第13話 旦那様の優しい腕の中

 その後、ベルは店長と一緒に、フルーツタルトをミレイユへ献上し事を治めていた。

 アリシアは、心の中でそんなベルにエールを贈りつつ、ミリーたちと話をして時間が過ぎてゆく。


「まあ、それじゃあミリーさんは旦那様と恋愛結婚をしたの?」

 驚くアリシアの言葉に、ミリーは頬を赤く染めながら幸せそうに頷いた。


「この子ったら、位の高い魔術師様との縁談話を全て蹴って今の旦那様を選んだのよね」

「だって、一度きりの人生だもの。尊敬できる彼となら、幸せな家庭が築けると思ったの」


 彼女は魔力より人柄で彼を選んだのだと、濁りのない目で言った。

 この島の女性たちは、皆少しでも魔力の強い男性の元に嫁ぐことを生き甲斐にしていると思っていたが、それもアリシアの偏見だったのかもしれない。


 ミリーの夫は、魔術師の称号はあるものの、その中では特に力の強い方でもなく、今は島の治安安定のため、自警団に属しているらしい。

 下流階級地区では特に毎日犯罪事件が起きているようなこの島で、それに見合った給金もでない、魔術師にとっては割に合わない仕事だ。


 しかしミリーは、そんな夫に理解を示し尊敬しているのだと嬉しそうに話す。

 もっと上のランクの魔術師に嫁げば、贅沢三昧の生活を送れただろうが、彼女にとっては今の夫との慎ましやかな生活のほうが価値のあるものだったのだろう。


 そんな彼女の心から幸せそうな笑顔を、素敵だなとアリシアは思った。




 お茶会に参加した日の夜、アリシアは改めて魔術師の世界についてもっと知ろうと思い、書籍をいくつか読み漁る。


 魔術師とは憎むべき対象で野蛮な存在。そう信じてきたけれど、実際に自分が組織の中へと取り込まれてみると、柵も多く全ての魔術師が野蛮なわけではないことが見えてきた。


 今日知り合った妻たちはミリーを除き、平凡な魔力を持ちこの島で一番多い中流階級の出身。

 ミリーの生まれは上流階級の家柄で、お嬢様育ちのようだったが、嫌みなくとても気さくな女性だった。


(あんなに話しやすい魔術師の妻たちもいたなんて)


 奥様会を牛耳るだとか、自分に何ができるだろうと不安しかなかったのだが、自分がなにか大きな革命を起こさなくとも、魔力至上主義社会に心のどこかで違和感を覚えている者たちは、それなりに潜んでいるのかもしれない。


「随分と遅くまで熱心だね」

「っ、ギルバート」

 耳元で囁かれ思わず持っていた本を落としそうになってしまったが、後ろから添えられた手に本を取り上げられ落とさずに済んだ。


「今日はもうこの辺にしたらどう? 寝不足は、次の日に堪える」

「でも……今日、お茶会に潜入してみて、気づいてしまったの。わたしは、魔術師の世界について偏見だらけで無知だったんだって」


 だから、もっと知りたい。そこにいる人々の内情を、知らなくてはいけない気がした。


「昨日は乗り気じゃなさそうだったのに、なにか良い刺激でも受けた?」

「それは……きゃっ」


 アリシアがなにか言う前に、「でも、今日はもう寝よう」と、ギルバートはアリシアを軽々横抱きにして自分のベッドまで連れて行く。


 そうして、壊れ物を扱うように丁重にベッドに下ろされてしまったアリシアは、そんな扱いに少しこそばゆくなりながらも大人しく従った。


「さあ、お互いを知り合う時間だ」

 そう言って、当たり前のように隣に滑り込んで来たギルバートは、改めて今日はどんな一日だったかとアリシアに聞いてくる。


 アリシアは、今日がとても有意義な一日だったと感想を述べた。お茶会で知り合いができたこと。彼女たちと仲良くなれそうだと報告するアリシアを、ギルバートは見守るような眼差しで見つめてくる。


