第12話 お茶会にはルールがいっぱい

 いつもエトワール・ミーティングは、フロアの窓際にあるカーテンで仕切られた大きな円卓テーブルのある席で行われる。


 島のナンバー10までの妻が席に着くことを許され、給仕もベテランしか任されないので、店員として働いている時、アリシアは一度もそこに足を踏み入れたことがなかった。


「先輩、空いている席にどうぞ。今、お水を持ってきますね」

「ありがとう」

 ベルは窓際の空席を指差し、店の奥へと入って行ったが、アリシアはなんとなく今日は使われていないエトワール席をぼんやり眺めていた。


(自分がいずれあの場所へ座るなんて……全然実感が湧かない)


「あの……どうかしました?」

「えっ」


 こんなところで立ち止まって、不審に思われただろうかと振り向くと、心配そうに首を傾げられていた。声を掛けてくれたのは、歳もアリシアとさほど変わらなさそうな、柔和な雰囲気の女性だった。


「見ない顔だけれど、最近結婚された方?」

「あ、はい。今日が初めてのお茶会で」

「まあ、そうだったの。それは緊張するわね」

 女性は親身になってここではルールがあるのだと教えてくれる。


「まず、あのカーテンの先に入れるのは、数人のエトワールという位に就く奥様たちだけなの」

「ええ……」


 当たり前だが、自分がギルバートの妻だとは思われていないようだ。

 アリシアは、とりあえず余計なことは言わないでおこうと彼女の説明を大人しく聞く。


「今日は普通のお茶会だけれど、エトワール・ミーティングがある日にカフェへの出入りを許されたなら、わたくしたちは引き立て役に徹すること。あの席には近づかず、エトワールたちより目立つ格好や言動も禁止なの」

「そうなんですね」


 なにやら面倒なルールが他にもたくさんありそうだ。ルールを破ったなら、それなりの仕打ちもありそうだし……エトワールなんて呼ばれているが、やはり悪女の黒ミサなんじゃないかと思う。


「普段はそこまで緊張しなくても、魔術師を夫に持つ妻たちの交流の場だと思っていれば大丈夫よ。よかったら、今日は私たちの席に来ない?」

「え、いいんですか? ありがとうございます」


 他に知り合いもいないし、彼女とはなんとなく波長が合いそうな気がしたので助かる。

 今日は場の雰囲気に慣れるためにも、彼女の言葉に甘えてしまおう。




 気さくにアリシアを誘ってくれた女性の名はミリー。

 席にはすでに三名の妻たちがおり、最初は警戒していたアリシアだったが、他の女性たちも穏やかで思いのほかすぐに打ち解けられた。


「やっぱり! アリシアさんって、ここのカフェで給仕をしていたのね」

 ミリーは気づいていなかったようだが、グループの中の一人に、見覚えがあると言われ元ここの店員だと伝えると、少し驚かれつつ拒絶されることはなかった。


 昼勤務の中でアリシアが聞いたことはなかったが、夜の女給から魔術師の妻になる者はたまにいるからだろう。


「前は感じなかったのだけれど、あなたの魔力のオーラ、とても清んでいてキレイだわ」

「いえ、わたしは……」

 魔力はないので、きっと彼女たちが感じ取っているオーラというのは、ユニコーンの加護によるものだ。


(どうしよう。魔力はないって、先に言っておいたほうがいいのかな……)


 どんな振る舞いをすべきか分からず、アリシアが迷っていると。


「ちょっと、どういうことですの!!」


 フロアに怒鳴り声が響き渡り、アリシアはじめミリーたちもビクンと肩を竦め、声のする方へと振り向いた。


「この席は、私の場所です。おどきになって!」

「も、申し訳ございません、ミレイユさまっ」


 聞き覚えのある金切り声だと思えば、先日も騒ぎを起こしていたあの水かけ女で、アリシアはまたかと溜息が出た。


 このカフェにおいて間仕切りのあるエトワール専用テーブル以外、特等席などありはしない。 

 よってミレイユは、ただ自分のお気に入りの席を、自分の場所だと言い張っているだけだ。


 けれど、先にその席に座っていた女性の方が、ミレイユより魔術師の妻として身分が低かったのだろう。青い顔をして席を譲っている。


「ミレイユ様の席に、別の方を案内した店員はどなたですの? 教育がなっていないのではなくって?」

「あ、あの……申し訳ございません」

「また、アンタ!」


 ミレイユの取り巻きたちが騒ぎ立て始めるとやってきたのはベルだった。

 再び彼女が水を浴びせられてしまうのではないかと、アリシアも心配で目が離せなくなる。


「店長を呼んできなさい。それから……今回のお詫びの品は、マカロンじゃなくフルーツタルトにしてくださいな」


 前回の件で味を占めたのか、当然のように悪びれもなくミレイユが言い放つ。

 それを見て内心アリシアは呆れていたのだが、隣に座っていたミリーも渋い顔をしてポツリと呟いた。


「いやね、ああいうの……店員さんが可哀想」

「ちょっ、ちょっとミリーさん。あの方に聞こえでもしたら」

「あ、ごめんなさい」

「とは言うものの……わたくしも、気持ちはミリーさんと同じよ」

 彼女たちはミレイユの行いを不快に思いながらも、怯えて逆らえないようだ。


「しょうがないわよ。彼女の旦那様、先日昇進なさったんでしょ?」

「ナンバー2のジェフリー様にたいそう気に入られての昇進らしいし、もう怖い物なしなのよ。次のエトワール・ミーティングにも入れてもらえるんじゃないかって噂らしいし」

「わたくしたちも気をつけましょう。彼女に目をつけられでもしたら、主人の立場が悪くなってしまうかも」


 彼女たちには彼女たちで、魔術師の妻としての葛藤があるのだろう。

 給仕として働いている時は、ミレイユのような妻を咎める者がいないことで、皆同類なのだと思い込んでいたけれど。


(魔術師の妻だからって、みんなが選民意識に酔いしれているわけではないのかもしれない……)


 組織の中に入ることで、アリシアの妻たちに対する見え方も少し変わっていった。

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