第17話 対峙
突然ナンバー2の妻に呼び止められ、ミリーはカチカチに固まってしまっている。
奥様会のヒエラルキーに疎いアリシアでも、バーバラの纏う迫力というか華やかなオーラに、尻込みしてしまいそうになった。
「あなた、見ない顔だけれど、新入りなのかしら」
「……はい」
やはりバーバラが呼び止めたのは、アリシアの方だったようだ。
「そう、なら言っておくわ。口の利き方と身の振る舞い方には気をつけなさい」
ミレイユとは違い、大物感の漂うバーバラに威圧されそうになる。
立場的にも、ギルバートより上の位の魔術師の妻なわけだし……
「バーバラ様~」
親しい仲なのか、ミレイユが猫なで声でバーバラへ媚びるように助けを求める。
「私、この方に侮辱されたんです!」
ミリーと彼女の夫を侮辱した口で、よくそんなことが言えたものだ。
「あなた、一体どなたの奥様? 一介の魔術師なんて一々覚えていないので、名前を聞いても存じ上げないとは思うけれど。あたくしの主人に、伝えさせてもらいますわ。礼儀のなってない女性を妻にした困った魔術師の名前を」
「ア、アリシアさん、わたくしを庇ってくれたせいで、ごめんなさい」
ミリーはアリシアの後ろで震えている。
「いいえ、ミリーさんはなにも悪くない」
「でも……」
「ミリーさんでしたっけ? あなたの旦那様にナンバー10は相応しくないと、あたくしも思っております。力のない魔術師がナンバー10だなんて、組織の品位が下がるもの」
「きっと、卑怯な手を使ってギルバート様に取り入ったんですわ!」
バーバラを味方に付け、またミレイユが勢いづいてくる。
「大丈夫よ、ミレイユさん。ウチの主人も首領様に進言すると言っていました。ミレイユさんの夫の方が、ナンバー10に相応しいと」
もうなにも言い返すことなく、ミリーはグッと下唇を噛み締め耐えているようだ。
この妻たちに、組織のナンバー10を決める権限なんてないはずなのに。
「……一つよろしいですか?」
「なにかしら。まずは名前を名乗ってくださる? それから、あなたの夫の名前も」
「わたしの名は……アリシア・アレクサンダーと申します」
「えっ」
「は?」
「なっ!?」
前回は特に聞かれなかったこともあり、ミリーにも姓は教えていなかった。
でも今日は、あえて名乗った。
アレクサンダーという姓の魔術師は、この島にギルバートただ一人だから。
「な、なにを言ってるの、アンタ」
「冗談が過ぎますわ!」
途端にミレイユとバーバラが動揺する。
ミリーは、訳が分からないといった様子で呆然としていた。
「夫であるギルバートの名誉のために言わせていただきますが、彼はこの島の誰より実力主義を重んじる男です。ミリーさんの旦那様を側近に選んだのは、優秀な人だったから、それだけです。ミリーさんの夫を侮辱するということは、彼を選んだギルバートへの侮辱と受け取らせていただきます」
ギルバートの名前を出すことで、彼に迷惑が掛かるのではないかと一瞬の躊躇はあったが、自由に振る舞っていいと言ってくれた彼の言葉を思い出し奮い立つ。
だが……
「ふふ……あはは、バッカじゃないの。自分があのギルバート様の妻だなんて、誰が信じるとでも?」
ミレイユが笑い出すと同時に、周りからもクスクスと失笑のような声が広がってゆく。
(……?)
