第77話ツベス領に向けて

シャトの街で暮らすことを決めたナイトハルト王子とフィオナ王女。


当分は、京太の屋敷で寝泊まりをし、新居の場所を決め

着工する流れとなっている。




2人は、シャトの街に向かう道中の馬車の中でも、

新しく造る屋敷の話で盛り上がっており、

完全に2人だけの世界。



その状況に、京太は笑みを浮かべているが、

実の妹であるイライザは苦笑いをしている。




――京太様の前で・・・・・

  兄様は、何をしたのか、もう忘れたのかしら・・・・・・




シャトの街の屋敷に到着すると、

京太はスミスに事情を話し、2人の事を任せる。




「じゃぁ、後は頼むね」




「お任せください。

 それから、明日の護衛の件ですが、

 ルロ、レイラ、ヤンの中から2人を護衛に付けても宜しいでしょうか?」




「うん、構わないよ、人選はスミスに任せる」




「畏まりました」




スミスは、その日の内に、

2人に付けるメイドと護衛の2人を決めた。




シャトの街に戻った京太達。


それぞれの用事やギルドに出向いたりで

お互いが顔を会わせるのは、殆どが食事の時だけとなっていた。


その為、全員が揃う機会は減っていたが

屋敷で生活している間は、

毎晩交代で、京太の寝室で2人きりになれる事を女性陣は喜んでいる。




そんなシャトの街での落ち着いた生活を送っていたある日。


アトラ王からの手紙が、

ツベス領の領主であるクレイン ツベスの元に届いた。




「旦那様、王城から手紙が届いております」




「おお、来たか」




クレインは、受け取った手紙をその場で開け、内容を確認する。


その手紙には、エルフとの連絡がつき、良い返事を貰えたと記されていた。


また、そちらに向かう際には、

『同行者もいるので、くれぐれも丁寧に対応する様に』とも記されてあった。




クレインは、急いで返答の手紙を書き、

早馬で王城に届けるように指示を出す。




それから1週間後、京太の元には、王城からの手紙が届いていた。




「旦那様、手紙が届いております」




夕食前、スミスから渡された手紙を開け、内容を確認する。


内容は、相手側への連絡が取れたので

出来るだけ早く対応してやって欲しい事が記されていた。




――やはり、連絡が手紙だけだと、時間がかかるな・・・・・・




現代日本から来た京太にとって、連絡が手紙しかない事は、不便で仕方がない。


どんな些細な連絡を取る事でも、1週間から2ヵ月、

遅ければ半年の時間がかかってしまう。


それを改善する事を今後の課題として記憶に残し、

夕食の声が掛かるのを待った。




夕食時、全員が揃っている席で、ツベス領に向かう事を伝える京太。




「今度も、皆で行くのよね」




「う、うん、そうだね」




京太は、半数は残って貰うつもりだったが、

ソニアに先手を打たれた形となり

思わず、勢いで返事をしてしまい

今回の旅も全員で行く事が決まった。



その為、屋敷や街の事は、スミスとナイトハルト王子に任せることにした。



「領地の管理は、任せて下さい!」



まだ屋敷が完成して、ナイトハルト王子ととフィオナ王女は、

京太の屋敷で生活しているが、

その好意に甘えて、何もしなかった訳ではなく

遅れてやってきた護衛の兵士達を引き連れて

街の警備を率先して担っていたのだ。



街の警備の事をすっかり忘れていた京太にとっては有難く、

ナイトハルトも、進んでその任に就いているので

今は、完全に任せている。




「ありがとう、困った事があれば、スミスを頼ってくれたらいいから」




「大丈夫です、今でもそうしていますから」




「あっ、そうなんだ・・・・・・」




スミスは、表情を変えず、一礼をした。




――あの人、どこまで優秀なんだ・・・・・・




スミスに感謝しつつ、夕食を終えると、そのスミスから相談を受けた。




執務室にてスミスの相談を聞く。




「どうしたの?」




「はい、申し訳ないのですが、メイドの増員をお願いしたいのです」




「どういう事?」




「実は、・・・・・・・」




スミスの話では、王都から来ていた独身の職人達の中で、

屋敷に勤めるメイドの数人と仲の良くなった者達がいて、

お互いに好意を抱いているが、

メイド達は、京太に恩を感じている為に、結婚に踏み切れないと言うのだ。



また、自分達が抜ければ、他の人に迷惑が掛かる事も気にしているという。




「そっか・・・・・ところで、職人たちは、過去の事は知っているの?」




「はい、私達は、その事を隠してはいません。


 それに、その様な話があると、皆、真っ先に話していますから」




「そうか、それでも結婚したいと言っているんなら、僕は応援するよ」




「はい、そう仰ると思いましたので、その様に伝えたのですが・・・・・・」




「仕事の事を、気にしているんだ」




