第十八話 エンパシー


 午前九時半を過ぎた頃、玲生の登校をもって七人のプレイヤーが教室に揃う。


「それじゃあ昨日の結果発表リザルトだ。点数配分は使命達成につき一点、全体目標の達成に寄与した三名に一点ずつ追加する。ここではその合計のみ発表させてもらう」


 発表をもったいぶりそうという大方の予想に反し、行方先生は坦々とそれを読み上げる。


「伊丹夕奈、二点。鹿野ひめり、一点。九条亜月、〇点。漣雄星、二点。数久田玲生、一点。柊木千明、一点。御先奉司、〇点。以上だ」


 静かに息を呑む。他の誰も目立ったリアクションを取らない。それが今後の不利に繋がると理解しているからだ。


 同率一位は夕奈と雄星。どちらも使命を果たしつつ功労者としての点を獲得している。概ね予想していた展開だった。


 問題はもう一人いるはずの功労者。一点を獲得した三人のうち、ひめりは使命を公開しており達成しているのも確認済み。玲生についても彼が何かに貢献した場面なんて一度も目にしていない。となると残るのは自分だけだが、消去法的に功労者枠に入るとしても矛盾がある。


 ぼくは第一セッションで『内通者を見つけ出す』という使命を帯びていた。内通者はひめりのCO、すなわち自供によって判明し、自動的に使命を達成したことになったはずなのだ。


 使命の達成はCOがなくとも成立する。それはシナリオクリアまでCOを行わなかった雄星と玲生に使命達成の点が入っていることから明らかだ。あるいはぼく自身が内通者を暴き出さなくてはならなかったということか? だとしたら秘匿HOに明記するはずだ。


 昨日の秘匿HOに書いてあったのは確か――『必ずしも内通者を暴く必要はないが、この情報を他の信頼できる班員と共有してもよい。』――ああ、そうか。


 ひめり、夕奈のHOは『~しなければならない』という義務の形を取っていた。


 一方でぼくは『内通者を暴く必要はない』としたうえで『~してもよい』という許可がなされていただけだった。


 要するに、ぼくは最初の時点で使命の与えられていない役を割り振られていた、というわけか。


「終わった内容については苦情も質問も受けつけない。説明しだすといつまでも今日のセッションに入れなくなるからな。ただでさえ今も時間押してるってのに」


 行方先生は三枚綴りのプリントを教卓の上で扇子のように軽く広げる。それから評価点の高かった順に名前を呼び、プリントを選ばせてから手渡していく。


 表紙となる一枚目にはアルファベットが一文字記されている。ぼくが選んだものにはチャーリーとあったことから、おそらくアルファゴルフと割り振られているのだろう。二枚目と三枚目には十字線で区切られた四つの枠に、それぞれ整然と情報が書き連ねられていた。


「一枚目のアルファベットは単なる識別用の記号だと思ってくれ。二枚目の情報は共有可能な公開HO。周りも知ってるキャラクター設定みたいなもんだ。三枚目の情報は共有できない秘匿HO。自分しか知らない真実、他人に知られてはいけない使命が含まれている」


 内容を覗いて、ひと目で理解させられる――第一セッションはただのデモンストレーションでしかなかったのだと。ここからは一切手を抜かない、本気で頭を回転させなければ勝負にもならない『騙し合い』が始まるのだと。


「これから一時間、各自でそのHOの読み込みをしてもらう。共有可能な範囲なら誰かに相談してもいいが、相手にヒントを与えるような訊き方はしないように注意しろ。でなけりゃ不利な状態でスタートして、あとはズルズル落ちてくだけだ」


 それともうひとつ、と行方先生は続けて一枚のプリントを配布する。今度は記号の割り振られていない、内容も共通の文章だった。


「先に導入HOも配っておく。フェーズが始まってから情報の擦り合わせをしてちゃあテンポが悪いからな」

「趣も何もあったもんじゃないすね。事務的な進行はKPとしてどうかと」


 夕奈が苦言を呈する。行方先生は何食わぬ顔だ。


「分かりやすさを優先したんだよ。個々での質問が多かった昨日の反省を活かして、手元のそれを読めば全部察するように作り直した。責められるいわれはねえな」

「……そっすか」


 準備を怠ったのならまだしも、逆に手間が増えているとなればプレイヤー側は強く言えない。その辺りの事情は夕奈もよく知るところなのだろう。


 HOの配布を終えた行方先生は早々に教室を出て行ってしまう。時間が押しているというのが事実なのか、質問には答えないという意思表示なのか。どちらにせよ、ぼくらは昨日学んだノウハウで第二セッションに挑まなければならない。


