【朗読小説】妖精の枕

Danzig

第1話


妖精の枕



ここはスーニアという山に囲まれた小さな街。

この街には、今、街中の話題となっている不思議な店がある。


「妖精の枕」という看板のかかった不思議な店。



この店の何が不思議かというと、

来店した客が望んだ夢を見せてくれるというのだ。


利用できる客は、一日一人限定

勿論、予約制


店は夕方に開き、朝になって客が目覚めたら店が閉まる。

予約した客に会わせて営業時間が変わる。


たった一人のためだけの店。

その特別感も店の魅力となっている。


一日一人しか客を迎えない為、値段はとても高価なのだが、

それでも一カ月前にオープンしたこの店は、瞬く間に話題となり、なかなか予約が取れない事でも有名な店となった。


自分の好きな夢が見られるなんて、何てステキな店なんだ

あんな夢が見たい、こんな夢も見てみたい。

誰もが、そう思う事だろう。


だが、残念な事に、この店を利用できるのは、一人一回限り。

だから、客は自分が本当に見たい夢を注文する事になる。



「いらっしゃいませ、ご予約のお客さまですね」


店に入ると、小柄な店員が客を出迎える。


「お待ちしておりました。

このお店は、あなたの望む夢を見て頂く事が出来ます。」


客を案内しながら、店員はいう


「どうして、そんな事が出来るのか、不思議ですか?

それは、このお店には、『妖精の枕』という特別な枕があるからなのです。


この枕には、妖精が宿っていて、お客様の望みを叶えてくれるのです。


残念ながら、『妖精の枕』は一つしかございませんので、お店は、一日にお一人様しかご利用いただけません。

お客様を、お待たせさせてしまい、大変申し訳なく思っております。


そして、当店は、なるべく多くのお客様にご利用して頂きたいので、お客様のご利用は、一度限りとさせて頂いております。

ですから、お店とお客様の出会いも一度きりとなりますので、

是非、後悔をなされぬよう、ご自分の望みを十分吟味なさってご利用ください。」


そう説明して、店員は客を店の奥へと案内する。


店の奥には、主人と思われる人物が待っており、客を迎え入れる。


「いらっしゃいませ、さぁ、こちらへどうぞ」


主人は、丁寧に客を「眠りの部屋」と呼ばれる部屋へと案内する。



客の案内された部屋は、何の飾りもない、殺風景な部屋。

部屋の中には、ベッドと枕しかない。



「この眠りの部屋は、お客様の夢の邪魔にならぬよう、何の飾りもしてございません。

ご用意しているのは、ベッドと枕だけです。


お客様は、お眠りになる前に、枕に向かって、ご自分の望む夢をお話下さい。

この部屋は完全防音になっておりますので、お客様の声は外には聞こえません。

安心して、ご自分の夢をお話ください。


枕に宿る妖精が、お客様のお話を聞き入れてくれれば、お客様の望む夢が見られます。

もし、妖精を疑ったり、嘘をついたりすれば、妖精は夢を見せてはくれません。


でも、ご心配なさらないで下さい。

本当にお客様の望む夢をお話し下されば、きっと夢は見られますよ。


それでは、どうぞ良い夢を」


そう言って、主人は部屋の扉を閉める。


そして部屋に一人残された客は、枕に夢を語って眠りにつく。

すると、不思議な事に、本当に客は望んだ夢が見られるのだ。


今まで不眠症に悩まされていたという人も、

これまで夢を見た事がないという人も、

皆、直ぐに眠りについて、どんな人も枕に語った通りの夢が見られたのだ。、


だから、店を利用した客は全員、満足して店を後にする。

そして噂が噂を呼んで、店はますます有名になっていった。



でも、一度来店した客は、もう二度と店を利用する事が出来ない。

当然、店には「もう一度利用させて欲しい」という客の要望が殺到する。


有名になればなるほど、客の要望は増えて行った。

中には、お城が買える程の大金を払うから枕を売って欲しいという客も現れた。


しかし、店は一切客の要望に応えなかった。

「一日一人限定、お一人様一回限り」

その方針を変える事はないのだった。



そして、お店がオープンしてから三か月が経ったある日、事件が起きた。

突然、店が閉店してしまったのだった。


その急な知らせを聞いて、予約をしていた客が店に押し寄せた。

押し寄せたのは、何も予約客ばかりではない、店に興味のあった人達も一斉にやって来たのだ


店の前には人だかりが出来ていた。

しかし、店に人は居らず、鍵のかかったままの扉に、1枚の張り紙が貼ってあった。


「お客様へ

妖精の枕が盗まれてしまいました。

枕が無ければ、お店を続ける事が出来ません。

申し訳ございませんが、当店は閉店させて頂きます。」


張り紙にはそう書かれていた。

そして、その下には、こうも書かれていた


「枕を盗んだ犯人さんへ

枕を眠りの部屋から出すと

妖精は、枕から逃げてしまいます。

盗んだ枕では、もう夢は見られませんよ」


この張り紙を読んだ客は、一斉に怒り出した。

枕を盗んだ事も許せないが、盗んだ枕を取り返しても、妖精が逃げた後の枕では、夢が見られない事を知ったからだ。

もう自分が望んだ夢が見られないと分かった街の人達は、妖精の枕を盗んだ犯人を探せと、大騒ぎとなった



その頃


そんな騒ぎをよそに、街を出る一台の馬車があった。


大きな荷物の載っていない身軽な馬車には、二人の人物が乗っている。

その二人とは、あの店の主人と店員であった。


店員が手綱をとるその馬車は、のんびりと進んでいた。

「しかし、三か月か・・・・」


店員の隣で、店の主人はしみじみとつぶやいた。


「この街は、案外早かったですね」


店員が答える。


「あぁ、もう少しもつと思ったんだがな」


「すみません、まさか、枕が盗まれるとは・・・」


「まぁ、仕方ないさ、また新しいのを買えばいいよ」


「そうですね、そうしましょう。


それにしても、いつも不思議に思っていたんですが、どうして、夢を見せるのを一人一回きりにするんですか?

何度でも夢は見られますよね」


「あぁ、その事か・・・

そりゃ何度だって夢は見せられるさ

でもな、この商売を長く続ける為には、一度きりにさせた方がいいのさ」


「長く続ける為ですか?」


「あぁ、そうだ。

考えてもみろ、高い金を払って、一度しか利用できないんだ、

誰だって、ヘタな事をしようとはしないものさ」


「なるほど、そういう事だったんですか」


「こういう商売はな、欲をかいちゃいけないのさ、一人一回がちょうどいい」


「確かに、ヘタな事されて、仕掛けがバレちまったら、元も子もないですからね

防音の部屋なんてのは嘘で、客が語った夢を盗み聞きして、睡眠ガスで眠らせてから、親分が催眠術を掛けるってだけですもんね」


「騙す仕掛けなんて、大体は簡単なものだからな、警戒をされてしまえば、バレる危険も大きくなるのさ」


「客は自分で夢を見てるつもりでも、実は親分に夢を見せられているだけなんですからね」


「まぁ、夢なんて、所詮そんなものさ、客が自分で夢を見てるって思ってるんだ、幸せな事じゃないか」


「そりゃ、そうですね」


「さて、今度は、もう少し長くもつといいけどな」


馬車は二人を乗せ、次は海辺の街を目指して、東へと進んで行った。



終わり。

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