第十九話 コモリはじまり
午前十時半。第二セッション開始。
「今回は最低でも三つのチームに分かれて行動してもらう」
導入HOの読み上げ後、行方先生は青髭の残る顎を擦りながら言った。
「四人以上で行動するのは目立つという設定だ。単独行動ももちろん可能だが推奨しない。導入HOからも分かる通り、君たちは常に狙われていると思え」
「チームで別行動するのは分かりましたが、物理的に他チームに伝わるはずのない情報はどう扱うんですか。会話も漏れ聞こえますよね」
「各チームごとに教室を分ける。せっかく誰も使ってない教室があと五つあるんだから利用しない手はないだろう」
行方先生は白衣の内ポケットから鍵の束をちらつかせる。よく持ち出し許可が取れたものだ。
「今いるC組の教室は全員合流時の場所としよう。D、E、F組の教室はそれぞれのチームが占有してもらっていい。そこで調査、行動をおこない、推理や投票のときにはまたC組の教室に戻ってきてもらおう」
「移動が多くなりそうですね……」
亜月が心配そうにつぶやく。
「そのくらいなら平気だよ、九条さん」
雄星が松葉杖に手をかける。昨日は一教室内で完結して目立たなかったけれど、彼の脚は本来車椅子を使わなければならないほどの重傷を負っているという話だ。少しでも身体を鈍らせないために松葉杖での歩行を選んでいるそうだが、傍目にはとても苦しそうに見える。
「つらかったらいつでも言ってください。肩を貸します」
亜月も彼の苦労を間近で見ているからか、かなり親身に接している。それだけに雄星の彼女に対する冷ややかな態度は気にかかるところだった。
「で、その肝心のチーム分けはどうするよ」
奉司が各位を見回しながら言う。
「オレら全員HOを読んじゃあいるが、誰と組むのがいいかなんて分かんねえぞ?」
「いや、そうでもないよ」
すかさず指摘を入れる。『分からない』というのは情報不足の証であり、そのまま主張を続ければ墓穴を掘る羽目になる。前回得た教訓のひとつだ。
「HOの中には他のプレイヤーが動かすキャラクター……長いからPCと略そう。そのPCとの関係が書かれている人がいると思う」
「あぁ、この役割記号ってやつか」
奉司が自分の公開HOを見て納得する。
「これによるとオレは
「……最悪」
嫌悪感たっぷりにつぶやいたのは亜月だった。
「Fは私です。御先とペアだなんて、ほんとツイてない」
「ンだとぉ……?」
奉司が立ち上がって威圧する。亜月はまったく動じない。
「まぁまぁ、落ち着いて」
あまりこういう役回りはやりたくないけれど、割って入るしかない。
「今みたいにPC間の繋がりがあるのは意図的なものだと考えられる。単なるフレーバー程度のものかもしれないし、シナリオをより複雑にする意図もあるかもしれないけど。どちらにしても無視するかどうかはこれから話し合って決めればいい」
「……お前がそう言うんなら、従うけどよ」
大人しく席に戻る奉司。
「あら、やけにあっさり引き下がるんだ。すっかり物分かりがよくなっちゃって」
「あーもう煽んな煽んな。せっかく千明が狂犬飼い慣らしてくれてんのに」
見かねたのか夕奈まで間に割り込んでくる……その言い方もどうかとは思うが。
「うちも千明の方針に大筋で賛成。キャラ同士の接点は大事だよ。でも他に組むべき理由はあるだろうし、そこを確認しないことにはね」
「組むべき理由って、たとえば?」
「お互いの目的のために協力できるとか、欠点をカバーできるとか、そういう理由。たとえばうちのPCは実家が寺らしい」
「テラ?」
「なんだその初めて聞く単語みたいなリアクションは」
データ容量の話はしとらんよ、とおどける夕奈。
「要は霊感があるよっつー話。具体的に何ができるかは秘匿HOだから言えんけど、もし霊的な何かとバトることになったら、うちはけっこー使えるヤツだぜ」
調査や行動に役立つ技能を持っている、ということだろうか。確かに能力としては貴重かもしれない。それに付随する使命が気になるところではあるけれど、ひとまず夕奈がメンバーの大半にとって有益な存在であることはアピールできたわけだ。
気をつけるべきは、その大半に属さない敵対勢力にまでその有益さが伝わってしまうことだが……夕奈がそのリスクを承知していないはずもないか。
言わずもがなチーム分けは使命の達成確率に大きく影響が出る。なるべく自分の使命を遂行しやすくするためにペアあるいはトリオになる相手を選びたいところだ。その一方であまり積極的にペアに誘ってしまうと腹の探り合いになる。そうならないために自PCの有用性を強調する。選ばれる側になれば以後の行動でも優位に立てる。
そういった観点で言えば、ぼくの有用性は初期の所有物にある。復讐を果たすため、いつでも使えるようにと懐に忍ばせてある刃渡り五センチの折り畳みナイフ。うまく使えば対象に致命傷を与えられる、と秘匿HOには書いてあったが、使いどころは極端に限られるだろう。
何より、こんなものを持っていると知られた時点で孤立は免れない。チームに勧誘してもらうための強みとして活かすこともできない。
「うーん、最初からむずかしいなぁ。フィーリングで決めるのはダメなのぉ?」
ひめりが泣き言をいい始める。
「決めてもいいでしょうけど、後悔先に立たずですよ」
「それはそうだけど……ひめりは直感も大事にしたい!」
「ご自由にどうぞ」
「えーん、亜月ンが冷たいよーう」
「どうしろと」
亜月は困った顔でぼくのほうを見てくる。
「千明さん、この子引き取ってくれません?」
なんでぼくが、と返しそうになるのを堪える。
「亜月とひめりで組むのは難しいの?」
「ええ、そうなんです。今回私のPCは班長なので、引率の先生に何度か定時連絡をしないといけなくて。その都度チームから抜けるか全員引き連れて行くかする必要があるんです。だから積極的な調査には向かないというか、調査がやりたいひめりさんとは噛み合わないというか」
「ひめりは調査がやりたいんだ」
「うん。そっちのほうが楽しそう」
無邪気なものだ。そんなにマダミスが気に入ったのだろうか。昨日のセッションのどこにひめりは惹かれたのだろう。
「そういうわけで、差し支えなければ千明さんに引き取ってもらいたいのですが」
「ねーえー、おねがいパパー」
「誰がパパだ」
冗談は抜きにしても、これは存外悪くない提案かもしれない。自分から組む相手を選ばず、調査を志望するチームに属することができる。ある程度自由の利くポジションが欲しいぼくにとっては渡りに船だった。
懸念点を挙げるとすれば、ひめりにも単純な好奇心以外の思惑があるかもしれないという点だが――それは誰と組むにしても払拭できない。割り切った方が良さそうだ。
「仕方ないな。ひめりはぼくが引き受けるよ」
「やたっ!」
ペアが成立するやいなや、ひめりは早速ぼくの手を握ってくる。距離感が近いのは相変わらずだった。
「えへへ、実は最初から狙ってたんだよねぇ。千明ンって意外に賢くて頼りになりそうだったから」
「意外に賢くて悪かったね」
人目も憚らずじゃれてくるひめり。その背後で怪訝そうにしている奉司に、ぼくは片目を瞑って大丈夫だと合図を送った。
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