 教室内は静まり返り、それぞれにHOの精読を始める。ぼくは手元のHOに視線を落とした。


【導入HO:修学旅行三日目。君たちはその日の観光を終え今夜の宿泊地へやってきた。人数が多いために細かくグループ分けがなされ、君たちの班は小さな山村の民泊に一泊することになっている。君たちは村民たちの歓迎を受け、和やかな時間を過ごす。しかしひょんなことから、時を同じくして村で行われていた奇怪な儀式を目にしてしまう。生贄が必要という言葉を耳にし、身の危険を感じた君たちはこの一夜をやり過ごすために今すぐ行動を起こさなければならない。】


 昨日と比べると突飛なストーリーだ。山村の民泊、村人の儀式、そして生贄。いわゆる民俗学的なホラーを想起させるキーワード。ぼくらはそんな場所で生き延びなければならないらしい。


 少々現実離れしているものの、このくらい非日常らしくあったほうが遊び甲斐があるようにも思える。想像力を働かせてシナリオに没入できればきっと楽しい。


 少し椅子を引き、夕奈の背中越しに玲生の様子を窺う。相変わらず縮こまるような姿勢で座っているが、HOにはきちんと目を通しているようだ。


『あいつは本来もっと明るいやつなんだ。マダミスみたいな頭脳系のゲームが得意で、よく一緒にボードゲームとかやったりしてさ』


 昨晩の奉司が言っていたことを思い出す。奉司は親の離婚で転校を余儀なくされるまで、放課後に家へ遊びに行くほど玲生と仲が良かったそうだ。そのときの玲生と、今のように何かに怯えるように沈黙する彼のイメージは、あまりにもかけ離れているという。


 いったい何が彼を変えたのか。それを知るためにも、今回のセッションではなるべく玲生と接点を多く持ちたい。今の彼を知らなければ、過去の彼と比べることもできないだろうから。


 そのためにもなるべく動きやすい役割が欲しい――怪しい山村で生き残るという全体の目標に対し、それを阻害するような役回りのプレイヤーが配置されるであろうことは想像に難くない。敵対者の特定は必要不可欠であり、言い換えれば敵対者は自分の正体を隠すために大きく行動が制限される。ぼくにとってあまり望ましい役割とはいえない。


 祈るような気持ちで、ぼくはHOの三ページ目を開いた。


【秘匿HO:君は班の中に恨みを持つ相手がいる。君の使命は生贄騒ぎの混乱に乗じて対象を抹殺することだ。】


 初っ端から物騒な文字が飛び込む。ぼくは今回、シナリオ上で恨みのある相手に復讐しなければならないようだ。それも抹殺というからには、全体の目標とは矛盾する形になる。つまり、どこかで他のプレイヤーと敵対せざるを得なくなるということだ。


 前回のカードサイズだったHOと比べ、今回はA4サイズで空きスペースが多く箇条書きも多用されている。横から覗き込まれないように注意しつつ、順に読み進めていく。


【メイン使命:対象(役割記号デルタ)の死亡あるいは行方不明】

【サブ使命:翌日までの生存】


 自らの生存よりも復讐のほうが優先度が高いというわけか――余程強い恨みを抱いているらしい。箇条書き以下の部分にもそれだけの恨みを募らせた経緯が事細かく記されていて、まるで自分事のようにロールプレイを求められているようにも読めた。


 どうにかして奴を葬りたい。湧き出る殺意に従って、なるべく残酷な方法で。


 身も蓋もないことを言えば、ぼくはこの役割に必ずしも従わなくたっていい。使命を果たして評価点を貰うことも、ぼくにとって大きなモチベーションにはなり得ない。


 けれどぼくはこのテキストに魅入られていた。虐げられ、貶められ、執拗く練り上げられた復讐者の役割ロール。助けを求める彼女・・の声が、ぼく自身の声と重なる。


『許サナイ、許サナイ、絶対に許サナイ』


 ぼくは使命を果たす。それが彼女のためになるのなら。


 たとえ刺し違えてでも。


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