第6話 遅すぎたんだ

 ところで絵竜は窓の外の様子を見てから呼吸が乱れている。

 そんな状態の少年が拘束した女性の服を弄っている様子は客観的に見てどうだろうか。


こふぉえほがきこのエロガキ


 そう言われるのも仕方がない。

 でも吐き捨てるように言ったその女性の拘束を解かないで、懐にある彼女の所持品を全て取り出す。


「拳銃がない……ってことはやっぱりニセ警官か」


 ふうっと安堵の吐息を吐く絵竜だ。

 

 女性の懐からバイブレーションする携帯端末を取り出した辺りで、女性――警察手帳によると神代凜花というらしいがきっと偽名だ――が意識を取り戻したのだが、絵竜は努めて無視してボディチェックを進めていたのだ。

 

 いや普通に信じられないだろう。いくら絵竜が一部の常識を忘失しているからといって、真夜中に病室に忍び込んでくるような女が警察官というのがありえないということくらいはわかるのだ。

 警察官は特別な理由がない場合、勤務中は拳銃の所持が義務付けられているということをなぜか絵竜は知っていたので、神代(仮)がニセ警察官だということの証拠を得るためにボディチェックを敢行したという次第である。

 いや、勤務中でなければ持っていなくても不思議ではないので証拠にはならないのだが、少なくとも勤務外で真夜中の病院に侵入してきたという不審行動と合わせて有罪ということでどうか。駄目かな。


ひへはぁぬぇーひニセじゃねぇーし!」


 真偽は不明ながら駄目そうだ。


「どうでもいいけど猿ぐつわしたまま叫ぶとブサイクになるんだな」


 また一つどうでもいい知識が増えた。ギャグボール代わりに丸めた包帯を口の中に入れているので顎を動かすたびに変な顔になるのだ。しかも息がし辛いせいだろう、叫ぶと鼻穴が膨らんでやっぱり変な顔になる。

 しかしあえて口に出したことが効いたのか、女性はこれ以上叫ぼうとはせず、ぐぬぬとでも唸りそうな顔で絵竜を睨みつけるばかりだ。

 ぐぬぬ顔も美人を台無しにしていると指摘したほうが良いだろうか。やめておこう。


 というかこれからどうするか。

 さっきまではナチュラルに神代(仮)を尋問するとか考えていたが、よく考えると絵竜の知識にある尋問方法は誘導尋問とか自白剤とか拷問とかだけで、誘導するにも端緒がないし、自白剤は持ち合わせがないし、拷問は手間がかかるし本当に警察官である可能性が微レ存の現状では躊躇われる。そもそも拷問で得た証言の信憑性は著しく低いということだし、リスクに見合っていない。まあリスクとか言い出したら、不意打ちして割と乱暴に制圧した挙げ句に意識を奪って拘束して所持品収奪した時点でもう手遅れという観点しかないのだが。


「やはり拷問するしか」

はへんはーざけんなー!!」


 毒を喰らわば皿までの勢いで拷問を決意しかける絵竜に、ブサ顔になるのも構わず神代(仮)は叫ぶ。

 しかし柄が悪いな。やはりニセか。


「いやでもな、いたいけな記憶喪失の少年の病室に真夜中に忍び込んできた不審人物が仮に勤務外の警察官だったとして、どうすればいいんだ? 警察に突き出しても、なんの非もない少年の正当防衛が認められる気がしないんだけど?」

ははらっへほうほんふほうっへはふはーだからって拷問しようってなるかー!」


 正当防衛が認められないと暗に認めている辺り、本物なのかもしれない。


 ところでさっきから、猿ぐつわをしているのにちゃんと(?)会話になっている。


――――オウルシステム(ログ)――――

・オートレジスト

┡【身体強化】:実行中

・オートアダプト

┡【暗視】:実行中

┡【暗号解析】:実行中


―――――――――――――――――――


 【暗号解析】ってそういうのもあり? せめて【翻訳】ではないか?

 そうは思えども意思疎通できるなら都合はいい。拷問はともかくこのまま質問してみようとなった。包帯がちゃんと音量を抑えてくれているからだ。


「じゃあ、ニセ警官さんは何が目的でオレのところに?」

ほほはえひほへとへその前にこれ取れ

「聞き取れてるからこのままで」

はへんはーざけんなー!! へひふははひはほひふていうかマジかこいつ

「マジで聞き取れてるから」


 「そっちもだけどそうじゃねーから」というようなことを言いつつ目をぐるぐる回して神代(仮)は混乱を示す。美人なのに顔芸が達者なことだ。イメージだが警察官はポーカーフェイスが得意そうなので、ニセポイントプラス1といったところだ。すでにニセポイント換算で8くらい溜まっていたのでリーチである。10になったらどうなるのか絵竜も知らないが。