「どうやら、気の合う人たちと出会えたようだね。たった一日で上出来だ」

「…………」

 頭をポンポンと撫でられ、なんとなく不満に思う。


 彼はよくアリシアの頭を撫でてくる。それは、子供にするような、あるいは愛玩動物を撫で回すような触れ合い方だ。


 若い男女が同じベッドにいるというのに、艶っぽい雰囲気の欠片もない。

 男女の関係に持ち込まれても困るのだけれど……なんとなく、子供扱いされるのは不服なのだ。


 でも……こんなに優しくされているのに不満だなんて、自分は、わがままなのかもしれない。

「……今度はギルバートの話を聞かせて。今日一日、あなたはなにをしていたの?」

 そう思い余計な言葉は飲み込んだのだけど。


「なに、その目。何か言いたげだね。まさか、浮気を疑ってる?」

 アリシアの髪の毛を指先にクルクルと絡め弄びながら、ギルバートはふざけたように笑っている。

 本気で浮気を疑われているとは思っていないだろうが、アリシアの目に、少しの不満の色が滲んでいたのを察したのかもしれない。


「なんてことない一日だったよ。ああ、でも……可愛いレディに、求婚されたな」

「え……」

 今思い出したようにさらっと告げられたが、女性に求婚されといて、なんてことない一日だったなんてよく言えるものだ。


「大きくなったら、俺のお嫁さんになりたいってさ。でも、丁重にお断りしておいた。君にはもっと優しい王子様がいずれ迎えに来るはずだってね」

「ん? いったいいくつのお嬢さんに求婚されたの?」

 なんとなく彼の言葉に違和感を覚え確認してみると、彼はおどけたように「う~ん、今年で七歳だったかな」と笑う。


「……ロリコン?」

「なんでだよ。丁重にお断りしたって言っただろ」

「そもそも、なぜそんな小さなお嬢さんと知り合いに?」

「孤児院に顔を出した際、そこで知り合ってね」


「あなたそんなこともしているの?」

「前々から興味はあったんだ。そして、ひょんなことから、今日買収してきた」

「ば、買収? しかも、今日?」


 ひょんなことからって、そんな簡単に買収できるものなのか。ギルバートの権力と財力は、アリシアの想像より遥かに上をいき、桁が違うのだろうことが伺えた。


「未来への投資ってやつだよ。この島のルールに染められる前に、優秀な人材を保護しているって考えればいい。皆、魔力を持たない孤児だが、向上心があって優秀だ」

 彼らの将来が楽しみだと、ギルバートは嬉しそうに語る。


「ああ、それから帰りに下流階級地区でいい拾いものをしたな」

「拾いもの?」

「清廉潔白で優秀な人材をさ。忠誠心も高そうだ」

「このお屋敷で働いてもらうの?」

「いや、彼にはC~D地区の治安安定に一役買ってもらおうと思っている」


 本来ならばこの島のトップが考えるべき案件なのだろうが、下々の生活になど感心を向けない輩に期待しても無駄だろうと彼は言う。

 だからこそ、自分が好き勝手下流階級層を動かし始めても、上層部は誰も気付かないから好都合でもあるのだと。


「いいわね、生まれ育った地区の治安が良くなるのはわたしも嬉しい」

「だろ?」

 ギルバートはアリシアの言葉に、また満足そうな笑みを浮かべると、そろそろ寝ようかとアリシアを抱き枕代わりに引き寄せてくる。


「おやすみ、アリシア」

「……おやすみなさい」

 最初の頃は抵抗していたアリシアだったが、本当に抱き枕として使われるだけで、なにも手を出してこないことが分かってからは、されるがまま彼の腕の中で眠るのが日常になっていた。


 抜け出そうにも力では敵わないし、このほうが温かいし……


(魔術師の腕の中で安眠する自分なんて、少し前までのわたしが知ったら卒倒してしまうかも……)


 自分の懐に入れた者を愛しむ心と、敵と見做した存在を躊躇なく始末してしまえる情のなさ。そんな彼の二面性を知っているのに……アリシアは、ギルバートを危険な男だ認識しながらも、その腕の中に居心地の良さを感じ始めてしまっていた。

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