第四話 正体
結のコンタクトレンズからクロエのマシンに環境情報が送られていく。結は同時に持っていたアタッシュケースを開き、小型自走ドローンを起動させ車内のスキャンを開始させる。
自走ドローンにはデータ収集用のナノマシンも搭載されているため、ドローンが入れない程の小さな隙間から車体のフレーム内部にも潜り込むことが可能だ。
「どうだ、なにか分かりそうか?」
「うーん、データの送受信は問題ないみたいだけど。ちょっと待って…ん?なんだこれ…」
なにやら送られたデータを見てクロエが驚愕しているが、結が車内をぐるりと見渡しても不審な点は見当たらない。
「クロエ、なにかわかったなら教えて欲しい。どうにかしてこいつの動きを止めたい。くそ、扉もロックされてるのか」
「ああ、そうだった。お前から送られてくる視界情報からは何の変哲も無いタクシーとしか認識できなかったが、ドローンがスキャンした車のフレーム内部は面白いことになってたぜ」
意味深に告げたクロエが解析したデータを結の視界に表示させる。結もそのデータを見て顔をしかめた。
「なんだこれ…?」
「俺もこれには流石に驚いたぜ。今も時速120kmで爆走してるそのタクシーの内部はジャンク品みたいな半世紀前の廃車なんだからよ。どうやって動かしてるのかさっぱりわからねえ、凄いぞこいつは"本物"の心霊現象だ!」
結の視界にはクロエが解析して生成した車の3Dモデルが表示されている。しかしながらそれは現在、政府に規制され使用が禁止されているエンジン車のデータだった。
さらに事故車なのか大幅にフロント部分を損傷しており明らかに走行できる状態ではない。結もこれはクロエが言うように"本物"の怪異だと認めざるおえなかった。
「なんで喜んでるんだよ…こちとら絶賛その心霊現象に巻き込まれてるんだ。大方予想はできてたが実際には乗りたくなかったわ」
結の幻肢痛はある条件下にある際に起こる物だ。その条件は霊や妖怪の様な怪異が近場にいる事であり、先ほどから感じる痛みはタクシーに憑いている怪異の存在を示唆していたようだ。
どれだけ経ってもこの痛みには慣れないな、心の中で愚痴りながら結は再度車内も見渡す。正体を知った今でもただのタクシーにか見えないそれは今も無機質に走り続けている。
「これが無人幽霊タクシーの正体って訳か。Aliceが統制する世界にまだこんな力のある怪異が残ってた事には驚いたよ。依然としてこいつの目的地とか被害者の行方とかわからないことは山ほどあるけどとりあえずこいつから脱出しないとなんかヤバそうだ」
「それもそうだけど、どうするんだアイボー。そのタクシーが歴としたテクノロジーで動く代物ならこっちで制御を奪おうと思ったけどそれは無理みたいだぜ。俺としてはそいつを生け捕りにしてじっくり研究したいんだけどなー!」
結はこんな時でもいつも通りのクロエの返答に気が抜けていくのを感じながらも真剣な声音で返事する。
「クロエが愉しそうでなによりだよ…喜んでるとこ悪いけど生け捕りとか高度な事は無理だからな。仕方ない、あまりやりたくはなかったけど"本体"を祓って止めるしか無いみたいだな」
結はため息を吐きながら、もう一つの所持品を手に取る。それは約80cm程のシンプル装飾があしらわれたステッキだった。
結はそれを両手で握り、おもむろに引く。刹那、結の生体認証を読み取ったステッキの電子ロックが解除され直刀の刀身が露になった。
――渡辺家。一族はかの有名な渡辺綱より代々は妖怪退治を生業としてきた。結もまたその血を継いでおり、"それら"を払う術を幼少期から叩き込まれた。
刀を抜いた瞬間から通常の感覚神経から"それら"を感知する神経に切り替わっていく。結はぼんやりとしか感じてなかった"それ"が発する気配を肌で感じ始めた。
「前から思ってたけどその仕込み刀ってBLEACHの浦原喜助が持ってた斬魄刀みたいだよなー」
「ウラハ…ざ…誰だそれ?またいつもの古い漫画かアニメか?」
「ばか野郎、BLEACHは男の一般教養だろ!これだから素人は、小学生からやり直せ」
「お前は女だけどな…」
電話口で平成レトロな漫画の蘊蓄を熱く語っているクロエをスルーしながら、結は瞼を閉じて感覚を研ぎ澄ましていく。
高速で走っている車体を刀一本で止める為には動かしている"本体"を祓うしかない。どんな反撃がくるかわからない以上一撃で祓いたいが、"それ"はこの世の理から外れた存在だ。人間の本来の感覚では認識すらできない存在を感じ取らなくてはならない。
全ての感覚を限界まで引き上げろ。こいつの波長に合わせて潜んでいる正確な位置を割り出せ…結は自分に言い聞かせながら刀をコンパクトに構え、刃先を下に向けた。
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