 神代(仮)はそれからもうだうだ言ってどうにか拘束を解かせようとしたが、頑なな絵竜についに観念した(話したほうが早いと判断したようだ)らしく、絵竜の病室に訪れた理由を話し始めた。その間にも「喋りにくいんじゃボケー!」「警察サツナメとんのかゴルァ!」というような悪態や脅迫が挟まれたものの絵竜は無視した。ニセポイントは満点突破した。


 やはり事故に関することだった。それと、絵竜が記憶喪失というのを彼女は信じていないようだ。正確には8割くらい信じていなかったのが、絵竜の蛮行をその身に受けて10割になったという。心証的な意味だけでなく、記憶喪失の少年がそんな蛮行をするかという意味で。

 これに絵竜は口を挟む。


「逆じゃないか? 記憶がないからこんなことしてるのでは?」


 自分で言うとあれだが、一般常識による倫理的抵抗感というのがないのだ。

 例えば、警察を敵に回すようなことをすることが拙いことだと知識としてはあるのだが、そこに実感は伴わない。ましてやそれが悪いことだという認識はない。悪いことをしたから罰せられるのではなく、あくまでも相手――広くは社会――の心証や利益を損ねたからその仕返しをされる、という認識である。

 これはおそらく、絵竜の失った記憶に、教育の過程で育まれる倫理観が含まれているせいだ。簡単に言えば、教育を受けた記憶をごっそり失っているから。善悪という観念がないのではなく、善悪を判断する基盤がない。


「ってことだと思うんだが」


 他人事のように自己分析を語る絵竜に「サイコパスじゃん」と不気味なものを見る目を向ける神代(仮)である。

 サイコパスとはちょっと違う気がする絵竜だったが、重要なことではないので指摘しない。ではそもそも神代の疑惑を晴らす必要があったのかという話だが、記憶喪失は本当なので、そこの認識を正すことは重要なことだ。多分。晴らせていないようだけど。


 自分で話の腰を折っておいてなんだが、絵竜は割と焦っている。全然そんなふうに見えないだろうが、これはわざとだ。こちらが焦っていることがわかれば神代(仮)は情報を出し渋って時間を稼ぎに来るかも知れないので。

 自分では平静を装ったつもりで話の再開を促す。


 訝しげにした神代だが、渋々というように話を再開する。


――神代(仮)が記憶喪失を疑ったのは、絵竜が特殊な能力を持ち、それを隠すためにそのように装ったと見たからだ。偽装を確信したのも、絵竜の異常な身体能力をその身を持って受けたためだという。


 そこはまあ絵竜としても否定の余地がないことを認めざるを得ない。記憶喪失の偽装というのが見当違いなだけで。


――しかしなぜか神代(仮)の上司は絵竜から事情聴取することを認めてくれない。絶対にを倒す方法を持っているのに、世を忍ぶ悲劇のヒーロー気取りのガキが記憶喪失を装って捜査を妨害しているのに。こうなれば独自に動いて動かぬ証拠を――


「ちょっと待とう? 怪物? なにそれ」

はらひはぁばふへるあへまだしらばっくれるわけ?」

「いやそう言われても、マジで初耳というか……そもそも、特殊な能力ってのは、割と認知されている感じ?」


 特殊ではあれ無いことは無いという感じなのだろうか。

 神代(仮)の話しぶりからはそう聞こえた。神代(仮)が『魔気回路活性者』であることがその説を補強している。

 そうだとしたらあれこれ隠そうと気張った自分がとても滑稽な感じになるのだけど。病院が何か企んでいるとかも完全に被害妄想のそれである。

 というか事故現場にそんな怪物がいてそれを絵竜が倒したということは、ミクはそれを目撃していたわけで、絵竜が異常な能力を持っているということを、一番知られなくなかったミクは当然承知していたということではなかろうか。


 思わず顔を両手で覆って徒労感と羞恥に悶える絵竜だ。


ふらほっはろうほほふっはんなこったろうと思った


 神代(仮)はそんな絵竜に呆れて、猿ぐつわをしているのに溜息を吐く(吐けてない)。

 「じゃあこれ外して。今なら大事にはしないでやるから」と、何か自己完結して要求してくる。


 絵竜が記憶喪失を偽装しているということを、その穿った動機も含めて改めて確信したらしい。

 だが勘違いである。


「マジでオレは初耳だし、何も知らない。むしろ教えてほしいくらいだ。というかアンタが嘘吐いてないって保証がない。そもそもアンタみたいな警官がいるか」

はひほひふんははぁ、ほへは割といるんだなぁ、これが


 どこか遠い目をして神代(仮)はニセ警官であることを認めない。

 完全にイタい子を相手にするノリである。あるいは自分もそんな警官はいないと信じていたことがあったなぁと過去の自分に思いを馳せている感じでもある。


「対暴とかはどっちが893だかわからないって、確かに知識にはある……え、マジ?」


 今更そんな知識が湧いてくる。


 神代(真?)は静かに頷いて、その知識を肯定した。

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