コーヒーの味は
Danzig
第1話
昼下がりの公園。
仕事の昼休み、私はよくこの公園に足を運ぶ。
それ程大きくはない、目立たない公園
仕事場から少し離れたここは、
会社の人達が誰も来ない、いわば私の隠れ家だ。
私はここで、昼食を食べながら昼を過ごす。
会社はいつも、嫌な事ばかり。
生活も特に充実している訳でもない。
趣味がない訳ではないが、没頭できる程の熱量もない、
まるで、惰性で生きているような私の暮らし。
そんな私の楽しみの一つが、この公園にきて、昼食を食べた後に飲むコーヒー。
コンビニのコーヒーだが、最近のコンビニのコーヒーの味は、十分美味しいと思う。
家でも自分でコーヒーを淹れて飲んでいるが、
全自動の機械とはいえ、誰かが淹れてくれたコーヒーは、意外といいものだ。
私がこの公園に来るようになって、もう、どれだけ経つだろう
ここには、見知った顔が幾つかある
所謂(いわゆる)、常連さんと言ったところか。
かく言う私も、その常連の一人なのだろう。
その常連の中に、一人の男性がいる。
年齢は70前後だろうか、
優しそうな顔の初老の男性だ。
いつからかは覚えていないが
その男性とは、いつしか会釈をする仲になっていた。
男性は、いつも水筒を持って来ており
ベンチに座り、それを飲んでいる
しかし、いつも、それ程美味しそうには飲んでいないように見える。
漢方薬を煮出した薬でも飲んでいるのだろうか。
いつも不思議に思っているその事を、
今日は何故だか、尋ねてみたい気分になった。
私は男性の座っているベンチに向う。
ベンチに近付くと、男性は私に気づき、会釈をしてくれた。
「何を飲んでいらっしゃるんですか?」
「え?
あ、あぁ・・・これですか」
男性の表情が少し気まずそうに見えた
「隣、失礼してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
私は男性の隣に座った
「いつも、それ、飲んでらっしゃいますよね?」
「え、えぇ、そうですね・・」
「あ、すみません。
ただの興味本位だったので・・・無理にお聞きした訳じゃないんです」
「いえいえ、いいんですよ
これね、私が淹れたコーヒーなんですよ」
「え? コーヒーだったんですか?」
「ええ」
私は少し戸惑っていた
コーヒー好きなら、もう少し美味しそうに飲めばいいのに・・・
そう思ってしまった
男性は、そんな私の表情を見透かしたのか
「ははは、あんまり美味しそうに見えませんでしたか」
「え・・・・ええ
コーヒーはお嫌いなんですか?」
「いえいえ、コーヒーは大好きなんですよ」
「でしたら、どうして」
「いつも妻が淹れてくれたコーヒーを飲んでましてね。
それが大好きだったんですよ。
でも、2年前に妻に先立たれましてね
今は、淹れてくれる人もいませんので、自分で淹れているんですが
なかなか妻の淹れたコーヒーの味にならなくてね」
「そうだったんですか」
「妻の淹れたコーヒーの味どころか
私が淹れたコーヒーは美味しくないんですよ、ははは」
男性は静かに笑った
「なるほど、だから、そんなお顔をされていたんですね。
でも今は、コンビニのコーヒーも美味しいですから、
そういうのを買って飲まれては?」
「ええ、そうらしいですね、
でも、なかなかそんな気分にもなれなくてね」
「じゃぁ、私が淹れ方をお教えしましょうか?
それか、一度、私が淹れて持って来ましょうか?」
「気を遣って頂いて、ありがとうございます。
でも、そういうのは、いいんです」
「いい・・・とは?」
「あなたが淹れたコーヒーは、きっと美味しいんでしょうね。」
「いえそんな、奥様の淹れたコーヒーと張り合おうって訳じゃ・・・」
「ははは、いやいや、ごめんなさいね、そういう意味ではないんです」
「え? どういう事ですか?」
「コーヒーなんて、同じ豆、同じ機械で淹れたのなら、
多分誰が淹れたって、そんなに違いはないんだと思うんですよ。」
「ええ、私もそう思います」
「妻が淹れてくれたコーヒーだって
ごく普通のコーヒーの味なんですよ、きっと」
「・・・・
でも、それがお好きだったんですよね?」
「ええ、そうなんです。
それだから、誰かが淹れたコーヒーが、妻と同じ味だったらと思うと、怖いんです。」
「え?」
「妻のいない日常に、当たり前のように、妻の淹れたコーヒーと同じ味がある。
そうなってしまうと、何だか妻を思い出す切っ掛けが、一つ無くなってしまうみたいで・・・
ましてや、妻よりも美味しいコーヒーだったら尚更・・・」
「そうですか・・・」
「だから、私はコーヒー屋さんには、もう行かないようにしているのですよ。
私の淹れた不味いコーヒーが、妻との時間を想い出させてくれる。
そう思っていたいんです。
私が大好きなコーヒーで苦労している間、妻が近くに居てくれるような、
そんな気がしましてね」
そう言って、男性はコーヒーを一口飲むと
ホッと一息ついて、遠くを見つめた
コーヒーの味は Danzig @Danzig999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます