第四十話 よすがのはて
ずっと頭の片隅にあった、内通者を炙り出す構想。
犯罪グループと繋がっている内通者は、自分から学校に残るための理由を作っているはずだ。それも後で内通者として疑われたときに、言い逃れしやすいような不可抗力による理由を。
亜月は週末に受ける模試の勉強のため。
夕奈は何か月も前から決まっているであろうライブへの参戦のため。
奉司は家庭の事情と彼本人の強い意向のため。
雄星は先週末負ったばかりの怪我のため。
前二つはかなり前から決められている日程に合わせているので不可抗力とも捉えられるけれど、極端な話そちらに行かず修学旅行に参加する選択は簡単にできる。奉司は修学旅行用の払込自体を止めているから、自分の意思での居残りという側面がかなり濃い。
雄星だけが、明確に不可抗力の参加辞退だ。
けれど彼を被疑者とするにはまだピースが足りない。それをなんとか補うためのひと押しを得るために、居残る理由を尋ねていった。
結果的にはそのピースをぼくが見つけるのではなく、ひめりに拾わせる形になってしまった。
「どうして、嘘だと思ったんだ?」
雄星は顔色ひとつ変えない。その様子が逆に不穏さを掻き立てる。
対するひめりは笑顔のまま、目だけははっきりと彼を見据えている。
「理由は二つ。ひとつは、骨折アピールが過剰だったこと。そのギプス、見るからに重そうだよね。亜月ンがずっと心配するくらいに」
「ギプスは見せかけだけだと思うのかい?」
「ひめりからすれば、ね。不便そうにしてるその演技が人によっては見抜けないのかもしれないけど、ひめりにはお見通しだから」
「へえ」
「もうひとつは、スマホを持っていないこと。歩くのも大変なくらいの骨折をしているなら、普通は親とかに車で送り迎えしてもらうよね。そのための連絡用にスマホを持っていないのは不自然だよ」
「スマホは学校に来たとき最初に職員室へ行って預けてるんだ。放課後になれば回収しに行くよ」
「んー? 今朝は部活関係で呼ばれてたんじゃなかったっけ?」
「それは別件だよ。部活とスマホを預けることの両方を済ませたんだ」
首の皮一枚繋がっている。一つ目の理由はひめりの主観でしかないし、二つ目の理由には明確に反論している。
けれどひめりもこの程度の理由だけで嘘を指摘するほど浅はかではないはずだ。
「ところで、話が変わるんだけどさ」
急に大きく舵を切った。まさか疑ったのを誤魔化すつもりだろうか。
「千明ン、奉くん、行方センセにかかってきた非通知の電話って、誰がかけてると思う?」
突然の問いに、雄星は呆れ半分の表情で答える。
「バスジャックされている車内からかけているって話だろう。だったら、人質になっているA組F組の生徒なんじゃないか?」
「ぶぶーっ、ハズレ。正解は――」
示し合わせたかのように鳴るスマホ。画面に表示される名前は非通知着信。その持ち主である夕奈に、ひめりはそれを渡すよう手招きする。スマホはひめりの手に渡り、彼女はそれを耳に当てた。
「はーい、もしもしひめりだよー」
「ちょっ……!」
慌てて夕奈が取り返しにかかるも、軽々と避けるひめり。
「あんた、それでもしあっちに声が聞こえたらどうすんの!」
「大丈夫だよー。聞こえたとしても何も問題ないから。ねえセンセ」
不意に教室の戸が開く。そこには呼ばれたばかりの行方先生がスマホを持って立っていた。
「そういうわけだから安心しろ、伊丹」
「そういうわけって……もしかして、これまでの非通知も全部」
「ああ。
行方先生の声が彼とハンズフリーのスマホとの二か所から微妙なズレを伴って聞こえてくる。間違いなくこの着信は行方先生からのものだ。
「ま、全部というと語弊があるか。俺自身にかかってきた非通知着信は、事前に用意していた音声付きの動画をスマホで再生しただけだ。十二分ほどな」
確かにこれまでの非通知着信は行方先生が不在のときにかかってきた。亜月が聞き覚えのある声だと言っていた声も、職員室かどこかから拾った同じ人物の声だと考えれば辻褄が合う。
「俺が君らの連絡先を知っている理由も薄々気づいているだろうが――スマホの申請登録情報を管理している名簿を見れば、教師からの連絡は容易い。その気になれば特定の個人がスマホを所持しているかどうかを、着信で鳴らすことで確認することもできるわけだ」
そこまで行けば強権の乱用だ。個人情報保護の原則にも真っ向から違反する。いくら持ち物検査とはいえ、実際にやれば非難は免れない。
けれどこの人ならやりかねない、という負の信頼がぼくらの中には共有されていた。三日間のセッション中の、あの侮るような態度を見ていれば。
「こういう乱暴なやり口は本来俺の趣味じゃないんだが……ゴール手前でちんたらやってんのも、面白くないよなあ」
行方先生が画面を指でスクロールさせ始めただけで、次に何をしようとしているのか理解できた。雄星を含めた皆が、ただ黙ってその様子を見ている。
少し経って、どこからかバイブレーションの音が聞こえてくる。それぞれがその音源を探る中、雄星だけがただ黙して俯いていた。
「…………漣くん」
彼は何も言わず、ギプスの表面を撫でていた。無意味な行動に見えたそれは、ラップの端を探すときのように表面の段差を見つけ、開くための動作だった。
そうして開かれたギプスの内部には、スマホがぴったり収まるだけの空洞があった。
「お笑いだよな。こんな隠し方したって、鳴らされたら終わりだってのに」
「どうして、ですか……?」
「それは嘘をついていたことについて? それとも登録済みのスマホでバスジャック犯と連絡を取ろうとしていたことについて?」
「どうしてバスジャックなんてやろうと思ったか……って訊いてるんだよ、雄星」
亜月の声にならない声を、夕奈が代弁する。
「あんた、そういうことするやつじゃなかったじゃん。いつも皆の先頭に立ってさ、周りを励ましながら引っ張っていける陽キャだったじゃん。それがなんで犯罪の片棒担いでんだよ。おかげで最悪だよ、今の気持ち」
「ごめん」
「謝ってんじゃねえよ……」
「ずっと黙ってて、ごめん」
雄星はゆっくりとぼくのほうを向く。
「千明。君とは居士宝中の頃からの付き合いだった。なら須郷久典のことも覚えているよな?」
「……忘れるわけ、ないだろ」
成績への加点と引き換えに、未成年に手を出した最悪の教師。
その教師が罪を重ねても黙認し、自首を引き止めすらした最悪の学園。
「僕の恋人があいつらにされた仕打ちは、今でも夢に見る」
漣雄星の秘密。彼もまた、大事な人を救えなかった後悔を背負っていた。
「どうしても許せなかったんだ、この学園のことが。だからすべて台無しにしてやろうと思った。大嫌いな親の仕事の伝手まで使って、警察に捕まっても平気っていう連中と手を組んで、学園の膿を引きずり出してやろうとした」
学園への憎しみが雄星を鬼に変えた。罪のない人間を巻き込むような、そんな手段を選ばざるを得ないほど、その憎悪は強く深いものだった。
その気持ちが、分からないと言えば嘘になる。
「でもこんなやり方じゃ、根本は何も変えられない。トカゲの尻尾みたいに別の何かに責任をなすりつけて、本当に腐ってる部分はなんのダメージも受けない。君だってそれは分かってたはずだろ」
「分かってた。分かってたさ」
それでも止められなかったんだ――雄星は力なくつぶやく。
「こんなことしたって、あいつは笑ってくれやしないのにな」
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