第三十九話 赤い嘘
ゴールの変更が必要になった。
身代金の受け渡し時点では遅すぎる。バスが校庭に着いてしまう前に内通者を見つけ出して、実行犯にリタイアの判断をさせること。ぼくらの勝利条件はさらに厳しくなってしまった。
そしてさらに――
「皆、ざんねんなおしらせがあるよ」
から元気のような浮いた声で、ひめりが言う。
「さっき時計の針が十二時を回ったんだけど、誰にも非通知の電話が来ない」
時間がそれだけ経っていたことに誰も気づかない。推理に集中していたり、尽きつつある情報を補うべく記憶を遡ったり。それぞれにできることを捜している間にも、非情に時は流れていく。
「ま、まだ到着するまでは時間あんだろ? 七時間くらいかかるってんなら、出発が八時だったとしてまだ三時間も残ってんじゃねえか」
「三時間残ってても、今の手詰まり状態じゃ意味ないよ」
夕奈の声にはもう気力が欠け落ちつつあった。今朝はあんなに元気だったのに。
「そもそも三回もよく電話なんてかけられたよ。勇気を出して電話してくれた子も、ひょっとしたらバレて酷い目に遭ってるかもしれない。誰かに助けてもらうのも諦めちゃったかもしれない。それも全部、うちらは想像することしかできないんだよ」
『伊丹さん・・・』
助けを求めたってどうにもならないと気づいてしまったとしたら。ジャックされたバスの中にいる同級生たちは、今頃どんな思いでいるのだろう。そう想像すればするほど、ぼくらは自分の無力さを思い知っていく。
「やっぱり私たちじゃ力不足だったんです。今からでも警察に通報したほうが――」
「亜月、駄目だ」
「どうしてですか!」
「ぼくらが通報したところで学園にも連絡はいく。そこで学園が生徒の悪ふざけですって言い切ったら、警察はそっちを信じるだろう」
「そんなの……!」
続く言葉が声にならずに枯れ落ちる。亜月も憔悴していた。
「警察は頼れない、学園の対応もクソ……なんだってんだよ……!」
硬いものが衝突する音が響く。奉司の拳が机に振り下ろされ、赤みが滲んでいた。
もう、終わりなのだろうか。
ゲームのように解釈したってこれは現実だ。人の命が脅かされ、正義の味方は現れない。都合の良いマジックアイテムは手に入らないし、条件を満たせば見られるエンディングもない。
目の前にあるのは、途中で諦めるためのボタンだけ。
そしてそれを押したあとに残り続ける後悔だけだ。
「まだだ」
ぼくは誰に向けるでもなくつぶやく。
いや――その言葉は、ぼく自身に向けられたものだった。
「奉司も言ったじゃないか。まだ三時間残っている。その間に内通者を見つけて学園側を説き伏せられれば、警察だって動かせる」
「千明……お前……」
「皆も諦めるには早いよ。納得のいってないこと、不審なところ、まだまだ指摘できるだろ? ちょっとでも違和感があれば、そこから何か新しいことが分かるかもしれない。ぼくらはこの三日間そうやって謎を解いてきたじゃないか」
その経験はゲームの中のフィクションだったとしても、培った考え方やものの見方は必ず何かの役に立つ。
思い出せ。これまでのセッションには、どんな盲点があったのかを。
第一のゲームでは最初に全員がCOしていれば最短でシナリオをクリアすることができた。だがそんなのは少数派の敵陣営にとって看過できないパワープレイだ。シナリオクリアの妨害を行う
そしてぼくは、そういったプレイングをおこなったPCが『内通者』であると認識していた。第一セッションにおいてのそれはひめりだったと記憶している……が、その内通者が一人だったとは誰も言っていない。
内通者は二人いた――あるいは内通者に協力させられている人物がいた可能性もあるんじゃないのか?
「皆にひとつ、教えてほしいことがある」
思いついたまま口にする。
「ここにいる皆、修学旅行に参加できない理由があったはずだよね。それを今からひとりずつ教えてくれないか」
「千明さん……正気ですか。そんなの、今は全然関係ないじゃないですか」
「重要なことなんだ。理由は後で必ず説明するから」
「……信じてもいいんですね?」
頷く。亜月は訝しみながらも、自分から開示を始める。
「私が修学旅行に参加しなかったのは、親の方針です。大事な模試が週末に控えているから、その直前に四日間も旅行で勉強しないなんて論外だと言われました。ただでさえ、私は出来が悪いので……遊ぶ時間はないものだと、思っていました」
だけど、と亜月は一旦区切り、息を吸う。
「だけどこうして皆さんとゲームして遊べたのは楽しかったです。きっと模試の点数は散々でしょうけど、この嬉しさはずっと忘れないと思います」
「亜月、あんた……」
夕奈の瞳は潤んでいた。
「やめなよ、そんな不意打ちとか……びっくりしちゃったじゃん」
「え、泣いてるんですか夕奈さん。感動するとこありました?」
「ううぅ、その態度腹立つぅぅぅ」
涙を拭い、今度は夕奈が話す番だ。
「うちは朝弱くて皆に迷惑かけそうだから辞退した――って言うつもりだったんだけど、亜月のせいで嘘つけなくなっちった。ほんとは明日の推しのライブにどーしても行きたくて休んだんだ。今夜の夜行バスももう取ってあるし」
ものすごく初耳だった。というか、想像していた以上にディープなオタクだ。他の面々もそもそも夕奈が何を言っているのか理解できておらず、固まっている。
「うわー、えらい空気にしてしもうた。誰かまた変えてくれ空気を」
赤い顔を誤魔化しながら次を促す夕奈。前に出たのは奉司だった。
「オレも正直に言う。オレの家は――」
そこからはぼくが聞かされた内容と同じ。家族のことと、親代わりの人のために修学旅行には行かない選択をしたこと。この告白に茶々を入れる人間はここにはいない。
その次はひめり。まさか夕奈のように本当のことは言わないと思うが――
「ひめりはね、スパイなの。出払っちゃった二年担当の先生たちの代わりに、居残りメンバーがちゃーんと自習してるか監視するために遣わされたスパイウーマン」
「そのスパイウーマンが真面目に自習してないのはなんなんだよ」
当たらずも遠からじ。さすがに嘘をつくのが上手いと感心する。
「次は玲くんだね。いつも通り筆談でもいいから、教えてくれたら嬉しいな」
玲生は表情を硬くする。彼もまだ心の整理がついていないのかもしれない。教えられない人が現れても、ぼくは責めないと決めていたけれど――
硬い表情のまま、玲生は何枚ものメモ用紙を使って文章をしたためていく。その途中で何かに気づいたらしく、一枚のメモを皆に見せた。
『時間がかかるので、一番後でいいですか?』
「……うん、いいよ。いいに決まってる」
そこでぼくは、雄星と顔を見合わせる。席の順番的にぼくだったけれど、提案したのもぼくだから最後に言うのが筋として正しい気もする。
「じゃあ、僕が先に言おうか」
雄星が自分から発表する流れで話が進む。
「つまらない答えで申し訳ないんだけど、僕は見ての通り脚を骨折してる。とてもじゃないけど外泊は難しいだろうということで、ここに居残った――」
「ダウト」
聞き間違えようもなく、はっきりと。
「それは真っ赤な嘘だよ。雄くん」
鹿野ひめりは、否定した。
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