第5話 俺の花嫁になれとは、正気ですか?

「グレッグ様、大丈夫ですか?」

「なぁに、なにも問題ないさ。ガハハハハ」


 酒にこっそりと仕込んだ薬の効果で虚ろな目をしながらも、グレッグは上機嫌でアリシアに介抱され、宴会場から少し離れた小部屋へと足を踏み入れる。


 酔っ払った彼は、自らの意思でアリシアを部屋に連れ込んだつもりなのだろう。


 嵌められているとも気づかずに……


「それにしても、おまえは本当に綺麗な顔してるな」

 ゴツゴツとした太い指で顎を掴まれ、酒臭い息が吹きかかるような距離で囁かれ内心ゾッとした。


「そんな、わたしなんて姉に比べたら全然……」

 自然な仕草で顔を背け、唇を奪われないよう胸を押す。

 グレッグには、それが恥ずかしがっている乙女のように映ったようだ。

 ますます熱い目をして、こちらを凝視してくる。


「そんなに美しい姉がいるのか」

「ええ。それはもう、自慢の姉でした」

「そこまでの女なら、一度お目にかかりたいものだが」

「きゃっ」


 そう言いながらも、もうグレッグの熱に浮かされた目には、アリシアしか映っていない。

 強引に腕を掴まれ、そのままベッドに押し倒される。


「おれ様が、存分に可愛がってやる。朝までたっぷりとだ。気に入れば、愛人にしてやってもいいんだぞ」

 だからおれを楽しませろと、そう言いながら大男が覆い被さってきた。


「まあ、愛人に? ふふ……魔術師の愛人なんて、ごめんですね」

「は?」


 今まで従順な素振りだったアリシアに、まさか拒まれるとは思っていなかったのか、グレッグは拍子抜けした顔になる。

 その間抜けな表情に、アリシアは少しだけ気分が晴れた。


 そこですかさず、胸のロケットペンダントにある写真を見せつける。


「覚えていませんか、あなたが火炙りにして殺した、ハンナという娘のことを」

「っ! おまえ、何者だっ!?」

「ハンナの妹です」


 口をパクパクさせたグレッグは、一気に酔いが覚めたようだったが、体に力が入らずそのままベッドに横たわった。

 かなり値は張ったが、手に入れた薬がしっかりと効いてくれたようだ。


「グッ……なにをしたっ」

「少し痺れ薬を。だって、あなたみたいな大男。力じゃどうしたって、敵わないでしょう?」

「な、なにをするつもりだ!!」

 アリシアが用意していた謎の液体を大量に浴びせられ、グレッグが顔面蒼白になってゆく。


「姉は、わたしにとって、たった一人の大切な家族だった。勤勉で誰にでも優しくて……そんな姉がなにをしたっていうの!!」

 怒りを露わにしたアリシアは、マッチに火をつけグレッグの方へ向ける。


「やめろー!!」

「っ!?」

 グレッグが発動した魔術により、アリシアは吹き飛ばされ壁に背中を打ち付けた。

 だがアリシアを切り裂こうとした疾風は、弾かれ消える。


「魔術が……効かない、だと?」

 まだ体が思うように動かない様子のグレッグが、上半身だけをなんとか起こし、唖然とする。


「クッ……」

 アリシアは、よろけながらなんとか立ち上がった。

 なにかあった時、一度だけエレメンタル魔術を防げる特殊なお守りが効果を発揮してくれたようだ。

 これも復讐のために金を貯め準備していたもの。

 しかし二度目はない。もう一度やられれば、そこで終わりだ。


「わたしに魔術は効かないの。何度やっても無駄ですよ」

 はったりを利かせ、相手が戦意喪失しているうちに、アリシアは近くにあったランプを掴み、そのままグレッグに投げつけようとしたのだが。


「グレッグ様、どうしましたか!?」

 グレッグの部下と思われる男が、騒音と異変に気がつきドアを蹴り破り入ってきた。

「そ、その女を捕らえろ! このおれ様の命を狙ったんだ、死刑だ!!」


 復讐さえ遂げられれば、自分の命など、どうなってもいい!!

