第五話 対決
クロエも空気を読んだのかしゃべり疲れただけか沈黙し、車内を静寂が包み込む。
張り詰めた空気の中で結の感覚は確かに"それ"の位置を捉えている。結は閉じていた瞳を開き、慎重に"それ"へ狙いを定める。
「――――ッ!」
時が止まってしまった様な一瞬の静寂の後、刀を振るうために特化した結の体躯から常人では目に終えない程の速度で刺突が放たれ、易々とエンジン部に刀身が食い込んでいく。
しかしそれを予見していた様に車体が左右に大きく揺れ、切っ先が到達しようとしていた"それ"から僅かに逸れてしまった。
「くそ!こいつ僕の刺突に合わせて蛇行運転して交わしやがった。しかもさっきまでエンジン部に居座ってたのに車体フレーム内で動き回ってやがる」
「おお、こいつはすげえ!このユーレイ意志を持ってやがる、ますます興味深いぞ」
「そこ喜んでる場合か!?こいつ完全に悪意を持って人を拐ってる妖怪の類だぞ」
「でもでも、久しぶりの本物だしもうちょっとデータ採っててもバチは当たらないだろう…?」
結の切羽詰まった叫びに対して、クロエは結の視界にわざわざ自分の姿を映して上目遣いでしんなりボイスを出してくる。
「かわい…!じゃなくてこっちは絶賛大ピンチだって言ってるだろ!僕が帰れなかったら寿司も食べれないぞ」
「寿司が食べれない…だと?アイボーお困りの様だな、ここは天才万能美少女ハッカーの俺が助けてやるよ」
見事な手の平返しを披露したクロエは先ほど車内に展開したドローンとナノマシン操作し始める。
「それはありがたいよ…でも電子系統がイカれた車体をどうやって止めるんだ?」
クロエの見事な変わり身に呆れ顔の結が疑問を口に出したが、クロエが自信たっぷりに返答した。
「確かにソフト的には制御は奪えないがハード、つまりは車体本体の動きを止めれば良いんだろ。とりあえず俺を信じろアイボー、お前の合図で一瞬だけ車体を止めてやる」
「なにその俺様系イケメンホストみたいなかっこいい回答。まあクロエがそう言うなら信じるよ」
幾つもの怪事件を解決してきたためお互いに全幅の信頼を寄せあっている二人は再び"それ"に対峙する。
1人は"それ"の目と鼻の先に。1人は遠く離れた画面越しから。遠く離れた状態であっても結はクロエなら何とかしてくれるという確信があった。
再び瞳を閉じる。呼吸を正常に、身体に酸素を廻す。感覚を研ぎ澄まし車体を動きまわる"それ"の位置を捉え、瞳を開けて狙いを定める。あとはクロエとタイミングを合わせるだけだ。
――舞台は整った。あとは"こいつ"を祓うだけだ。
「世の中じゃAliceは完璧な存在だって思われてる。一部では神扱いする信者がいるくらいにな。そのAliceが認識できなかった異常現象だ。誰がそんな危ない物に触れたがる?こんなの普通の警察官に追える仕事じゃねえよ。俺たちみたいな専門家のテリトリーだ。さあ揉み消された真実を暴いてやろうじゃないか、アイボー!」
「ああ、今度は外さない!今だクロエ止めろ!」
合図と同時にクロエが操作しているナノマシンが車輪とシャフトを物理的に固めて、動きを止める。
それとほぼ同時に結から神速の一撃が放たれ、先ほどと同じ手を使って回避しようとしていた"それ"を完全に貫いた。
『ギャーーー!』
突如、車内に断末魔の叫びが響き渡った。そして制御を失った車体は大きく弾み何度も横転し、数十メートル吹き飛んだ後に停車した。
「――ぶ。結!大丈夫か!?返事しろ結!」
遠くからクロエの声が聞こえる。どうやら車が横転した際に頭を打った様で意識が混濁していたみたいだ。結はクロエの心配そうな声を聞きながらいつもこうなら可愛げもあるんだけどなあ、とぼんやり重いながら返事する。
「ああ、大丈夫だから落ち着いて。軽く頭を打ったけど出血も無いし、どこも折れてない」
「な、なんだよもうそれなら早く返事しろよ…てか心配なんてしてないからな!高級寿司の話が無くなったら困るだけだ!」
「はいはい、被害者見つけれたら成功報酬で食べにいこうな。まあ被害者がこの裏世界みたいな所で生きてたらの話だけど」
結はひん曲がって開かなくなった扉を自身のロボットアームこじ開けて車外に出なからそう告げた。
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