第7話 旦那様に介抱される花嫁

(の、のぼせたかも……)


「アリシア様、大丈夫ですか?」

 心配顔のルーシーが、上気した顔のアリシアを先ほどとは違う一室の長椅子に座らせ扇いでくれる。


 さっぱりとした酸味のフルーツジュースを振る舞われ水分補給しながら、至れり尽くせり過ぎて申し訳ない気分になってきた。


「大丈夫です。ごめんなさい、ご迷惑掛けてしまって」

「いいえ、とんでもございません。お湯加減が熱すぎたでしょうか」

「いえ、そんなことは全然なくて……長風呂してしまったわたしが悪いんです」


 貧乏性から、少しでも長く湯に浸かって堪能しようと欲張ってしまった自分が悪い。そんな理由は、恥ずかしくて伝えられないけど。


「花嫁殿、風呂でのぼせたって聞いたけど」

「っ!」

「旦那様、すみません、私がついていながら」

 ルーシーは、なにも悪くない。ギルバートが彼女を叱責するようなら、庇わなくてはとアリシアは身構えた。


「違うんです! わたしが、勝手に長風呂してしまっただけでっ」

「気分は?」


 顎を掴まれ上を向かせられたアリシアは、こちらを見下ろすギルバートの視線に、別の意味でまた頬が赤くなりかけたが、なんとか冷静を取り繕い「もう平気です」と答える。


「大事ないならいいけど。ルーシー、後は俺がみる」

 下がれと命じられ、一礼するとルーシーは部屋を出て行ってしまった。

 アリシアとしては、ギルバートじゃなくて彼女についていてもらえたほうが、リラックスできてよかったのだけど……


(でも、いつまでも避けていられるわけじゃないし。腹をくくるしかないか……)


 敵に挑むような気持ちで、覚悟を決めたアリシアだったが。


「な、なにをなさっているのですか!?」

 アリシアの隣へ優雅に腰をおろしたギルバートは、先ほどまでルーシーが扇いでくれていた扇子で、そよ風をこちらへ送り始めた。


「扇いでいるだけだけど? 横になっても構わないよ」

「とんでもありません。魔術師様に、そんなことさせるわけにはっ」

 いくら魔術師が嫌いだからって、自分との身分の差ぐらい弁えているつもりだ。

 こんなこと恐れ多すぎる。


「なにを慌てているの。自分の花嫁殿を介抱するのは当然のことでしょ?」

「っ……その、花嫁になるお話のことですけど」

「式は明日の夜に、二人きりで行おう」

「えぇっ!?」

 あまりにも展開が早すぎて、アリシアは益々目を回しそうになった。


「君が意識を失っている間に少し調べさせてもらったけど、君は天涯孤独のようだ。式に呼びたい親族なんていないだろ?」


「それは間違っていませんけど……お調べになったなら、知っているでしょう。わたしは下流階級の人間です。それなのに、どうして花嫁なんかに」


 魔術師にとって花嫁とは、とても重要な存在であり、魔力を持たない者など道端の石ころと同じような存在価値でしかないはずだ。


 下流階級の人間でも、見目が好みだという理由などから、愛人にして囲う魔術師はいるけれど。島でナンバー3と呼ばれる人が下流の人間を花嫁にするなんて……。


「互いに未婚で利害が一致した結果だ。なんの問題もない」

「……問題なら大ありだと思うのですが」

「今更、嫌だとでも? 残念だけど、契約を違えたいというのは聞けない話だ」


 ギルバートの瞳の奥から温かみが消える。

 ひやっと足下から冷気が漂ってきたような気がして、のぼせ火照っていたアリシアの体も一気に冷えた。


 この男は懐に入れた人間にはある程度寛容なようだが、敵と見做した者には、容赦のない性格に違いない。

 改めて考えれば、同じ魔術師だったグレッグを躊躇なく火炙りにして消した男なのだから。


「け、決して契約を違えたいわけではなく……本当に、不思議に思って知りたかっただけです。魔術師が、下流階級の妻を望む理由を」


「そう。理由は……君を一目見て気に入ったから」

 数多の美女に言い寄られているであろう男が、果たして自分に一目惚れなどありえるだろうか。アリシアは、まったく信じられなくて、訝しげな目をしてしまったが。


「もっと正確に言えば、復讐の殺意を秘めていたその目に惹かれた」

 いい目だと、この珍しくもないアメジスト色の瞳を見て、彼が言っていたのはそういうことか。

 殺意の滲む目を見て美しいなんて、やはり魔術師の思考は理解に苦しむ。


「それからもう一つ。良い素材だったから」

「素材?」

 それはやはり、魔術の実験素材とか、そういうことだろうか。覚悟はできていたけれど。


「そして、君は魂まで俺に捧げてもいいと言った」

「はい」

「それだけ揃えば完璧だ。君が言う、階級が下流だとか魔力がどうのなんて、俺たちがこれから築こうとしている契約に、なんの関係もない」


(関係ない? そんなわけない……)


「魔力が有り余っているだけで、頭の悪い連中なんて必要ない。この島は、もっと他の実力でも人を評価するべきだとは思わないか?」

「え……」


 魔力の有無こそが全てと言っても過言ではないこの島で、そのルールの恩恵を受けている魔術師のナンバー3がそんなことを口にするなんて。


 その時、初めてアリシアは、この男だけは他の魔術師と同じ括りにしてはいけないのかもしれないと思った。

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