ、ゆっくりと、我の魔力を感じるのだ」




ラムザニアから、送り込まれた魔力を感じていると、身体に変化が起き、

ウルド ツールの姿は、ヴァンパイアだった頃の姿に戻っていた。




「これは・・・・・」




「ふむ、上手く出来た様だな、ついて来い」




ウルド ツールは、ラムザニアに従い、洞窟の奥へと進んで行った。




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