第二十三話 神は賽子を振らない
調査フェーズ一巡目で得られた情報を整理する。まずひめりは自分の使命達成のために『他PCの情報を集める』ことを指針とした。そのため初回の調査場所に指定したのは民泊の別館奥の客室だった。
【調査HO:
【調査HO:
PC二人につき得られたHOは二つ。どちらも他PCに関する情報で、ひめりの狙い通りの結果だといえる。この情報をどう活かすか、ぼくらは考える必要がある。
「千明ン、DとFが誰だったか覚えてる?」
「Dは奉司、Fは亜月だね」
「あー、あの喧嘩ペアか。どうしたもんかなー」
ひめりが渋い顔をする。その気持ちはぼくにも理解できた。
「亜月ンを一人にはできないっていっても、あの二人をペアにするのは失敗だったと思うんだよねー」
「それは同意するけど、PC間では相性がいいみたいな話だったから二人を組ませたんじゃなかった? 亜月はどうか知らないけど奉司はそのあたり割り切ってたと思うけれど」
「その亜月ンのPCが機能しないとマズいんじゃないのって話だよ」
亜月の役割は教師との定時連絡を行うこと。これが途絶えると教師から得ることのできるHOを見落としてしまうことに繋がる。通常のメンバーから見れば生命線のひとつだから失うわけにはいかない。
「そりゃひめりの側から見たらラッキーな組み合わせだよ。亜月ンが単独行動を起こしてくれれば
「意図せずに禁則事項を破る、ってことか」
「そういうことー」
ひめりの秘匿HOに記載された消失の条件は以下の三つ。
【村人に身柄を拘束されること】
【『退魔の印』を持たないこと】
【『土神』に気に入られること】
PCが単独行動に出るということは一つ目の条件を満たすことに直結する。二つ目の『退魔の印』はひめりのHOにも情報がなく、三つ目の条件に関してはさっぱりだ。
「気に入られる、っていう曖昧な表現がどう解釈されるかが知りたくてセンセにカマをかけてみたけど、結局わかんなかったしね。亜月ンをしばらく生かしてでも情報は増やしたいし、早いうちに捕まられたら困るんだよ」
行方先生はひめりとのやり取りで不確定要素の存在を否定している。すべての出来事は起こるべくして起こる。神に気に入られるという一見曖昧な条件についても、何かの規則性にしたがって判定されるはずなのだ。
ひめりが生贄を捧げる対象を選ぶときにも、その要素を偶然満たしているPCを選んでしまえば計画は失敗する。より確実に使命を達成するためにも、たとえ相手側が有利になる情報だとしても集めさせる必要があった。
「プレイヤー同士の仲だけは読めないよねえ。こればっかりは、って感じ」
ひめりは楽しそうだった。思い通りにならないものが好きらしい。
「奉くんが亜月ンを守ってくれるなら上等だけど、もしダメそうならチーム再編も考えなきゃね。そのときは千明ン、よろしく頼んだ!」
「なんでぼくが提案する流れになるんだよ」
「ひめりはゆるふわガール枠なんだから、そういう仕事はできないのよん」
「自分で名乗るような枠じゃないだろ、それ」
こうして代弁者に仕立て上げるのも、ぼくをパートナーに選んだ理由だったのだろうか。何もかもが彼女にとって都合が良すぎる気もするが、今となっては手遅れだった。
ぼくはひめりに逆らえない。行方先生に従うしかないのとおおよそ同じ理由で。
「Bチームに関しては奉司が役目をまっとうしてくれることを祈るよ。ぼくらはぼくらで成果を示さないといけないしね」
ぼくは二枚の調査HOを手に取る。
「F――亜月に関する情報は、彼女の秘匿HOにかかわるもので間違いないと思う。必要に迫られるまでは出してこないだろうし、今すぐ有効に使えるものじゃない」
「使えるとしたら、奉くんのほう?」
「どうだろう。奉司に恨みのある人物と奉司を同じチームには入れられないというのが分かっても、今の状態じゃあその人物を特定するのは難しそうだ」
そのままではどちらも決定力に欠ける。かといって手札を伏せたままでは怪しまれてしまう。調査で得られた情報を共有するというのは前提であって約束ではないけれど、敢えて隠すという行為が後々首を絞めることになるのをぼくは重々承知している。
今までは運が良かっただけだ。虚勢なんてものは普通、すぐに底が見える。
「調査HOは素直に開示しよう。仮にBチームが分裂することにでもなったら、楔として使えるかもしれない」
結局無難なところに落ち着く。ひめりは微笑み、顔を傾けた。
ひめりの口ぶりから察するに、ぼくは過去に彼女と話したことがあるらしい。だがこうして顔を真っ向から見てもまったく思い当たる節がない。ぼくを嘘つきと呼ぶということは、接点もある程度絞れるはずなのだけれど、それでも思い出せない。
ぼくの頭はもはやマダミスどころではなかった。暇さえあれば中学の頃の記憶をひとつひとつ掘り起こしている。その多くは些細な出来事ばかりで、重要な事柄は浮かんでこない。
いや、単にぼくが思い出すのを避けているだけか。奥深くまで埋めた記憶を、掘り起こそうとしていないだけだ。
しばらくの間ぼくらはお互いに黙っていた。気まずさを感じる余裕もなかったけれど、相手が今考えていることはなんとなく想像がつく。居心地は決して良くはないけれど、時間が進むのを遅く感じたりはしない、奇妙な距離感だった。
「そろそろ他のチームも調査フェーズが終わる頃かな」
ひめりが時計を見ながらつぶやく。
「千明ンはこれからどうする? もしチームを再編することになったら、話せなくなることも出てくると思うんだけど」
「それはセッション内でのこと? それともリアルでの話?」
「前者のつもりで訊いたけど、今興味があるのは後者のほうかなー」
楽しいことを優先する。嘘つきを自称したところで、彼女の指針は変わらない。
「今回のセッションで負ける気はしないし、千明ンのPCがどう動こうとひめりはぶっちゃけどうでもいいんだー。それよりも、君自身のこれからが聞きたい」
ぼくのこれから。
行方先生の鼻を明かすか? 名もないPCの復讐心を代行するか?
からっぽの箱を、穴ぼこだらけの虚勢で埋めて誤魔化すか?
どれを選んでも満たされないだろう――ならば、今残されたものを大事にするしかないじゃないか。
「奉司と約束した。玲生を知って、救うって」
変わってしまった友達を救いたい。
かつてぼくができなかったことを、奉司には果たしてほしい。そんな自分の本心にすら最初は気づかなくて、今だってこれが本心なのかどうか自信がないけれど、それでもぼくにはそんな半端で微弱な気持ちしか残っていない。
これだけしか残っていないのなら、少なくとも今はこれがぼくのすべてだ。
「玲生を今回のセッションの最後まで生き残らせる。そうして彼と少しでも多く話せるように頑張る。たとえ心を開かせることまではできなくても、セッションが終わった後も時間は山ほどある。今回のことをきっかけにできれば、それでいい」
行方先生の素性が割れた今、メンバー全員が秘密を共有して彼に詰め寄るという計画は再度練り直さなくてはならない。だからせめて奉司との約束だけは前に進めたかった。
「そっか。思ってたより退屈な答えで安心したよ」
ひめりは腕を大きく上げて伸びをする。気まぐれな猫みたいに。
「やってみたらいい。ひめりは協力しないけど、邪魔もしないつもり。
だけど、とひめりは逆接する。
その僅かな瞬間に、また彼女の声が懐かしさを覚えさせる声調へと切り替わる。
「覚えておいてね。君たちの邪魔をする人が、他にもいるってことは」
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