第三十七話 比翼の鳥


「それじゃあ始めようか。第三セッションだ」


 教壇に立つ行方先生が今までと同じように話し始める。違うのは、一切のHOが存在しないことと、すべてのシナリオが即興で形成されていくこと。


「導入は……いらないか。修学旅行四日目の朝、あとは帰ってくるだけの生徒を乗せた大型バスがジャックされた。君たちは彼らを救うために犯人グループと繋がっている内通者をメンバーの中から見つけ出さなければいけない、ってとこだな」

「よくもまあすらすらと出てきますね」

「シナリオ作りはお手の物だよ。なめんな」

「別になめてはいませんが」


 ぼくらプレイヤーは七人。最初は反対していた亜月と雄星も今のところは観念して参加してくれている。


「では早速議論フェーズだ。今ある情報で話し合ってもらおう」


 KPの丸投げ。といっても、彼の出る幕は元々ない。


 言い出しっぺの法則に従い、議論はぼくから口火を切る。


「まずはあらためて状況を確認しよう。最初は職員室にかかってきた犯人からの電話。バスジャックしたと明かして身代金を要求、かつ警察には通報しないよう脅迫した。つまり受話した八時二十五分の時点で既にバスジャックは始まっている」

「言行一致ってやつか。当たり前っちゃ当たり前だな」

「それだけならまだイタズラ電話の可能性はあっただろうね。けどバスジャックを通達する電話がかかってきているのをまだ知らないうちに、ぼくのスマホに非通知の着信があった」

「車の駆動音と、滑り落ちるくらいにスペースのある床。それからただ事じゃなさそうな喚き声が聞こえたから、うちらはその電話が絶賛バスジャック中のバスから送られたSOSだって判断したわけだ」

「仮にこの二つの電話が同じバスの中からかかってきているなら話は単純だ。でも今の情報だと確定はさせられない」

「別々のバスからかかってきてるってこと?」

「その可能性もあるし、身代金要求の電話は他からかかってきている可能性も捨てられない。脅すだけならその場にいる必要もないしね」

「それだとちょっと連絡が大変そうかも。要点だけ伝えるにしてもラグが発生するね」

「八時二十五分に職員室で、九時過ぎに非通知だろ? 三十分も時間がありゃあ乗員のスマホを回収するのも訳ないんじゃねえの」

『回収し逃した端末もあるくらいだから』『相当焦って雑にやってますね』

「その未回収のスマホがなければ、二件目の非通知着信もなかった」

「そうだね。奉司、二件目がかかってきたのは何時頃だったか覚えてる?」

「着信履歴を見たが、十時ちょうどだったぜ。狙ってやったのかは分かんねえが」

「音声はバスの中かどうか分からない代わりに人の声が三人分入ってたね。声の感じからすると男性が二人で女性が一人。会話の内容はまったく聞き取れなかった」

「情報としてはスカだったよねー。奉くんのスマホが悪かったのかしら」

「オレのスマホが悪うござんしたな」

『どんまい』

「押さえておきたいのはバスジャック犯の人数だ。バスの中で声を出せるのは犯人グループだけだから、同乗してる先生や乗務員の人と交渉しているとかでなければ三人以上実行犯が乗っているとみていい」

「そもそもバスを占拠するのは単独犯でも可能なんでしょうか?」

「難しいだろうね。各バスには教師が二人、運転手と乗務員が一人ずついるはずだから」

「さすがC組のリーダーさん。よく調べてあるぅ」

「ありがとう。まあそれも全部無駄になっちゃったけどね」

「現場がどういう構成でジャックされてるのか分からねえのはこの際仕方がないとして、だ。ここまでの情報から次に何の情報が必要か、千明の意見が聞きたい」

「ぼくの意見、か」


 期待、興味、静観……様々な視線がぼくに集まってくる。でもよくよく考えてみれば、これらの視線に対して感じていることも、結局はぼくの色眼鏡を通して推測しているに過ぎない。


 誰の目に何がどう見えているかなんて、本当の意味で正しく捉えられはしないのだ。


「気になるのは、犯人グループの段取りかな」

「あー、あのスパイシーでおいしいやつ」

「それはタンドリー」

「ヒメあんたマジで今そういうのいらないから」

「てへっ」

「千明も律儀に突っ込むな。真面目か」


 早く話して、と夕奈に促される。


「段取りっていうのは、犯人グループが勝算を見出した犯行計画のことを指して言ってる。ぼくはこれを三つの要素に分けた。スタートとゴール、それからリタイア」

「リタイア?」

「途中棄権……諦めるってことか」

「うん。犯行前にきっちり計画を決めるような人なら、見合わないリスクに行き当たったときの対処も考えているはず。たとえば身代金を要求したときに断固として拒否されたら、交渉自体を諦めて人質を解放するとか」

「そんな物分かりのいい人がバスジャックなんてするかなあ」

「今のは極端な例だけど、計画がうまく行かなくなったときの次善案を持っておくくらいはしていないと犯行には踏み切らないと思う」

「そこは同意。んで、スタートとゴールは?」

「便宜上、スタートは脅迫の電話をかけたところから。ゴールは身代金を受け取るところまで。その前後の経緯までは追う気はないよ。でないと際限がなくなるし」

「その二点でいうと、より重要なのは……ゴールか」

「奉司もぼくの考えが読めるようになってきたかな」

「おかげさまでな。けど説明してもらわなきゃ分かんねえぞ」

「……身代金の受け渡しは十中八九、学園の敷地内で行われることになると思う。警察がいればそこが犯人確保のチャンスになっていただろうけど、いないものはしょうがない。情報統制のできる敷地の中が学園にとっても犯人グループにとっても都合がいい」

「いや、犯人グループからしたらそれは袋のねずみなんじゃないか? 身代金は受け取れても逃げられない」

「でも現状、犯人たちは敷地内を選ばざるを得ないはずなんだ。そして何かしらの策を弄してくるとしたら、そこが内通者の最も機能するタイミング」


 本セッションにおけるぼくらの勝利条件は、あくまでも内通者の特定。


 身代金が犯人に渡ろうが、まんまと逃げおおせようが、内通者さえ分かればこちらの勝ちだ。


「スタートやリタイアなんかはどうでもいいんだ。ゴールがどこになるかすら究極的には知る必要がない。ぼくはたった一点、ゴールテープがどう切られるかさえ導き出せればいいと思ってる」

「ふーん、いいじゃん。ミニマリストで」

「こういう場合もミニマリストっていうのかな」

「だから真面目かって。適当に言っただけだわ」


 夕奈は薄く微笑んだ後、教壇に立つ行方先生のほうを向く。その眼差しはぼくよりもずっと真っ直ぐで、迷いなんてあるはずもない。


「KP、議論フェーズはこれで充分です。次の調査フェーズへ移行させてください」

「承認した。では今から調査フェーズとして職員の緊急会議の内容を――っと」


 突然、行方先生から軽快なメロディが流れ始める。白衣のポケットから取り出したスマホの画面を見るなり、彼はにんまりと笑った。


「ほほーん、そう来たかい」


 行方先生は細長い長方形の画面をぼくらへ向けて突きつける。


「俺んとこに来たわ。非通知着信」


 半ば反射的に、視線が掛け時計のほうへと吸い込まれる。


 時刻は、ちょうど十一時を指していた。

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