第10話 契約後の睦言

 次に意識を闇の中から引き上げられるような感覚がして目を開けると、アリシアは元の部屋に戻ってきていた。


「あれ……わたし、生きてる?」

 ユニコーンと出会った楽園は、天国の景色ではなかったのか。現実に引き戻された気持ちになる。


「おかえり。どうやら儀式は成功したようだ」

 魔法陣の消えたベッドに横たわるアリシアの顔を、ギルバートが静かに見守っていた。


「成功?」

 なんの実感もないけれど……そう思いかけ、左胸に少しの熱が帯びていることに気がつく。


「これが成功の証」

「ひゃっ!?」


 ネグリジェの胸元に指を引っかけ、控え目な谷間が見えるぐらいまで捲ってきたギルバートに反応して、思わず足蹴りを食らわせてしまった。


 彼はアリシアの左胸に刻まれた印を確認しただけのようだったが、アリシアからの一撃を怒ることもなく、蹴りが当たった脇腹をさすりながらも満足げだ。


「貞操観念が高いようでなにより」

「なっ」

「その調子で、せめて俺の復讐が終わるまでは操を守り抜いてくれ」

「どういうこと?」

「君はユニコーンの加護を得た。能力名はそうだな……癒しの乙女と言った所か」

「癒しの乙女の能力? どれってどういう……」

「まあ、能力の使い方については、追々話すよ」


 儀式を成功させたアリシアを褒めるように、ギルバートは上機嫌でアリシアの髪を優しく撫でる。


「あれは、純潔の乙女にのみ心を許す。俺みたいなのには、姿すら見せてくれない警戒心だ」

 だから、くれぐれも純潔を守ってくれと念を押され、アリシアは素直に頷いた。


 混乱することばかりだが、つまり今の話を聞く限り、夫婦になったといえど、ギルバートもアリシアに体の関係を求めてくることはないということ。

 それはアリシアにとっても、都合が良い。


「さあ、疲れただろう。今日はこのまま休もうか」

「えっ、一緒に寝るの!?」

 せっかく起き上がったアリシアの肩を優しく押し戻し、ギルバートは寝かしつけるように隣へ滑り込んできた。


「当然だろ。新婚初夜に、妻を一人で寝かせるほど俺が薄情な男に見える?」

「わ、分からないわ……まだ、あなたのことなにも知らないもの」

 むしろ変な気を利かせることなく、一人で寝かせてくれた方が、こちらとしてはありがたいのだけど。


「フッ、そっか。じゃあ、こういうのはどう?」

「な、なに?」

 ギルバートは、アリシアの体が冷えないようブランケットを肩まで掛けると、うっとりしてしまうような仕草で、アリシアのアプリコットブラウンの髪をまた優しく撫でる。


「毎夜、ベッドに入ってからのこの時間は、眠る前に互いのことを教え合う時間にしよう」

「互いのことを?」


「ああ。まずは俺から。俺の名は、ギルバート・アレクサンダー。年齢は二十五。生まれはこの島ではないが、九つの時に魔力覚醒を起こし、この島へ隔離された」


 確かにお互いを知り合うというのは、よい提案かもしれない。彼の年齢すら今初めて知った。

 君の番だと目で言われた気がして、アリシアも同じだけの情報を伝える。


「わたしの名前は、アリシア・ライト。年齢は二十歳。生まれも育ちもこの島よ。知っての通り魔力はなくて下流階級の人間」

「訂正を入れても?」

「え?」

 アリシアの自己紹介に、ギルバートからの添削が入る。


「今日から君は、アリシア・アレクサンダーだ」

「あ……」

「それから、自分で下流階級を名乗っちゃだーめ」

「でも、わたしに魔力がないことは、変わりないし」


 この島では、魔力の有無で階級が振り分けられるのだ。少しは血筋や家柄も影響するが、たとえ魔術師の妻を名乗れるようになっても、魔力がなければ階級的には下級のままのはずだが……


「俺は魔力による階級制度を、いずれなくしたいと考えてる」

「階級制度を無くす……?」

 あまりにも現実味のない話すぎて、意味が分からない。


「だって、魔力の有無のみで階級を振り分けるなんて馬鹿げてるだろ。仕事も出来ず人間性も破綻しているのに、魔力があるというだけで人の上に立てるなんて、君はおかしいとは思わない?」


「思う……思うわ!」

 それは、ずっとアリシアが心に秘めていた鬱憤そのものだった。


 この島は馬鹿げていると。

 人の価値とは、魔力の大きさだけで決まるものなのかと。

 魔力がないだけで、人権を無視されるなんて、不当ではないのかと。


「俺はいずれ、今の首領を倒しこの島のトップに立つ。そしてこの島に蔓延るくだらないしきたりを壊してみたいんだ」


 アリシアは、興奮を覚えた。

 まさか憎き魔術師の中に、自分と似た考えを持つ人間が存在していたことに。


 他の魔術師に言われても信じることはできなかっただろう。

 けれどこの屋敷で働く人々の階級を見れば、彼が口先だけでそんなことを言っているわけではないと分かる。


「ただ、これは綺麗事じゃない。結局、この島を変えるためには周りをねじ伏せるだけの魔力と犠牲が必要になる。だから俺はこれからも、存分に自分と君の能力を利用してのし上がる」


 協力する覚悟を問われた気がして、アリシアは深く頷いた。


「君なら理解してくれると思ってた」


 この命はギルバートに拾われたようなものだから。

 そして、なにより……


「あなたの描いている未来を、わたしもこの目で見てみたい」

 怖じ気づくことなくギルバートの目を見てそう答えると、彼は満足そうな顔をしてアリシアを引き寄せた。


「この瞬間から、君は正真正銘俺の妻であり、同志だ」


 ――よろしく、俺の花嫁殿


 そう囁いて、ギルバートはアリシアの髪にそっと敬うような口付けを落としたのだった。

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