第16話 憧れのエトワールの称号


「あちゃ~、揉めないように離れた席に案内してたのに~」

 一触即発のムードが漂う二人を見て、ベルが頭を抱える。


「なにがあったの?」

 ミリーから喧嘩をふっかけるところは想像できない。今までの振る舞いを思い返してみても、ミレイユがまた暴走している可能性が高そうだが、ベルに訪ねてみた。


「先輩、聞いてないんですか? あちらの女性の旦那様が異例の昇進をなさったそうなんです。ここ数日は、その話題で店内持ちきりですよ」


 昇進と聞いて、最初アリシアはミレイユの夫の位が高くなり、また彼女が粋がっているのかと思ったのだが。


「私の主人を差し置いて、アンタの旦那がナンバー10? あり得ないわ!!」


(え……ミリーさんの旦那様が?)


 この前の会話では、自警団の仕事をしていると聞いていたのに。

 それが突如ナンバー10になるのは、確かにこの島の常識的に考えるとあり得ない話だ。


「最近、エトワールだった奥様が一人、旦那様が行方不明のため失脚して……席が一つ空いていたんです。それで、次のエトワール候補にあがっていたのがミレイユ様だったんですけど……」

 こそっと教えてくれたベルの言葉に、アリシアはギクリとする。


 魔術師が一名行方不明、それは紛れもなくあの夜ギルバートに倒されたグレッグのことだろう。

 あれから新聞などでアリシアなりに調べてみたが、グレッグのことは、なんの騒ぎにもなっていない。


 まるで最初からグレッグなど存在していなかったかのように……


 ギルバートが手を回した影響もあるだろうが、魔術師の世界においては、それほど珍しいことではないからなのかもしれない。


 力のない者が蹴落されても、自己責任。そんな世界なのだ。

 現首領も、先代を倒しその座を手に入れたと聞く。


 それでも家族からすれば、誰も本気で捜査してくれない悔しさや怒りがあるだろう。

 グレッグの妻も今頃そんな思いを感じているのかもしれない……同情するつもりはないけれど。


 なぜなら、グレッグの妻はハンナの元同僚……グレッグの罪を隠蔽するため偽証をしたことで、魔術師の妻にのし上がった、アリシアにとってもう一人の憎き相手だったのだから。


「でも、エトワールになったのは、あちらの女性だったってわけです。憧れの地位に就けなかったミレイユ様は大荒れ」


 そう説明しながらも「ちょっとざまあみろですけどね」などと、ベルは清々した顔で囁いてきたが、二人の言い争いはどんどんヒートアップしている。

 笑い事では済まなさそうだ。


「一体どんな卑怯な真似をして取り入ったわけ!?」

「わたくしの主人は卑怯な真似なんてっ」

「嘘吐かないでよ。無能なアンタの旦那が実力でギルバート様に選ばれるわけがないんだから!」


(え、ギルバート?)


「あの方の旦那様、ナンバー3の魔術師様に引き抜かれて一番の側近に選ばれたそうなんです。今までナンバー3の側近は空席だったから、すごいことなんだとか! それに比べてナンバー2のお気に入りとはいえ、ミレイユ様の旦那様は一番の側近に選ばれた訳ではありませんから。優先順位はミレイユ様のほうが下になったってわけです」

「…………」


 そういえば、少し前下流階級の孤児院を買い取った際に、良い拾いものをしたとギルバートが上機嫌で話していたのを思い出す。


(ギルバートが言っていたのは、ミリーさんの旦那様のことだったのね)


 ミレイユの取り巻きたちが「おかしい」「不当だわ」と援護射撃のように責め立てるなか、ミリーは普段仲良くしている妻たちを巻き込みたくないのか、それに一人で対峙していた。


 そんなミリーの健気な背中を見せられ、どうにか彼女を庇ってあげたい気持ちはあるのだけれど、今のアリシアがどうこうしたことで、この場を治められる気はしない。


 どうしたものか……


「わたくしの主人が、ギルバート様の側近に選ばれたのは、主人の行いをギルバート様が認めてくださったからだと、わたくしは信じています! 彼は後ろ暗いことなどする人じゃないもの!」


 水を掛けられても耐えていたミリーがついに、自分の夫を悪く言われ続けることに耐えられなくなったのか震えながらも声をあげる。


「まあ、怖い! アンタ、何様のつもり!」

「っ」

 ミレイユにドンッと肩を押され、ミリーが後ろによろける。

 あまり気の強い方とは言えないのであろうミリーは、それに怯んで言葉を詰まらせ俯いてしまう。


 ミリーはなにも悪くないのに。


「……その言葉、そっくりそのままお返しいたします」

 アリシアは気がつけばミリーを庇うように前に出て、そう言い放ってしまっていた。


「ア、アリシアさん!?」

「なっ、なんなの、アンタ突然! ただのカフェ店員の分際で」

 アリシアをここの給仕と認識しているミレイユは、さらに気色ばんだ様子だったが、今更後には引けない。


「何様のつもりかとおっしゃるなら、ミリーさんは、現在この島ナンバー10の奥様です。ミレイユさんの旦那様は、どの程度の位をお持ちなのですか? 彼女にそんな口を利くことが許されますか? 自ら身分を重んじる発言をなさるのなら、そこに矛盾はございませんか?」


「っ!」

 冷静に畳みかけたアリシアの言葉に、ただただミレイユは言葉を詰まらせ唇を震わせる。

 誰がなんと言おうと、ミレイユよりミリーの立場の方がここでは上となるのだから。


 ミレイユが黙ったところで、アリシアはミリーを連れて空気の悪いこの場所から連れ出そうと思った。

 けれど、その前にずっと奥の席で傍観していた、派手な美人の女性がやってくる。

 大人の色香を纏っており、年齢は自分たちより少し上のようだ。


「お待ちになって、あなた」


 彼女が呼び止めたのは、ミリーというよりアリシアのようだった。

 誰だろうと思ったアリシアの隣で、僅かに声を震わせたミリーが呟く。バーバラ様と。


 バーバラ。それは、この島ナンバー2魔術師の妻の名だった。

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