第19話 秘めたる魔力
「ほら、アリシア。バージル様にご挨拶を」
バージルを前に一応恭しい態度のギルバートだったが、内心は少しの敬愛もないせいか、どことなくわざとらしい。
そんなことを思いながらも、アリシアは素直に頷く。
「お会いできて光栄です、バージル様」
いつもより愛想良く微笑み会釈をすると、バージルはそんなアリシアをまじまじと見てくる。
値踏みするような、居心地の悪い視線だ。
「正気なのか、ギルバート。こんな微力な魔力しか感じられない女を」
微力の魔力どころか、少しも力なんてない。彼らが感じ取っているのは、ユニコーンの加護の力だ。
だが、ギルバートはその事には触れず「正気だよ」とだけ答える。
「オマエが結婚……どんなに良い女を宛がってやろうとしても、のらりくらりとしてきたオマエが」
なるほど。首領から女性の紹介があってもことごとく断っていた事情もあり、ギルバートは生涯妻を娶るつもりはないと周りから思われていたのかもしれない。
「アリシアと出会った瞬間、運命を感じたんだ。彼女を逃してはいけないってね」
「っ!」
どこまでが演技なのか、熱っぽい眼差しで見つめられ、アリシアは居心地が悪くてそわそわしてしまいそうになる。
が、逃げ腰なのがギルバートに伝わったのか、さらに腰を強く抱かれてしまった。
「先日は、俺がうっかり結婚していたことを公にしていなかったせいで、うちの妻が詐欺師扱いされてしまったようだけど……本物だから。これからは、妻共々よろしく」
ギルバートがバーバラに向かって、底知れぬ笑みを浮かべる。
バーバラは、なにか言葉を選んでいるのか、表情を引き攣らせ口をパクパクさせていたが、やがて夫のジェフリーを前に出し言い放った。
「ギ、ギルバート様、そのことでお話が。新しく来たあなたの側近ですが、ナンバー10にするには分不相応なのではなくって? 皆がそう思っておりますのよ。あたくしだけでなく、ジェフリーもバージル様もっ」
視線を感じ顔を向けると、少し離れた場所にいるミリーたちが、心配そうな表情でこちらを見ている。
自分たちが歓迎されていない雰囲気を肌で感じ、どう振る舞えばよいのか戸惑っているのかもしれない。
「分不相応? バージル様の懐刀たちがナンバー7と8で、ジェフリー様の一番の側近はナンバー9。ならば俺の一番の側近がナンバー10なのは順当なのでは? 現に申請も通ったわけだし」
歴代の順位付けを見返しても、たいていの場合ナンバー3の一番の側近は、ナンバー10の順位を貰っていたはずだと、ギルバートは余裕の態度で付け加える。
「そ、そうは言いますけど、我々魔術師にとって魔力の強さが絶対。仲良しこよしで、弱者をこの島のナンバー10に選ばれては困りますの。ねえ、あなた!」
「あ、ああ」
妻に背を押されてもジェフリーは、最初ギルバートを前に及び腰だったのだが。
「そういうことだ、ギルバート。組織の秩序を守るためにも、弱者は排除しなくれはならない。新たなナンバー10の選定については、ジェフリーに一任する」
「はいっ、お任せを! そういうことだ、悪いな。ギルバート」
バージルに指名された途端、ジェフリーはこちらを鼻で笑ってすかしてきた。
ギルバートが、ジェフリーはバージルの腰巾着と揶揄していた理由が察せられる。
しかし、首領の言葉は絶対であるこの島において、これは決定事項。
誰も抗ってはいけない。
「あ、あの……すみません。自分たちは、これでお暇させていただきます」
ずっとこちらの様子を気にしていたルイスたちにも、バージルの言葉が聞こえてきたのだろう。
遠慮がちに、けれどこれ以上ギルバートを困らせないようにと配慮したのか、それだけ告げると会場を出て行こうとするが。
「待ってくださる、ミリーさん。あなたは、あたくしへの謝罪もなく出て行くの?」