 捨て身で投げつけたランプは、たやすくグレッグの部下に魔術で弾かれ、そのままアリシアは後ろから羽交い締めにされた。


「離して、離してっ!!」

 目の前に姉の敵がいるのに。あと少しで、手が届きそうな距離に。

 部下に捕らえられもがくアリシアを見て、余裕を取り戻した様子のグレッグが、悪い笑みを浮かべる。


「ハンナの妹か、そうか……そういえば言っていたな、あの女。年の離れた妹がいると。かわいくて仕方ないってな。火炙りになりながら叫んでいた、アリシア、アリシア、ごめんねって。ガハハハハ」


「っ!? 許さない、この鬼畜!!」

「そんなに姉が恋しいなら、おまえこそ姉と同じように火炙りの刑にしてやるさ!!」


 本当に裁かれるべきは、この男のはずなのに。

 けれど自分が死んだって、また何事もなかったかのように処理されるだけだ。

 この島は性根の腐った魔術師たちの巣窟なのだから……


(悔しいっ、悔しい……この男に復讐できるなら、悪魔と契約したってかまわないっ)


 そう切に願う。だが、容赦なくグレッグが放った炎がアリシアを覆い……しかし、その炎は弾けて消えた。


「チッ、どういうことなんだ。やっぱり、この女には魔術が効かねぇ!」


 どういうことなのかは、アリシアにも分からなかった。今何が起きたのか。

 お守りの効力はもうないはずなのに。


「仕方ねえ。なぁに、魔術でいたぶらなくたって物理的に痛めつける方法はいくらでもある」


 グレッグはゲスな顔で舌舐めずりをし、部下にアリシアを自分の屋敷の拷問部屋へ連れて行くように指示した。

 これからどんな辱めを受けるのか、想像しただけでゾッとするけど……


(諦めない。絶対に諦めない!)


 生かされている限り、復讐の機会はあるのだから。


「随分と騒がしいね。この部屋」


「ギ、ギルバート様っ」


 突如現れた銀髪の美丈夫に、グレッグはギクリと肩を竦める。


 ギルバートはグレッグには構わず、ズカズカと部屋に入ってくると、アリシアを拘束していた男を黒魔術により一瞬でその場から消してしまった。

 まるで、はじめからいなかったかのように。


 そしてヨロけるアリシアを支え、腰を抱き寄せると。


「まだ諦めていないようだな」

「……?」

「殺意を秘めた美しい目をしている。それから魂も……」


 アリシアの顎を掴み上げ、ギルバートは瞳を覗き込んできた。

 彼の方こそ、宝石のように美しく人を惹きつけるような瞳をしている。

 アリシアは見つめられ、思わず息を呑んでしまったのだが。


「一つ確認なんだけど、君って処女?」

「……は?」

 あまりに突拍子のない言葉を投げかけられ、固まる。

 だが、随分と不躾な質問だと徐々に理解し顔を赤らめたアリシアは、軽蔑の眼差しでギルバートを睨みつけたのだが。


「オッケー、その反応でだいたい理解した」

「なにをっ」

「俺の花嫁になるなら、君に手を貸してやろうか?」

「え?」

「あいつを殺したかったんだろ?」


 こんな状況でなにを言うのかとアリシアは不信感でいっぱいになったが、どうやら冗談ではなさそうだ。


「俺に全てを捧げると誓え。その肉体も魂も、全てだ。どうする?」

「…………」


 これは普通の女の子が夢見る、甘いプロポーズではないことだけは察せられる。

 まるで美しい悪魔に誘惑されているような気分になった。


 魔術師であるうえに、失礼過ぎるこんな男の花嫁になるなんて、ごめんだ。

 本来ならそう答えたいところだけれど……


 魂を悪魔に売ってでも、目の前の男に復讐したい。

 それが、今の自分のただ一つの願いだ。

 それが叶うなら……


「いいわ。あなたにあげる、わたしの全部」


 アリシアの返答を聞き、彼は満足そうに綺麗な笑みを浮かべた。

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