第二十四話 今夜ハレの日、怪の奇妙


 あの言葉はどこか予言めいていた。そして事実、的中する。


 元の教室に戻ったメンバーは六人。欠けたのは、雄星。


「なんで」


 ぼくは思わず口に出していた。班の中の裏切者はひめりだったはずだ。彼女はまだ何もしていないのに、消失の条件を三つとも満たすなんてことがあり得るのか?


「うちのせいだ」


 消沈した顔で夕奈がつぶやく。


「うちが指示したんだ。書斎を調べて、見つけた古文書の解読を雄星に任せた。それが失敗だった。軽率だった」


 横から玲生が申し訳なさそうにHOを差し出してくる。併せて渡されたメモ用紙には走り書きで『二枚目は絶対に読まないでください』と書かれていた。


【調査HO:古ぼけた糸綴じの書物。書かれてある文字は崩されていてほとんど読めないが、ところどころに描かれているおどろおどろしい抽象画が不安感を煽る。〈道具〉『古文書』を取得】


 二枚のHOは上部で糊付けされている。四辺がぴったり重なっているため、ふとした拍子にめくれることはないようだ。逆に考えれば、二枚組になっていることに気づきさえすればあっさりとその中身を見ることが可能なつくりになっている。


「その二枚目を読んで、雄星は消失ロスト扱いになった。とんでもない罠だよ」


 夕奈は悔しさと恨めしさの混じった溜め息を吐く。読むだけで消失扱いになる即死トラップに、TRPG慣れしている夕奈でも理不尽さを禁じ得ないのだろう。


「それで、雄星はどこに?」

「消失したPCはゲームに参加できない。今は別室で待機させている」


 行方先生が割り込んで答える。


「しばらくしたらこの教室に呼び戻すつもりだがな。一人寂しく待つよりは残りのフェーズを観戦するほうが退屈しないだろう」

「……ご配慮に感謝しますよ、KP」


 夕奈は感情を押し殺した声で言う。調査フェーズの間にぼくらの知らない衝突があったのかもしれない。


 なんにせよPCが一人減った。それもひめりの秘匿HOにあったものとは別の要件を満たして、だ。他にも踏んだら終わりの地雷HOが潜んでいる可能性は十二分にある。


「先に言っておくが、取得した時点で消失扱いになるようなHOはない」


 見透かしたように行方先生が釘を刺す。


「漣は解読する選択をしたから消失扱いになった。その選択の余地もなくゲームから排除するような仕組みは公平性を著しく損なうからな」


 ここでも公平性か。不確定要素は自分の卓にはないとも言っていたけれど、それも行方先生の屁理屈のような気がして信用できない。


 ――覚えておいてね。君たちの邪魔をする人が、他にもいるってことは――


 ぼくらの敵は、相も変わらずぼくらの秘密を握っている。


 ともかく今はゲームを進めるしかない。それぞれのチームが持ち寄った情報を共有し、少しでも生き残る確率を高めなければ。


【調査HO:デルタは同級生から恨みを買っている。中には復讐のために並々ならない執念を燃やしている者もいるようだ。】

【調査HO:フォックストロットは夕食後にも同伴の教師に呼び出しを受けている。そのときの様子は夕食での楽しい雰囲気とはかけ離れていた。】

【調査HO:生贄に選ばれるのを回避する方法がある。『しるし』を身につけるか、『しるし』の施された部屋から出ないこと。】

【調査HO:長さ一メートル程度の木刀。柄の部分は幾重にも布が巻かれており、初心者でも手を滑らせずに振るうことができる。〈道具〉『木刀』を取得】

【調査HO:市販の手帳。ボールペンで殴り書きされた日時や文字列があるが、一部のぐしゃぐしゃにされており解読は容易でない。〈道具〉『手帳』を取得】

【調査HO:戸棚に収められていた藍色の塗料。原材料は不明。蓋を開けると甘ったるい香りが鼻をつく。〈道具〉『藍色の塗料』を取得】

【調査HO:古ぼけた糸綴じの書物。書かれてある文字は崩されていてほとんど読めないが、ところどころに描かれているおどろおどろしい抽象画が不安感を煽る。〈道具〉『古文書』を取得】