「はい・・・・」




「わかった、スミスの希望を教えてよ」




スミスは、知識や作法は、これから教えるので気にはしない。


人種も拘らない。


だた、真剣に働く者、この街に尽くせる者が欲しいと言った。




「最後の部分は、今後の事だよね。


 今は、ここに馴染めて、真面目に働ける者でいいかな?」




「はい、構いません」




「若くてもいい?」




「お幾つ位でしょうか?」




「う~ん、多分、8歳から10歳位かな・・・・・」




「それでしたら、問題ありません」




「わかった、今回の件が終わったら、動くよ」




「お願い致します」




スミスが頭を下げる。




「ところで、スミスは結婚しないの?」



スミスもまだ若く、22歳になったばかりだ。


その為、京太は聞いてみた。




「私は、旦那様に尽くします。


 それに、旦那様以外には、お仕えしたくありません!」




真剣な眼差しで見つめるスミスに、返す言葉が無い。




静寂の後、京太の口が動く。




「僕にとっても、スミスは大切な存在だよ、

 君がいるから安心してここを離れる事が出来る。


 いつも感謝しているんだ。


 これからも僕を支えて欲しい」




京太の口から出た言葉に、スミスは目を潤ませた。




「これからも、お仕え致します。


 ですので、どうか、無事にお戻り下さい」




「うん。

 無事に戻って来るよ」




その後、暫く雑談をし、スミスは執務室を後にした。




翌日、執務室にて、スミスに纏まったお金を渡す。




「アクセル王国の件で、貰ったお金だけど、足りる?」




「はい、十分です。


 まだ、預かったお金も十分に残っていますし、

 京太様に作って頂いた金庫にも入っていますから」




京太は、地下に金庫と言う名の宝物庫を作っている。


この中は、結界を張っている為に、京太とスミス以外は入れない。


宝物庫の中には、お金の他に

今迄に持ち帰った宝石や貴金属類も収めている。




「必要なら、あそこから出したらいいからね」




「畏まりました。


 ですが、今のところは、お預かりしているお金で十分だと思います」



「わかった」



スミスとの会話を終えた京太は、アルゴ商会を訪れた。




「アルゴ、いるかな?」




京太の声を聞きつけて、出て来たのは、ナタリーだった。




「京太様、申し訳御座いません。


 アルゴは、買い付けに王都に行っております」




「そうか・・・・・」




「京太様、御用件なら私がお伺いいたしますが」




「うん、近々、アクセル王国に行く事になりそうだから、

 何か買ってこようと思って寄ったんだ」




その言葉を聞き、ナタリーは笑みを浮かべた。




「有難う御座います。

 それで、何時、ご出発されるのですか?」



「明日。


 色々と行く所があるから

 帰って来るのは、遅くなると思うけど

 それでもいいなら、何か買って来るよ」




「問題ありませんわ。


 アルゴが戻ったら、お屋敷に手紙を必ず届けますので、

 お願いをしても構いませんか?」




「いいよ、じゃぁね」




京太は、アルゴ商会を離れ、屋敷へと戻る。




夕食時、皆に準備が出来ているかを聞くと、

『出来ている』との返事だったので

予定通り、明日出発する事を伝えた。




その日の深夜、屋敷の扉を叩く音が聞こえて来る。


夜番のメイドが出てみると、

息を切らしたアルゴの姿があった。




「遅くなりましたが、これを京太様にお渡し下さい」




それだけ伝えると、メイドに手紙を渡して、帰って行く。


アルゴが自宅に戻ると、ナタリーが待っていた。




「貴方、渡して来てくれた?」




「ああ、もう、遅い時間だったから、メイドに頼んだよ」




「それなら、安心ね」




「お前が、早く決めていればこんな時間にならなかったのだが・・・・・」




「私のせいだと、仰るのですか!

 貴方の帰りが遅かったことも原因ではなくて!

 それに、私は、お店の事を考えたから、この時間になったんです!」




「ああ、そうだな、すまない・・・・・」




口では勝てない事を知っているアルゴは、直ぐに謝罪を口にした。




その日の深夜、京太の屋敷まで走らされたアルゴは、

1人、風呂の中で嬉しそうに呟く。




「あいつ、元気になり過ぎだろ・・・・・」



ナタリーが事故で両足を失い、

何年も寝ていた頃の事を思い出し感慨に耽ていた。






翌日早朝、旅支度を整えた京太達は、馬車に乗り込んだ。


勿論、アルゴからの手紙は、受け取っている。



「行ってらっしゃいませ」




夜番のメイドとスミスに見送られ、

京太達は、シャトの街を旅立った。




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