第11話 お茶会デビュー

 ギルバートの野心を聞いた夜から数日が過ぎた。

 この島を仕切る魔術師組織の首領を倒すと彼は言っていたけれど、すぐにことを起こすつもりはないようで、アリシアも穏やかな日々を過ごしている。


 こんな恵まれた生活を送っていいのかと、逆に居心地が悪くなるぐらいに……


 だが、そんな毎日にそわそわし始めた頃の夕食で、ギルバートから初めて妻としての仕事を与えられた。

 魔術師の妻たちが集うお茶会に参加するようにとのことだった。


「エトワール・ミーティングにわたしが?」


 それは、カフェ・エデンで働いていた時、よく耳にしていた魔術師の妻の中でもナンバー10までの妻しか参加できないお茶会のことだ。


 そのお茶会に参加する妻たちはエトワールと呼ばれ、ステータスになる。そのため参加者の中には、高飛車で給仕を奴隷のように扱う者もいるので、裏方では黒ミサ会と呼ばれ恐れられていたぐらいだ。


「ああ、いずれは君もそれに出なくちゃいけない。だから、その前の肩慣らしとして、これからたまにお茶会に顔を出しておくといいよ」


 エトワール・ミーティングの他にも、妻たちの交流会は沢山開催されているし、普段はそれ程身分の高くない魔術師の妻たちにも、カフェを開放している。

 確かに、あの雰囲気に慣れておく必要はあるかもしれない。


「そしていずれ奥様会を君が牛耳ってほしいな」

「ぎゅっ、牛耳る?」


 ギルバートの妻となったからには、そういった集まりに参加せざるを得ないことは承知のうえだ。


 しかし牛耳る、とは?


「魔力至上主義社会を変えるには、内部の毒抜きが必要だろう?」


 ギルバートにとって、今の奥様会はこの島の毒でしかないということか。

 しかし、アリシアもそれは一理あると思った。


 魔力の強い夫に選ばれた妻、それだけで偉ぶる傲慢な女性があの会にはひしめき合っている。


 まあ、魔力の強い夫のパートナーとして選ばれたということは、女性側の魔力もそれに匹敵するということなので、この島では当然の心理とも言えるわけだが……


「で、でも、新参者のわたしになにができるか……」


 自分に魔力がないことは魔術師たちからすれば明らかなはず。

 彼らには同じ魔力を持つ者どうしにしか分からない、オーラのようなものを嗅ぎ分けられるのだから。


「がんばってはみるけれど、魔力のないわたしが実権を握るのは難しい気がするの」

「大丈夫、今の君にはユニコーンの加護がある。魔力なしとは思われないはずだ。それから、いざとなったら俺の名を出せば良いよ」


 ギルバート・アレクサンダーの名は、魔力の強さにだけ重きを置く彼らには一番の抑制力になる、と自信に満ちた顔で彼は言う。


 それに対しアリシアは「確かに……」と思いながらも、できるだけ彼の名をひけらかしたりはしたくないなとも思った。


 懇親会での彼の女性人気を思い出すと、違う意味で身の危険を感じるから……




 次の日、言われた通りアリシアは、少し前まで職場だった『エデン』へと足を踏み入れた。


 カラン、カラン――


「いらっしゃいま……先輩!?」


 まずアリシアを見て、飛び上がる程驚きながら駆け寄ってきたのはベルだった。


「わーん、無事だったんですか、せんぱーい!」

「きゃっ、ベルさん。落ち着いて」

 涙目で飛びついてきたベルをなだめ、店の中では注目を浴びてしまうからと、彼女と店先へ出る。


「もう! 先輩、急にお店を辞めちゃうから心配してたんですよ」

「ご、ごめんなさい」


 そういえば、ギルバートと出会った夜から今まで、アリシアにとっては一瞬のように過ぎていったため、カフェに連絡を入れる余裕もなかった。


「店長から、先輩はやんごとなき方の御眼鏡に適ったみたいだと、それだけ聞いていたんですけど……」


 聞いて良いのかどうか躊躇するように、一度言葉を途切れさせたベルは、チラリと上目遣いでアリシアの様子を伺ってから先の言葉を続けた。


「先輩、魔術師様の愛人になったんですか?」

「う、うーん……愛人じゃなくてね、妻に」

「え、えぇ!?」


 ベルが大きな瞳を、こぼれ落ちそうな程丸くして驚くのも無理はないだろう。

 魔術師嫌いは彼女にも隠していたけれど、アリシアには、そもそも魔力がないのだから。


「詳しい話は、もう少し落ち着いてきたら話すね」

 契約結婚で、それも相手はギルバートだなんて、その理由や経緯も全ては説明できないし、申し訳ないが今は濁すしかない。


「分かりました。今は、元気そうな先輩の顔を見られただけで満足です! あの……大丈夫、なんですよね。先輩……ひどい目に遭ったりはしていないですか?」


「うん、それは大丈夫。ビックリするぐらい……丁重に扱って貰っているから」


「そっかぁ。なら、よかった!」

 アリシアの言葉を聞いて、ベルはほっとしたのか満面の笑みを浮かべた。

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