第18話 夜会の始まり

「アリシア様、とてもお綺麗ですわ」

「あ、ありがとう」

 今日は、ついにこの島を支配していると言っても過言ではない魔術師たちが集う夜会の日。


 アリシアは、ギルバートが贈ってくれた清楚なドレスを身に纏い、ルーシーに化粧を施してもらった。

 これで少しはギルバートの隣に並んでも、恥ずかしくない女性になれていたら良いのだけれど……などと思いつつソワソワしていたのだが。


「準備は出来た?」

 ノックをしてから部屋に入って来た、シックなスーツを着こなす美丈夫の登場に、息を呑むと同時にアリシアは敗北感のようなものを覚えてしまった。


 やはり自分じゃ魔力云々を抜きにしたって、逆立ちしてもギルバートに引けを取らない女性にはなれなさそうだと。


「うんうん、さすが俺の見立てだ。いいね、そのドレス。君の美しさが際立ってる」

「……ありがとう。でも、どんなに着飾っても、あなたの美しさには敵いそうもないみたい」

 アリシアが素直な感想を口にすると、ギルバートは一瞬きょとんとしてから吹き出した。


「な、なんで笑うの?」

「いや、今のは君からの口説き文句と受け取っていいのかなって」

「えっ!? わたし、口説いてなんてっ」

 だが、思い返してみると、確かにちょっぴりキザっぽい台詞だっただろうか。


「ふふ、お二人とも美男美女でお似合いのご夫婦ですわ」

「っ!」


 二人のやり取りを見ていたルーシーにそう言われ、どこまで本気なのか「だろ?」っとギルバートは満足げだった。



◇◇◇◇◇



「ねえ、あなた。せっかくの機会なのですから、今日こそは、ガツンと言ってやってくださいな」

「あ、ああ」

「これ以上、あの男に好き勝手されていいんですの? この島のナンバー2はあなたですのよ!」

「分かってるさ!」


 本当に分かっているのか、どこか煮え切らない態度の夫ジェフリーに、バーバラは苛立ちを覚えながら、バサッとゴージャスな扇子を広げる。


 家柄も良く首領に気に入られ、この島のナンバー2という地位に君臨しているというのに、ジェフリーはいつも格下であるはずのギルバートに対し弱腰だ。

 プライドが高いので隠しているつもりだろうが、妻であるバーバラにはバレている。




 真紅の絨毯にシャンデリアが煌びやかな本日の会場は、首領バージルの城。

 そしてこの夜会の主役ともいえる夫婦が会場に現れると、バーバラはすかさずジェフリーを引っ張り主の元へと駆けつける。


「バージル様、クラリス様、ご機嫌麗しゅう」

 厳つい大男がギロリと鋭い目でこちらを一瞥する。

 ああ、相変わらずゾクゾクする程に圧倒的な魔力だと、バーバラは恍惚としてしまいそうになった。

 この男が欲しいと今より若い頃は本気で思っていた。

 けれど、この男の隣に寄り添う娘クラリスが現れてから、その地位を手に入れることは諦めた。


 見た目だけで言えば美女と野獣だが、この偉大な男と釣り合う魔力を持つ娘は、この島でクラリスただ一人といえよう。まさに似合いの二人だ。誰も彼女には敵わない。


「バーバラさん、お久しぶりです」

 ユリの花のような微笑みを浮かべたクラリスを見て、隣にいたジェフリーが息を呑んだのが伝わってきたので、バーバラはさりげなく夫の腕に手を絡めるフリをして二の腕を抓ってやった。


 魔術師であるなら、より魔力の強い異性に魅せられてしまうのは、本能ともいえるので仕方ないのだけれど。


 しばらく首領夫妻のご機嫌を取り談笑をしていたバーバラだったが、少しだけ会場のざわついた雰囲気を察しそちらに目を向ける。


 そこには分不相応にも、上流階級の夜会に紛れ込んだ魔術師夫婦の姿が。


「あら、初めて見る人がいるわ」

 彼らの姿を見て首を傾げた後、グレッグの席が空いた分の人員補充をしたのねと、なにも知らないクラリスは納得したようだったけれど。


 バーバラは、新たなナンバー10を彼らではなく、自分たちと親しい仲であるミレイユたちにするよう進言しろと、ジェフリーを小突く。

 ジェフリーは、渋々といった様子だったが、分かったよと目で頷いた。


「バージル様、新たなナンバー10ですが……ギルバートの側近といえ、あのように中途半端な魔力しかない輩が着くのは役不足なのではないかと、私は危惧しておりまして……」


「まあ、彼はギルバートの側近なの?」

 なにも知らなかった様子のクラリスは、ミリー夫婦に興味を持ったようだった。

 首領の妻が直々に、挨拶に行ってこようかしらなどと言い出しバージルに止められる。


「確かに、なんてオーラのない男だ。あれでは、下の者たちにも示しがつかない」

「で、でしたら私から、ナンバー10に推薦したい男がいるのですが!」

 風向きがこちらに向き、ジェフリーの表情も明るくなる。


「ならば、お前に任せる」

「はっ、ありがたきお言葉」


(ふふ、やったわ)

 これで自分が可愛がっているミレイユを、引き上げることが出来る。自分の身内を上層部に増やすほど好き勝手できて都合が良くなる。だからバーバラも扇子で口元を隠し、ほくそ笑んでいたのだが。


「まあ、ギルバートの意思を聞かず、そんな勝手に決めていいの? あちらのご夫婦たちも、可哀想だわ」

 クラリスが、不服そうに声をあげた。

 魔術師の妻らしくない、博愛主義な彼女らしい言葉だが、今は余計なことを言うなと、バーバラは内心苛立つ。



「なに、心配ない。こちらが動けば、なにも言わないだろう」

「さすがのギルバートも、バージル様の前ではただの腑抜けですからね」


 ジェフリーがバージルのゴマをするように陰湿な笑みを浮かべそう言うと、バージルは否定もせずに「ガハハ」と下品な声を上げて笑った。


 クラリスは、少し呆れ顔ではあったが、それ以上バージルになにか言うつもりはないらしい。

 自分の思い通りに上手くいったようだと、バーバラも上機嫌に笑っていたのだけれど。


「随分と楽しそうだけど。なにか、面白いことでもあった?」


 振り向かなくても分かる、ゾクリとする魔力の気配にバーバラは身を竦めた。

 バージルどころか、ジェフリーよりも位の低い魔術師のはずなのに……


(ギルバート・アレクサンダー)


 彼がそこにいるだけで、いつもバーバラは言い様のない畏怖を感じるのだ。

 他の者たちも、同じ気持ちだろう。


「ギルバート! 珍しいわね、いつも夜会をサボる貴方が出席なんて……あら?」

 そんな中、クラリスだけは物怖じすることなく顔を綻ばせたのだけれど。


(なっ、この子、あの時の!?)


 そんな、まさかとバーバラが青ざめる。


 なぜなら、ギルバートにエスコートされ現れたのは、つい先日カフェで一悶着あった例の娘だったのだから……。


 嫌な予感がする。まさか、こんな微弱の魔力しか感じられない娘が?


「ギルバート、その方はどなた?」

 ギルバートが女性同伴で来ることなんて珍しい。

 不思議そうに首を傾げたクラリス含め、ここにいる全員に向け彼は口を開いた。


「紹介が遅れたけど、彼女は俺の花嫁となったアリシア」


「え……」

「なっ!?」

 あまりに予想外の報告に、皆が驚き息を呑む。


「結婚したんだ、俺たち」

 アリシアの腰に手を回し引き寄せそう告げた彼の目は、なぜか宣戦布告をするように鋭かった。

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