「え?」
「アリシアさんと、ミリーさんは、先日のお茶会であたくしとミレイユさんに、とても失礼な態度を取ったのよ」
バーバラがジェフリーへ、大袈裟な告げ口をする。自分たちの態度は棚に上げて……
「おい、おまえたち。我が妻に謝罪しろ」
ジェフリーは、自分より格下だと認識する相手には、躊躇なく横柄な態度をとれるようだ。
如何にも魔術師らしい根性をしているなとアリシアは思った。
ギルバートは動じる素振りもなく、もちろん彼らのご機嫌取りなどするつもりはないといった態度だ。
謝罪の必要はないとミリーたちを制すと、アリシアを背に隠し……スッと笑みを消した。
「へー。ジェフリー、お前がそれを言っちゃうんだ。ふーん」
「な、なんだ!」
「ちょっと、ナンバー3の分際で主人を呼び捨てにするとはどういうことなの!」
「落ち着くんだ、バーバラ。こいつは、目上の者を敬う常識すらないのだから」
相手にするだけ無駄だというスタンスを取りつつ、ギルバートに軽く凄まれただけで、ジェフリーは目を泳がせている。
「魔力の強さが最重要だと言うなら、なぜ俺はいつまでもナンバー2になれないんだろうね」
「なっ、あなた、あたくしの主人を愚弄するおつもり!」
「愚弄? 真実だ。だって……魔力の強さなら、一目瞭然でしょ?」
その瞬間――ギルバートが自分の魔力を、一瞬体の外側へと放出したのがアリシアにも伝わってきた。
波動だけで、その場の空気を彼が支配すると、ジェフリーはなにも言えず青ざめ、バーバラすらわなわなと震えるばかりで、言葉を無くしてしまっている。
「ねえ、お前たちの重んじる魔力で人を推し量るなら、今の魔術師順位は矛盾ばかりだ」
ギルバートは、あざ笑いながらバージルに問う。
「なにが言いたい」
「仲良しこよしなのはどちらの方かな? 俺の優秀な側近が、魔力がどうのってだけでナンバー10に入れないのは、不服だなぁ」
「…………」
さすがにバージルはギルバートの笑顔の脅しには微動だにせず、彼と対峙するように睨みを利かせる。
一触即発の雰囲気に、アリシアは息を呑んだのだが。
「ねえ、あなた。ナンバー10は、このまま変動なしで良いではありませんか。ギルバートの言う通り、彼の側近が上層部に一人もいないのは不公平だわ」
ずっと黙ってことの成り行きを見守っていたクラリスが、そっとバージルに寄り添い訴えかける。
年の離れた愛妻からの懇願に絆されたのか、バージルは険しい表情を少しだけ和らげ思案した後。
「……仕方ない。今回は、お前の側近をナンバー10に据え置くことを認めてやろう」
ルイスたちを上層部に迎え入れることを許可した。
ジェフリーとバーバラは、気まずそうな顔をして、もう何も言葉を発せられないままでいるようだ。
「ああ、よかった。ルイスは、優秀な男だからね。きっとこの島にとってプラスの存在になるよ」
「はっ、もったいなきお言葉です。ギルバート様のご期待に応えられるよう、精進して参ります」
ルイスは背筋を伸ばし、より一層の忠誠をギルバートに誓ってくれた。
(これで、一件落着?)
ほっと肩を撫で下ろしたアリシアは、ミリーと目が合い、自然と微笑み合う。
「さあ、行こうか。俺の花嫁殿」
もう用事は済んだと、清々しい顔でギルバートが手を差し伸べてきた。
この雰囲気の中、よく平気でいられるなと思いながらも、アリシアは彼の手を取る。
先程までの彼らに向けていた冷たい視線が嘘のように、ギルバートは温かな目をしてアリシアに微笑みを向けていた。
「……あまり調子に乗るなよ、若造が」
そんな二人の後ろ姿を、バージルはただただ憎々しそうに睨み付けていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます