第14話 ミリーとルイス
「ミリー、聞いてくれ。今でも信じられないんだが、今日スカウトを受けナンバー3の側近になることになった」
「へ?」
アリシアと知り合った日の夜。
ミリーは、いつものように夕飯の準備をして、夫ルイスの帰りを待っていたのだが、帰って来て早々ルイスの言葉に、思わず鍋の中身をかき混ぜていたおたまを落としそうになる。
「ど、どういうこと? ナンバー3ってまさか……ギルバート様の?」
ミリーの声と指先が震える。それぐらい衝撃的なことをルイスは言っているのだ。
「最近、見回りの担当地区にある孤児院へ、魔術の人体実験に使う子供を寄こせと圧力が掛けられていてね。今日もその揉め事で、上の魔術師とやり合っていたんだが」
「まあ、ひどい話ね」
ミリーはショックを受け悲しげに眉を顰める。
いくら子供たちを守るためルイスが抗議しようと、上の位の魔術師が金を積み望めば、孤児院の大人たちは抵抗しない。人身売買の成立だ。
「そこに、突然ギルバート様が現れ孤児院をその場で買収してしまったんだ。そして……」
◇◇◇◇◇
「今日から、この孤児院とここにいる子供達は全て俺のモノだ。俺の許可なく手を出すなら、俺に喧嘩を売ったものと見做すけど。それでもいいなら、ご自由に?」
「ひっ!?」
好戦的な笑みを浮かべるギルバートに刃向えるものは、そこにはおらず魔術師の使いの者たちは、青ざめるとそそくさと逃げれゆく。
恐らく彼らの雇主も、ギルバートに刃向える程の身分ではなかったのだろう。
「わぁ、カッコイイ。お兄ちゃん、王子様みたい!」
ルイスが止める間もなく、孤児院にいる子供の一人がギルバートの足元に飛びついていってしまった。
「怖いおじさんたちを追い返してくれたお礼に、大きくなったら、あたしがお嫁さんになってあげる!」
ギルバートの怖さを知らない少女の言動に、ルイス含め周りの大人たちは青ざめたのだが。
「それは光栄だな」
「えへへ」
気分を害した様子もなく、ギルバートは少女の目線に合わせるようにしゃがんだ。
「でも、残念だけど俺は君の運命の王子様ではないみたいだ」
「えぇー、なんでー?」
不満げにぷくっと頬を膨らませた少女の頭を撫で、ギルバードは笑って答える。
「君はとても純粋な目をしているから、きっと大きくなったら、俺より君に相応しい優しい王子様が迎えにくるよ」
ギルバートの言葉に頬を赤らめた少女は、満更でもなさそうに満面の笑みを浮かべた。
ルイスは最初、孤児院がギルバートの所有物になったことで、子供達に悪影響が及ばないかと懸念していたのだが、彼の少女への振る舞いを見て少し安心を覚える。
するとルイスの存在に気付いたギルバートがこちらへやってきた。
「あ、あの……子供たちを助けていただき、ありがとうございます!」
背中に冷や汗を掻きながらも、ルイスは失礼のないようにと背筋を伸ばし思わず敬礼する。
「お前、よくこの辺りを見回ってる自警団か」
「は、はい!」
まさか魔術師の中では下っ端の存在である自分のことを、知ってくれていたなんて。
「魔術師でありながら、どうしてこの地区の自警団を選んだの?」
「そ、それは……」
ルイスは思わず口籠ってしまった。
この島の治安を少しでも良くしたい。魔力を持たない下流階級の住民たちにとっても、住みやすい島になるように。
魔術師でありながらそんなことを言うルイスを、みな偽善者だ変人だとバカにする。
この島で生まれずっとこの胸に抱いてきた理想を聞いても笑わずにいてくれたのは、今まで妻であるミリーだけだったから……
「答えろ」
「っ!」
ギルバートの顔はニコニコとしていたが、静かなその声音には、逆らえないなにかがある。
これでも抑えているのだろうが、彼から漂う強大な魔力の圧が畏怖を感じさせるのだろう。
「は、はい! 自分は……魔力を持たずこの島に生まれてきてしまったこの子たち含め、皆が安心して暮らせる島づくりに貢献したいと思い、この職種と地区を選びました」
魔術師のくせになにを言っているんだと、声を上げて笑われるに違いない。
笑いたければ笑えばいいさと、ルイスは腹を括って真っ直ぐにギルバートの目を見やった。
だが……
「ふーん」
ギルバートは先程の、上っ面だけだったニコニコ顔とは違い、心から愉快そうな笑みを浮かべている。
笑われたことに変わりはないが、それはルイスの予想とは少しばかり違う反応だった。
「気に入った」
「え……」
「お前、今日から俺の直属の部下になれ」
「……は?」
意味が分からず、ルイスはぽかんと口を開け間抜けな顔をしてしまった。
だって、ありえない。大した魔力もなく家柄も普通。
そんな自分が、この島のナンバー3直属の部下になるなんて。
「見てみたいと思ったことはないか? 魔力の強さだけで全てを決めるこの島のルールが崩壊する瞬間を」
「え……」
「魔力はなくとも優秀な人間が、もっと順当に評価される社会を」
そういえば、噂で聞いたことがある。
ギルバート・アレクサンダーはこの島では異端の存在で、魔力のない人間を平気で部下に引き入れるような男なのだと。
弱い者を周りに置き悦に浸る悪趣味な魔術師だと彼を嘲笑う噂ばかり耳にしていたけれど、それは違うとすぐにルイスは察した。
彼は強い力を持った魔術師でありながら、魔力で人を見ていないのだ。
そんな彼に認められ、直属の部下にしてもらえるとは、なんて光栄なことなのだと、ルイスは武者震いしそうになる。
「……見てみたいです。貴方様が言う、そんな世界を」
ルイスは、迷うことなくその手を取ったのだった。
◇◇◇◇◇
「ギルバート様は、この島にいる他の魔術師たちとは見ている世界が違う。仕えたいと思う主に出逢えたのは初めてだ」
いつもどちらかといえば寡黙なルイスが、今日ばかりは興奮冷めやらぬ様子で語っている。
ミリーは、戸惑いつつもルイスが決めたことなら応援する旨を伝えた。
聞けば今まで通り下流層の治安改善のため働けるうえに、それに見合っただけの手当てを約束してくれたらしい。
それは今までの収入の倍以上になる金額だった。
「す、すごいわね。さすがこの島でナンバー3の魔術師様」
「ああ、自分は今まで通り職務に専念する所存なんだが……」
そこで今まで珍しく饒舌だったルイスが、少し申し訳なさそうに言い淀む。
「ミリーには、これから負担を掛けてしまうかもしれない」
「わたくしに出来ることがあるなら、遠慮なんてせずなんでも言って欲しいわ」
「そうかい? 実は……ギルバート様の直属の部下になったことで、自分が島のナンバー10なるって言われたんだ」
「え……」
「つまり、ミリーはナンバー10の妻。エトワールの資格を貰うことになる」
「えぇ!?」
あまりお近づきにはなりたくなかった妻たちの宴に、強制的に参加しなければいけなくなった事実を知り、ミリーは青ざめたのだった。
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