「恐ろしい虚言癖の持ち主もいたものね。あなた、そんな弱い魔力しか纏っていないくせに」
バーバラは冷めた目でアリシアを一瞥すると、もう関わりたくないとでも言いたげに背を向け、奥の席へと戻っていってしまった。
「アンタたち、バーバラ様を不快にさせたんですから、ただで済むと思わないことね」
そして勝ち誇ったような捨て台詞を吐くと、ミレイユもバーバラの後を追うように去って行ったのだった。
(な……なんでか信じてもらえなかった)
勇気を振り絞って名乗ったというのに、アリシアは取り残され拍子抜けだ。
野次馬のようにこちらに視線を向けていた他の奥様たちも、素知らぬふりをして自分たちの会話に意識を戻している。
「あ、あの、アリシアさん……今のお話って、本当なの?」
ただミリーだけは、戸惑いつつもアリシアを嘘つき呼ばわりしてこなかった。
「はい……今のわたしがなにを言っても、信用がないかもしれないけど、これだけは信じてください。ミリーさんの旦那様を、ギルバートは高く評価したからこそ自分の側近に選んだんです」
「っ……ありがとう」
ミリーは疑いの眼差しを向けてくることもなく、アリシアの言葉に涙目で頷いた。
自分も主人を信じていると。
「アリシア、先ほど俺の元に注意勧告が届いてね」
「え……」
夜、寝支度を終えギルバートの寝室へ向かうと、いつものようにウィスキーを片手に窓辺に佇んでいたギルバートから深刻な面持ちでそう告げられた。
思い当たる節のあるアリシアの表情も強張る。
やはり昼間の件でバーバラを怒らせてしまったため、ナンバー2から直々にお叱りを受けたのだろうか。
ギルバートに不当な罰など下らないといいのだが。
そう不安になりながら次の彼の言葉を待っていると。
「……フ、ククッ」
「ギ、ギルバート?」
「ハハッ、ごめん、もう少しシリアスな雰囲気を楽しもうかと思ったんだけど、耐えきれなかった」
「え、え?」
なにがなんだか分からなくて、アリシアは困惑するばかりだったのだが。
「俺の妻を名乗る詐欺師が昼間、カフェ・エデンに現れたそうなんだ」
「うっ……」
それは紛れもなく自分のことだろう。
「俺の側近の妻を庇って啖呵を切った勇敢な詐欺師とは、君のこと?」
「……そうです。お察しの通り全然信じてもらえなかったけど」
なんだか恥ずかしくなってきて、顔を赤くしながらアリシアは俯いた。
全く信じてもらえなかったのは、やはり誰がどう見ても自分とギルバートは、不釣り合いだからなのだろうか。
魔力も、知性も、容姿も、才能も、きっとなにもかも……努力じゃ埋められない差をひしひしと感じ、自信を無くしてしまいそうになる。
「笑ってごめん。信じてもらえなかったのは、君のせいじゃないよ」
アリシアが気にしていることを察したのか、ギルバートがいつものように頭を撫で回してくる。
「結婚したって俺が公にしてなかったから、後は……」
「後は?」
「皆、俺は一生一人身を貫くって勝手に思い込んでいたんだ。それだけ。だから、今度の夜会でちゃんとお披露目しよう」
「でも……」
「ん?」
今お披露目されて、ギルバートに迷惑が掛からないかと、アリシアは気掛かりだった。
「ごめんなさい」
「なんで謝ってるの?」
「わたし、ナンバー2の奥様を怒らせてしまったの。もし、それがギルバートにとって不利な事態になりそうなら、いっそのこと本当にわたしを虚言癖のある詐欺師だったことにしたほうがっ」
そこまで言い掛けたアリシアの唇にそっと人差し指を添え、ギルバートはその言葉の続きを封じる。
「あのいけ好かない男の妻にケンカを売るとか、最高じゃん」
アリシアの心配を笑い飛ばすギルバートは、とても満足げだった。
「安心しなよ。ナンバー2のジェフリーなんて、ただの雑魚だ」
「ナンバー2なのに?」
実質、ギルバートより魔力が上の存在という意味のナンバー2のはずなのに、彼はジェフリーを少しも恐れていない。
「あんなのバージルの腰巾着でしかない。俺の方が強いのに、俺ってバージルにとって都合の悪い存在だから。意地悪されて、ナンバー2にしてもらえないってわけ。理不尽だよね、魔力が絶対というルールを重んじているくせに、都合の悪い時には理由を付けてソレから目を逸らすんだ」
バージルとはこの島のトップ、最強の魔術師と呼ばれている男の名だ。
アリシアでも知っている。恐れ多くてその名を口にする者は、少ないけれど。
その名さえ、ギルバートはなんの躊躇もなく吐き捨てるように口にする。
「俺の大事な奥さんをイジメたんだ。明後日は、少しクギを刺しておこう……フフ、楽しみだね。君を詐欺師呼ばわりしていた連中が、本当に俺の奥さんだって知った瞬間の間抜け面を見るのがさ」
なんて悪趣味な……絶対に敵には回したくない。色んな意味で。
でも……彼といることを後悔していない自分も、実は同類なのかもしれないとアリシアはぼんやりと思った。
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