「盛りだくさんだな」


 そんな間の抜けた奉司の第一声からでも議論フェーズが始まる。


「上からさくさく行こう。奉司、この恨みってやつに覚えはある?」

「ねーな。誰に恨みを買われてるかも知らねえ」

「皆にも一応訊くけど、Dに対して強い恨みを持っているPCはいる?」


 誰も名乗りを上げない。亜月だけが「御先個人に対して恨みを持ってる人ならいるんじゃありません?」と言い出す。一旦はスルー。


「次。亜月、教師と話して得られた情報を、この場で開示することはできる?」

できません・・・・・

「分かった、じゃあ次はBチームのHOだ。『しるし』とはどんなものだろう?」

「HOに書かれている以上のことはわかんねえ。身につけられるサイズで、部屋に施すこともできるっつーからアクセサリーの類いだと思うぜ」

「あとはボディペイントの線もありますね」

「塗料を使って、か。うちらが見つけた藍色の塗料が役に立つね」

「でもどういうしるしを描けばいいかわかんないよ」

「それも後々調べていかねえとな……」

「四つ目。木刀はBチームが所持しているけど、これは何に使うものだろう」

「村人と戦うためのものでしょう」

「亜月ンってわりとバーサーカーだよね……」

「そうか? オレも同意見なんだが」

「不本意ながらこれだけは一致しましたね」

「バーサーカーが二人……」

「真面目な話、わざわざ初心者でも扱えるって文言があるんだから対村人のお役立ち装備っぽいよね」

「千明ンまで乗っかるの!?」


 コントのような流れをしているけれど、ひめりからすれば木刀の有用性を否定するのは使命の達成のための着実な一手だ。意識して振り返ってみれば、これまでにもひめりは素知らぬ顔をして工作を仕掛けてきていたのだから笑えない。


「木刀といえば護身用って考えるけど、頑丈さを活かして壁を壊したりとかもできるんじゃないかな」

「民泊の中をか? 間取り図を見た限りじゃあ怪しい隙間はなかっただろ」

「建物を壊すなんて、まったくあなたは野蛮ですね」

「じゃあどうするってんだよ」

「簡単なことです。鍵のかかった部屋の鍵を壊すんですよ」

「五十歩百歩じゃねえか」

「息ぴったりだね君ら」


 本当は仲が良いんじゃないか、この二人。


「次はCチームのHO。その手帳の解読ができる見込みはある?」

「手立てがあれば。けど同じタイプの調査HOを読んで雄星は脱落してしまったから、解読するにしても慎重にするべきだとうちは思う」

「そうだね……ついでに訊くけれど、調査HOの二枚目を読むための手立てに心当たりはある?」

「えっと、どうだろう。雄星が行方先生と何か話してたんだけど――」

『漣くんの秘匿HO』


 玲生が素早くメモに言葉を小分けにしながら筆記する。


『彼のPCには文書を解読する技能があった』『何回も使えるわけじゃない』『出し渋っていたけど』『少しでも多く情報を得るために使った』

「なるほど、それで雄星にしか読み取る権限がなかったのか」

『:)』


 伸びた前髪で表情が窺えない代わりに簡易的な顔文字で表現する玲生。感情を代替するのはいいとして、筆記なのにわざわざ記号で表すのには意味があるのだろうか?


「解読の技能があれば手帳も読めるかもしれないけれど……そこまでして即死トラップを食らわされるのはなんとも、だね」

「ゲームバランス狂ってますってよー、センセー」

「……文句はセッションが終わってから聞く」


 行方先生は不服そうに腕を組んでいる。大人げない。


 さて、だ。今ので現状の七つの調査HOは確認した。地雷の古文書を含め所持している〈道具〉は四つ。最も利用価値がありそうなのは藍色の塗料のように思えるけれど、結論を出すのはやや早計だろう。『しるし』が『退魔の印』と同じものを指しているのかどうかもまだ判断がつかない。


 つまりまだ材料が足りない。大きな行動を起こすには、情報の裏取りが必要だ。


「雄星が脱落したのは痛いけど、後悔したってしょうがない。残りのメンバーでもう一巡調査を――」

「おっと、誰がこのまま調査フェーズに行くって言った?」


 ぼくの言葉を遮ったのは行方先生だった。


「一巡目の終了時点で作中の時間は消灯時間を過ぎている。ここから先の調査には追っ手を引きつける囮役の選出が必要だ」


 道理は通っている。反論はできない。


 どうする――雄星が消えて残り六人。そこからさらに囮を出すのはそう易々とはいかない。今のチーム編成で一人を囮にすればその片割れが孤立する。やはりメンバーの割り振りを切り替えるか。でもチームの数をひとつ減らすと今度は情報が集まらない――


「オレが囮役になる」


 名乗り出たのは奉司だった。


「こういうのはオレの仕事だろ。時間稼いどいてやるから、お前らは少しでも情報を集めてくれ」


 ここぞとばかりに格好つける奉司の姿に、ぼくは安堵する。


 ありがとう。


 これでひとつ、手間が省けた。

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